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2007-11-14(Wed)

八大神社〜詩仙堂〜圓通寺

11月14日(水)


























昼は近所のイタリア料理店「アンティコ」へランチに行く。俺はナスのトマトソースパスタ、連れはマルゲリータにする。食後にバニラアイスのエスプレッソがけを堪能。テーブルまでウエイタさんが来てアツアツのエスプレッソをバニラアイスの上にかけてくれるのが絶品。その後連れが以前に行ったがまた行きたいというので、タクシーで詩仙堂へ行く。連れは前に来たことがあるというのに入口が解らず、隣の宮本武蔵ゆかりの八大神社へ入り、まずお参り。

八大神社こちらは1294年創建・「素盞嗚命」「稲田姫命」「八王子命」が御祭神という由緒ある神社である。本殿へ向かう小道の木々がうっそうとしていて気持ちがいい。木々の足元には緑のビロードのような苔が見事にびっしりと生えている。
境内の手前にはあの有名な「一乗寺下り松の決闘」…宮本武蔵が21歳当時、吉岡一門七十余人と行ったとされる…の映画のスチール写真が飾られていたりして、八大さんも大変だなあ、と思いつつ見る。ちなみに武蔵役は萬屋錦之助で、この映画は日本映画専門チャンネルでかつて見たことがあるのだけど、物凄く迫力のある壮絶な決闘…というか決戦シーンだった。ところで武蔵は決闘前にこの神社で勝利を祈念しようとして他力にすがるのは侍の道ではないと思いとどまり、そのまま決戦へと向かったということだそうだ。ちなみに境内にはその決闘を見守ったとされる初代「下り松」の古株が祭られている。その脇には武蔵のブロンズ像もあり、数組観光客がいて写真を撮ったりしていた。

ビロード苔

武蔵像と下り松

詩仙堂の庭八大さんを出るとすぐ下に詩仙堂への入口が簡単に見つかる。なぜなら、観光客がひっきりなしに出入りしていたからである。拝観料は二人で1000円。こちらは中国の詩家36人の肖像を掲げた「詩仙の間」から見る庭の景観が有名な「隠居山荘」である。もちろん庭はたいそう綺麗だったのだが、紅葉はまだまだ…という感じだった。そのせいか比較的観光客も多くはなく、広間に座って庭をゆっくり見たあと、実際にその庭を歩いたりする。「詩仙の間」から座って眺める景色から、その下を歩く人びとは一切見えないように配慮されている。ここにある「鹿威し」は竹が太く大きなもので、ジョボジョボと水が溜まるとグラリと傾いて「コーン!」と非常にいい音をたてる。ここの鹿威し=添水(そうず)が日本初のものである…という人がいるが、この庭はそういうものを実用として配置したとは思えず(実用の意味もあったろうが)、まるっきり実用として存在していたものを取り入れた、のではないだろうか。そんなことを思いつつ写真を撮りながら庭を堪能した。

紅葉はまだまだ



円通寺その後「曼殊院まで15分」という表示があったので、行ってみようと連れが言うので歩き出す。その途中圓光寺というお寺があり、門の外から見ていると、カメラをぶら下げたおっさんが出てきて「綺麗でしたよ〜」と言うので入ることにする。慶長6年(1601)、家康による建立。拝観料二人で800円。思いのほか整った綺麗なお寺で、山門をくぐると水琴窟があった。観光客か、一人の若者がじっと見下ろして耳を澄ませていた。庭をしばらく楽しんだあと、裏の墓地の上の山まで登って高台からの景色も楽しんだ。家康の墓というのもあったが、分骨されているのか、あるいはモニュメントとして、だろうか。このお寺も紅葉の名所として有名だそうで、ライトアップの設備もあったのだけど、紅葉にはまだまだであった。

水琴窟

それから改めて曼殊院へ向かうが、行けども行けども看板が見えるだけで一向に到着しない。かなり歩いてくたびれ果てたところで見た標識はあと「380m」。しかも坂道。途中まで歩き出すが、病人の俺にはまるで拷問のような苦行で、膝の関節にコブのような腫脹があるのが痛みだす。明日腫れて痛み出すのが怖いので、近くだからすぐ来れるよ、また来よう…ということにして、ちょうど下りてきたタクシーで下りてもらった。
京都の紅葉、今年はかなり遅いということであった。
これは偶然
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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