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2008-01-29(Tue)

京都人のマナー

夫婦ふたりとも車を運転しないので、京都市内の移動はもっぱらバスかタクシーとなる。あ、もしくは徒歩だ。二人ともこれまた病気を抱えた体で、しかもなぜか二人ともそのせいで腹部が膨満しているから、長時間の歩きや立ち姿勢は辛い。俺の場合はもちろん白血病から来る脾臓の巨大化によっての症状だ。しかも脾臓は柔らかいので強い衝撃は、そのまま大量出血と死を意味するというから恐ろしい。連れは右腎臓摘出手術の後遺症で腹筋が寸断されたため、腹部をベルトなどで支えていないといけないし、突然のくしゃみや腹筋を緊張させる動作は腸が飛び出す恐れがあるため、要注意となる。
要するに二人とも見た目は健康そうに、それもふくよかに見えるのだけど、障害者手帳を貰っていないだけで、抱えている症状は障害者そのものなのだ。ちなみにこういう場合は行政からの支援は一切全く微塵も受けられない。
まあこんな感じなので、徒歩といってもせいぜい1〜2km程度の平坦な道がせいぜい。あとはバスやタクシーを使わないと、大変である。タクシーは京都の場合、だいたいどこを歩いていても空車が拾える。そして東の端から西の端まで移動しても、3000円前後で済む。そんなに移動することは滅多にないが。
京都は全国でも有数のタクシー激戦区で、東京では700円を超えた(!)初乗りもここではもちろん据え置きだ。それどころか初乗り500円台の車もけっこう走っているし、5000円を超えた分は半額割引とか、着物着用者割引とか、深夜割り増し無しとか、会社によってサービスがいろいろあって、結局どこが一番得かということは誰も知らない。運転手さんの年収はこうした競争の激化に伴い年々下がる一方で、大変だと聞く(同じことは大阪にも言える)。なので乗るときはいつもこちらもお礼を言い、数十円ならお釣りはいらないと言うことにしている。タクシーにはいつもお世話になるので、ささやかなお礼のつもりだ。
さて京都は、というか洛中は碁盤の目になっているから道に迷うことはほとんどないというのは有名な話。バス路線もいくつか身近なものを覚えてしまえば、この解りやすい地理とあわせて、かなり便利なツールとなる。「スルっと関西カード」は関西地区のほぼ全ての私鉄とバスが共通で使えるので、乗換えや乗り継ぎもラクチン。だが問題は、乗る時のマナーである。
俺ももう故郷の函館暮らしより東京暮らしの方が長くなって、四半世紀ほどを過ごしてから京都へ転居してきた。その間は編集の仕事や書店営業(笑)などで東京じゅうを飛び回っていたので、バスも地下鉄の私鉄もJRも、とにかくほぼ全ての路線に精通した。もっとも俺の場合は地図オタクで電車路線図も大好きという「特性」があるので、東京に長く暮らしている人全てがそうだとは言わない。実際に連れ合いは代々東京生まれであるが、若い頃にアシスタントを連れて「水道橋」へ行くのに、山手線を延々と廻り「いつになったら水道橋に着くのか」と首を傾げた人でもある。
マナー、というが人びとの公共マナーは東京だろうが田舎だろうが、もうほとんど「死んでいる」。車中に限っても携帯を使って大声で話すのは若者だけではなくオッサンやババアだってやる奴は平気だ。人前で、いや公共の輸送機関の車中で平気で化粧をするモノを食う床に座るディープキスはするはもう当り前らしい。ま、そういうオツムのアレな連中はいつの時代にもいたし、これからも増えこそすれ減りはしないだろう、都会でも地方でも。
ただどうしても解せないのは、子どもを座らせて自分が立つ親がいることだ。何も扇枕温衾せよとまでは言わぬが、普通は子が親をいたわるものだろうが、なぜかこの国では若い母親が荷物を持って立ち、座席には小学生くらいの子どもを座らせていたりする。こういうガキは一人で電車に乗っても決して老人や妊婦に席を譲ろうとは思うまい。親が子を庇う、それはわかるが庇護するのと甘やかすのとは違うだろう。子どもを立たせて自分が座る方が絶対に年長者を敬い労わることを教えることになり、世の中には我慢せねばいけないことや場面があることを知ることになり、そして骨や筋肉を鍛えることにもなるってもんで、いいこと尽くめだろうにと思う。なのに可愛い我が子にそういったことを教える機会を自ら奪っているわけで、しかもそれにまったく気付いていないわけであり、要するにこういう親もバカなだけなのだろう。そしてその子はもっとバカに育っていく。
話が逸れたが、京都のマナーの悪いところは、乗り物へ乗る際に順番を守らないところだ。
俺たちはけっこうな頻度でバス停でバスを待つことがあるのだけど、東京でそうであったように、先に待っていた人が先に乗れるものだと思っているととんでもない目に遭う。先に待っていた人が乗るのを譲って待っていると、後ろにいた連中が俺たちを押しのけて我さきにと乗り口に群がって、気がつけば我々は最後尾になって、座れる席もなくなっていたりする。また先に待っていた人がいなくても、どう考えても俺たちの方が先に待っており、後から来た人はそれを理解しているはずなのに、バスが来ると我先に乗り口に殺到する。行列を作らず、乗り口に四方八方から殺到する様は、いつもテレビで見る中国の風景にそっくりだ。あそこは民度が低いからなあ、と言ってこれまでは笑っていたが、京都って民度が高いと思っていたのは幻想だったか。
ともかくバスに乗る場合は、待っていた順番が守られることはまず、ない。これは引っ越してきてから数ヶ月、何十回と経験したことで、粛々と整然と、順番通りにバスに乗り込めたことはただの一度もないのだから仕方がない。うちの近所でも、四条河原町の繁華街でも、どこでもそうだった。これはもう「たまたま」などではなく、京都での「文化」とか「ルール」であるとしか思えない。
なので、京都に馴染もうと思ったら我先に年寄りさえも押しのけてバスに乗り込むことをせねばならないのかも知れないが、俺たちにはそんな真似は逆立ちしても出来そうにない。二人とも見た目は健康に見える「病人」であるが、人を押しのけてまで我先にと足早に駆け込むことの出来る「元気な老人」に席を譲り、俺たちは静かに立ってバスに揺られるのである。
それにしても、これって京都特有のマナーなのか、それとも関西圏はすべてそうなのだろうか。今度大阪にでも出かけたときに検証してみたいものだ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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