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2008-01-03(Thu)

大豊神社へ初詣

1月3日(木)

朝は10時過ぎに起きる。こないだネットで「大豊神社(おおとよじんじゃ)」という哲学の道から東山側へ少し入ったところにある神社に、狛犬ならぬ「狛ネズミ」があるという記事を見た。ネズミ年の今年は大晦日から初詣客で賑わっているとネットのニュースでも見たので、今日はそこへ初詣へ行こうと連れに話す。連れは正月なので昼から酒を飲んだから、まだだるいという。しばらく待って、昼過ぎには支度をして外へ出た。
晴れてはいるが、気温はヒトケタ台と低め。いつものように北大路を渡ってタクシーを待つがなかなか来ない。よく考えたら白川通りから行った方が近いかな、と気付いてもう一回マンション側へ戻ろうかと逡巡していたら一台来たので乗り込む。運ちゃんは「今日はあちこちから初詣客がどっと押し寄せてきて、祇園から四条河原町あたりまでは人でぎっしりですれ違うのも大変なほどでしたよ」と言っていた。正月2日は京都はどんより曇って寒かったし、まあその間は家でのんびりお屠蘇でも飲んで…という感じが3日目になって天気も良くなったのでそろそろ退屈でもあるから動こうか、という人たちが押し寄せているんだろう。こちらは八坂さんや伏見大社、平安神宮、北野天満宮といった「混雑がハンパじゃないと思しきところ」へ向かうわけではないので余裕でいたが、鹿ケ谷(ししがたに)あたりへ来ると、あたりが混雑しだした。

大豊神社へ向かう小路は「進入禁止」とされ、近くの路上には大型観光バスが停まり、そこからぞろぞろと大量の中高年が降りてくる。それ以外にもそこここから地元の人も含め、歩きや車で次々と参拝客が神社の方へ向かっている。俺たちもタクシーを降りて行列に加わるが、参道に入ると東山の麓なのでゆるやかな登りになっており、右側に4〜5列縦隊の行列が出来ている。これに加わりじりじりとゆっくり進むのに身を任せていると、行列の左手に空いた道をすたすたと登って行く人たちもけっこうな数がいる。後ろのおっさん3人組(京都弁ではなく、大阪弁)は「アイツら後で横入りするんちゃうやろか」「あかんなぁ、大人はルール守らんと(笑)」などと話している。「えーっ、アイツら全部横入りなの?」と一瞬思うが、いくら何でもこれだけの行列が続いているのにガーッと上まで行って、そこでズイと列に横入りをするというのは、かなりの「反社会的行為をする自覚」のある人でないと無理だと思うのだが。見ているとごく普通の親子連れや老夫婦も我々の行列の左手を上がっていく。謎である。
凄い混雑。

本殿前の広場にあるお神輿

20分くらいでようやく坂を上りきって鳥居をくぐると、中央にお神輿が奉納されているスペースを迂回するような形で、行列が右手へ湾曲している。本殿は参道の真正面にあるが、お神輿のさらに奥にある正面の石段を上ったところにあるのが見えた。思ったより小さい。我々の行列は正面の本殿へ向かうのではなく、右手の小さな(人二人が並んでようやく通れるくらいの)鳥居へ向かっているようだ。誰かが「あっちにねずみがおるんやで」と言っていたので、どうやら我々の目指す「狛ねずみ」があるのはそっちのようだ。
で、行列をスイスイ追い越して行った人たちは狛ねずみ目当てではない「純粋な(恐らくは地元の)参拝客」で、真っ直ぐ本堂へ上がって普通に初詣を済ませて戻っているようだった。なるほど「横入り」などしていたわけではなかった、当り前だけど。

さて調べたところによると、この大豊神社は887年創建という古い神社で、祭神は大国主命(オオクニヌシノミコト)、少彦名命(スクナヒコナノミコト)、応神天皇、菅原道真とのことだ。ちなみに境内には本堂脇に大国社や稲荷社があり、大国社前に狛ねずみが二対置かれている。このねずみがなぜ置かれているかというと、神話にある大国主命を助けたねずみのエピソード(詳しくはこちらをどうぞ)に因んでいるわけだ。
この大国社は少し高くなっている本殿の高さと同じで本殿より右手に位置しているため、そこへ至る小さな鳥居と石段が別に用意されていて、行列はそこから続いていたのであった。途中、左手に「椿ケ峰の御神水」があったので、行列から先に連れ合いが離れ、交代で俺が行って手と口を漱いだ。冷たく清い水であった。それから古いお札を納める場所があったので、我が家から持参した何枚かのお札を納め、朱塗りの鳥居をくぐって本殿前の広場までようやく到達すると、境内の全貌がほぼ見えた。やはり全体もそれほど大きな神社ではない。
中央の広場にお神輿と奉納されたお神酒の大樽が鎮座し、その奥、本殿に上がる石段の手前には特設のうどん屋、たこやきや甘酒、みたらし団子を売る小屋が出来ていて、あたりにいい匂いを漂わせており、焚き火もしてある。特にうどんのテントからはプーンとダシのいい匂いが、そのすぐ前をうねって右手の小鳥居へ入る行列にいる我々の鼻腔をくすぐる。ていうかもう何も食ってないから空腹に強烈なパンチ、なのである。行列が2列縦隊となり、小さな鳥居をくぐって竹林とご神木である杉の大木を崖下に見つつ、狛ねずみの大国社の足元へ到達した頃にはすっかり「あのうどん食うで!」という気持ちになっていた、のである。
「チューチューうどん」

愛らしい「狛ねずみ」石段を一段一段、行列の進行に任せて上り、最後の石造りの古い鳥居をくぐって大国社へようやく到着すると、小さな社の手前にちょこん、と石の狛ねずみが左右2体鎮座していた。なるほど、可愛いなあ。参拝客たちは頭をなでたり、ねずみの前で記念写真を撮ったりしている。我々もお賽銭をあげて「二礼二拍手一礼」で参拝をして、後がつかえてるので慌しくねずみちゃんの写真を撮り、つつがなく初詣を終えた。すぐ隣の稲荷社(こちらは社の前に狐が二対鎮座している)にもお参りし、本殿前へ向かう。
すると神主さんか禰宜さんか、袴を履いたおじさんが脚立を出して天井のボルトを何やらいじっている。どうやらあの大鈴が外れたらしい。新年早々縁起でもないことだ、初詣に来てガランガラン…とやったら鈴が「ガランガッシャンゴロン!」と落っこってきたとしたら、その人の落ち込みは察するに余りある。一年のはじめに健康か商売か恋愛か学業か、何か知らんがとにかく良くあるようお願いに来たら鈴が落下…ブルーだわなあ。でもその場面見たかったような。俺たちはその作業を横目に、本堂へお賽銭をあげてお祈りをし、「ガランガラン」は出来ずに左手へはけたのであった。
本殿左手には日吉社と愛宕社が同居する社もあって、こちらの前にはそれぞれ鬼門除けの「狛猿」と火伏せの「狛鳶」がいた。こちらにもお参りする。本殿の他に合計3つ(正確には4つ)の社がある不思議な神社であるが、それぞれに愛らしい石像があって、なるほど密かに人気であったわけである。ていうか今年はねずみ年なので密かどころか物凄い混雑だったが、まあ普段は静謐なところだというから、12年に一度はこうしてたいそう賑やかになるというのもいいことだろう。んで腹も減ったので、俺がうどんを、連れはたこやきを買いにそれぞれ左右のテントに別れる。うどんはもちろん薄いダシ汁にネギときざみ揚げのシンプルなもので、一味をちょっとふってもらってアツアツのを貰ってきた。休憩處みたいなスペースが用意されていたので、そこへ座ってうどんをすする。うーん、うまい。本殿へお参りする頃にはけっこう体が冷えていたから、熱いうどんは格別。しばらくして連れもたこ焼きを買って向かいに合流。うどんとたこ焼きを交換して食べる。たこ焼きは柔らかくこちらもアッツアツ。「ふほほほ」と思わず変な声が白い息と一緒に出る。
しばらくそこで食べながら休んだ後、みたらし団子も一串貰って食べ、神社を後にした。帰りは参道の行列を左に見て下っていく形になるが、俺たちが来た時よりもさらに人数が増えているような気がした。哲学の道を越して鹿ケ谷通りへ戻ると、また新たな大型バスが乗りつけたところ。ご苦労様である。さてどうしようかと思案し、結局また河原町へ出る。タクシーを蛸薬師で降りて、散歩したあと自宅に戻った。

2005年の夏に白血病を告知されてから、3回目のお正月。正直を言うと、当時は3度も年を越せるなんて到底思えなかった。何せ次の夏まで持つかどうか、ということだったからである。もちろん何度もここで報告している通り、当初予想されたタイプの癌ではなく、慢性タイプ(T細胞性・慢性リンパ性白血病=T−CLL)らしいことが判明して、無治療・経過観察という状態が継続している。だから今もこうしていられるのだけど、逆にこのタイプは効果的な治療もなく、余命も早ければ数年、ステージ0〜2期なら希に20年という例もあるそうだ。
俺の場合はステージ(表138-5 慢性リンパ性白血病の臨床ステージ)で言うと2〜3というあたりか、しかし血小板減少の数値などは4とも言えるから、よく解らない。「いつかは死ぬことが決まっているが、それが何年後かは不明」という所以だ。「死が決まっているがいつかは不明」というのは健康な人も同じ、そう思ってなるべく暗くならぬように生きていこう。そう思っている。
来年の正月もまた元気に迎えよう、今度は牛だから北野天満宮かな(笑)。
これがアツアツの「チューチューうどん」

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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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