--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2005-03-05(Sat)

「出版不況」--細く長〜く…ではダメか? その5

 我々の出版業界で、編集者が本当に自分がいいと思う本、心からその本の出版を採算を度外視しても望む本、というものを送り出すことはどれくらいあるだろうか。商業出版の中では「採算を度外視」した時点で失格だ。本当に自分がいいと思っても、世間一般の読者がどう思うかを考えられなくては、やはり失格だろう。
 編集者はとことん理屈で動く生き物だと思っている。もちろん感性も必要だろうけれども。よく業界外の人から聞く「編集のお仕事」というイメージは、原稿の催促や作家と会って原稿を貰ったり付き合いで飲んだり、あとは雑然とした職場でたくさんの紙類と格闘していたりパソコンに向ってよく解らない作業をしていたり、意味は不明だがしょっちゅう徹夜している…という図だろうか。
「原稿の催促や原稿の受け渡し」以外は、その内容の独自性…紙類は版下だったり企画書だったり手書き原稿だったりゲラ校正だったりするし、PC画面で見ているのはDTPデータだったり作家やライターさんからのメールだったり…を除けば一般のサラリーマンのお仕事の場面とあまり変わらないと思う。

 実は編集のお仕事で外から見えない部分で大切なところは、企画力と、管理能力だったりする。企画力というのはもちろん新しい企画、それは書籍ならズバリ売れる本の企画だし、雑誌なら部数を上げる目玉企画から読者コーナーの小さな企画までだったり、要するに常に「新しい何か」を考えている。もちろん考えただけではダメで、それを実現させるための作法=企画書作りや企画会議に臨んだりということも含めてのことだ。
 もう一つの管理能力というのは、編集者の仕事の中ではかなり大きなウェイトを占める部分でもある。自分が考えた企画が通り予算がつく、つまりGOがかかった瞬間から、暫定的に決めたスケジュールに向って企画は動き始める。スケジュールに沿って作家には原稿を依頼し、デザイナにはレイアウトや版下締め切りを伝え、製版や印刷にも指示をする。印刷や製本にはあらかじめ「機械取り」といって機械を開けておいて貰わないと本が出来ないから、ある程度の目安がたったらキッカリとスケジュールをフィクスして、各方面にそれを伝える。発売日から逆算して搬入日、見本が出来る日、下版(最終データを印刷に入れる)日、ゲラ校正の締切、版下の締切、原稿の締切などをスケジュール表に書き込んで把握しておく。最近はエクセルなどで表を作って管理する人も多い。要するに、一つの本を作るに当たって、編集は著者である作家以外のさまざまな人と付き合い、工程を把握してスケジュールを管理していくわけだ。
 昔、連れ合いではあるが業界でも漫画家としても大先輩であるやまだ紫を、自分が講師をしている学校に呼んだことがある。生徒たちからの質疑応答になって、一人が「やまだ先生から見て、良い編集者とはどんな人だと思いますか」という微笑ましい質問が出た。やまだはホンの少しだけ考えて、「いい編集さんというのは結局『いい人間』だと思いますね」と答えた。
 別な機会(年度)に、某メジャーレディスコミック誌の編集長をしていたY氏を招いたことがあった。やはり生徒(別人)から同じ質問が出たのだが、Y氏の回答もやまだの発言とほとんど同じだったのが印象的だった。
 編集は作家以外にもさまざまな人たちと仕事をする。ライター、イラストレーター、カメラマン、デザイナー、製版・印刷業者などなど。それらを一つの仕事の中で結びつけて、それぞれのスケジュールを把握し、最終的に一つの仕事として完結させていく。当然人間関係が円滑に進められなければ、そこかしこから軋みが生じて、その仕事は完結させられても、次の仕事に支障が出たりもするだろう。結局一人の「いい人間」であろうとすることが、「いい編集者」であろうとすることにつながるという、含蓄のある回答だ。
 結局、編集者って、無から有を生み出すことの出来る「作家」ではない。作家があって初めて成り立つのが、編集者だ。だから自分は一貫して作家へは尊敬の念を持って接するようにしている。まあ自分が編集生活をスタートさせた当時の「ガロ」は原稿料が出せなかったので、余計にへりくだる必要があったのも事実だけど。ともかく相手が年下だろうが年長だろうが、男性だろうが女性だろうが、作品のレベルが良かろうが悪かろうが、作家は作家、俺は編集。これはキッチリとわきまえていたつもりだった。
 もちろん、もう40年以上も前から、編集が企画を立て、著者はその企画に見合う者を立て、出版まで逐一編集が主導して意図的にベストセラーを作り出そうという手法はあった(例:神吉晴夫@光文社による「創作出版」という概念)。それにマス・コミックの世界ではそうした意識はもはや疑いようのない「常識」でもある。
 けれど、青臭い理想論と言われようが、やっぱり何度もここで書いているように、編集者はその作家がその作家でしか表現できぬことを表現させてあげたい、しかし自分というフィルタを通した向こう側にはたくさんの読者がいる。多くの読者にそれが受け入れて貰えればいいが、往々にして作家性を重視すれば読者の数は限られる。このジレンマは常につきまとうものだった。

「編集家」である竹熊健太郎さんのサイト「たけくまメモ」の記事「共犯者」としての編集者では、このBLOG内でも触れたように、編集者と一般社会との関係をうまく表現されている。詳しくはそちらを参照していただきたいが、かねがね自分が思ってきたことを実に的確な喩えでスパッと言い当てておられ、感心しきりだった。
 出版業界は、ここまで書いてきたように、業界外から見ればかなり特殊な世界だ。取次と書店の間の取引関係は、通常は契約金を書店が支払って、普通の業種と同様な関係が開始される。けれど版元と取次の関係はどうかというと、そこは長く業界でもタブー視されてきているように、極めて特殊で閉鎖的な環境であると言える。
 あなたが、もし出版社を始めようと思ったら、販路のほとんどを握っている取次と口座を開かねばならない。直販オンリー、あるいは手売りなどでない限り、この取次ルート(書店・CVSでの販売)を抜きに商業出版は成り立たない。では「これから出版社をやります! よろしく!」つってすぐに取次と取引が開始できるかといったら、そうはいかない。出版計画すなわち事業計画や、これまでの実績、キャッシュフローその他、さまざまな「審査」を受けなければならないのだ。もちろん、その審査は取次の一方的な基準と判断による。文句があるんなら別にうちは取引しなくてもいいよ、と言われたら販路の85%を失うだけだから、版元側は言われるがままとなる。大手二社のうちどちらか片方しか通らぬ、という場合もあるにはあるが、大手二社が何とか通れば、残りの中小以下の取次もほぼ追従する。この際の取引条件も、ほぼ取次の言うがままである。雑誌の掛けがいくつ、書籍はいくつ。雑誌の委託がいくつで注文はいくつ。同じく書籍はこうこう…と、「扱い」によって細かく変わる。それは版元によって千差万別なのは以前書いた通り。
 こうしたことは業界外からは全く見えぬ、いや業界内部でも他者のことはほとんど不明な部分だ。そして取次の力がこのように強大なだけに、業界でタブー視されている、という構図がある。
 出版業界の特殊性は、こうした流通上のこと(上記以外にも、た〜くさんあるよ)ばかりではない。よく言われるように、編集者に用事がある場合は、午後に連絡するのが普通だ。竹熊さんも書いているが、午前中は大概やり手の編集ほど死んでいる。前の晩遅かったり徹夜明けだったり作家と付き合いで朝まで飲んでたりするからだ。もっとも大手のサラリーマン化した編集者はキッチリ9時-5時なんて人もいるのかも知れないが、それはよほど自分の仕事がベルトコンベア的なのか、ルーティンワークしかないのか、外注でほとんどが編プロ任せなのか、スチャラカ社員なだけなのか、電話番ぐらいしか仕事を任されていない新人か縁故採用の阿呆(以下略)。
 通常の商取引では当たり前である、自分の労働に対する対価、つまり報酬も事前に伝えない編集(というか版元)も信じられないことに存在する。印税というのは、一般の読者にとっては不労所得みたいなイメージがあるだろうが、とんでもないことだ。そもそも印税がいくらなのか、キッカリ「出版契約書」みたいなものを交わすようになったのはついこの間から。大手版元はさすがに契約書を出すが、そもそも印税額の算定の大元になる「刷り部数」すら、直前でコロコロ変わったりする。(印税額だって、業界内の慣例では定価×刷り部数×10%だけど、版元によって変わる場合もある。文庫だと初版8%で再版から10%、とか初版10%だが半年ごとの分割払いとか、売れっ子作家だと初版12%なのに新人だと7%スタートとか、いい加減にしろ、つうぐらいひどい)
 自分の労働の対価も分からずに仕事をする馬鹿って他の業界でいるか? 給料制で事務所にいくらピンハネされてるのか知らぬ芸能人じゃあるまいし、出版業界というのはここらへんもいまだに非常識がまかり通っている。

 さてとりあえず、ここでは一般社会人と比べてあまり違和感のない「サラリーマン編集者」のことはとりあえず置いといて、「普通の編集者」の話をしよう。竹熊さんの記事へのコメントにも書いたけれど、「ガロ」で何年目かに、それまで担当していた先輩の退職に伴い、「特殊漫画家」根本敬さんの担当をすることになった。根本さんがどんな作家かというのは、公式サイト=「因果鉄道の旅とマンガ」を見ればホンのちょっとは理解できるかも知れない。
 ともかく、根本さんの原稿は毎月、締め切りを過ぎてから描き始めるというくらい遅かった。当時の原稿遅延作家では東の正横綱が根本さんで、西の横綱が評論家の上野昂志さんだった(ちなみに両方とも俺が担当編集者)。上野さんの文字原稿は手伝えないけれど、根本さんの漫画原稿なら手伝って早く上げてもらうことはできる。自分は漫画家になろうと思っていたくらいなので、枠線引き、消しゴムかけやベタ塗りなどはお手の物だったから、「もう限界です」という連絡をした上で、仕事場まで手伝いによく出かけたものだった。
 原稿を徹夜で取りに行ってる時は、根本さんお得意のポンチャック(韓国のチープな電子スチャラカサウンド)や「裸のラリーズ」(伝説のノイズバンド)がグワングワンかかる職場で、それはもうここでは金輪際書けないような話をさんざんしながら原稿を手伝った。クソやゲロやチンコやマンコなんかまだ生ぬるい当たり前の話で、昭和天皇の顔に●●をかける原稿(ガロ連載作「タケオの世界」)やら死体漫画(単行本「豚小屋発犬小屋行き」など)までを一緒に作った。
 そのサバトのような異空間から上がった原稿を持ってお礼を言い、すぐさま出るわけだけど、作家さんはそこでベッドに倒れこむことはできても、編集はそこからが本職だ。異空間から一歩外に出ればそこはごく普通の日常であり、澄ましたOLや学生、サラリーマンらに混じって手にはぐっちゃんぐっちゃんの漫画原稿を抱えながら電車やバスに乗り、会社へ戻り、スクリーントーンを指定されたところへ貼り、(根本作品はネーム=フキダシ文字が手書きだったから)ノンブル(頁数を打った写植)を貼って製版に入れ、印刷屋さんと段取りをやりとりしたりしていた。当然その間にも書店から注文の電話が来れば受け答えをし、お客が来れば対応し、返品が来れば階段を駆け下りて積み下ろしをするという、この「振幅の幅」というものは当時恐らく日本一だったのではないかと自負している。…これって全然「普通の編集者」じゃないかな。でもリーマン以外の編集者は「そうそう!」と共感を持って読んでくれてると思うよ。

 この「振幅」、竹熊さんは「この世とあの世の境界に立たねばならないのが編集の勤め」と表現されているが、まさしくその通り。もっと言わせてもらえば、世の多くのサラリーマン化した編集のダメなところは、この覚悟が出来ていないところ、あるいはこの意識さえ自分にないところだと思う。変に「ギョーカイ人」を気取った人種、初対面なのに「なになにちゃ〜ん」と呼ぶような連中はサラリーマン編集にたまにいるが(いや、本当にいるんですよ皆さん)、幸い自分が付き合った同業の編集さんたちは、実にこの「振幅」のバランスの取れた人たちが多かったように思う。もっとも大手のサラリーマン編集とはほとんど接点がなかったせいもあるが。(大手のサラリーマン編集が全てダメダメだとは断言してませんよ、念のため。素晴らしい人たちもたくさんおられます)
 この「振幅」を理解し自分でどうバランスを取るか、取れるか、が無意識にしろ意識的にしろ、そのまま編集者としての仕事の幅にもつながっていくと思う。「マス」のコミックにも名作はたくさんあり、極細の作品にだって、漫画史に刻まれるべき名作がたくさんある。多くの人に知られているか・いないか、はその作品そのものの評価ではないと思いたいが、世の中なかなかそう言い切れない部分もあろう。例えばあるメジャー漫画誌編集者は「売れない作品は、存在しないと同じ」と平気でおっしゃっておられた。

 大量に売れるということは、やはりそれなりの理由がある。コミックだけではなく「マス」のもの全てを一律に語ることが出来ないのは言うまでもないことだ。ただ、オタクの発生(笑)からもう30年が経過し、情報もこれだけ氾濫し価値観も多様化、ニーズも細分化されてしまった今、「不特定多数の人たち」に一律に受け入れられるものって、何だろう? と考えてしまうのだ。
 自分がよく話す喩えに、こんなことがある。映画ファンがいる。昔はその「映画ファン」向けに雑誌を作ることができた。それが邦画・洋画、さらに邦画でも例えば特撮映画、その中でも円谷、その中でもウルトラシリーズ、その中のセブン、そうしてセブンの中のアンヌ隊員萌え〜! になったのが「今」だ。まあそこまで極端じゃなくても、ピンポイントで狭いコアなファン向けにディープな本を提示するスタイルはもう当たり前となっている。いっぽうで、みんなと同じものを見、聞き、話題にしたいという人たちもたーくさん存在している。つまり「不特定多数」であるマスメディア信奉者とオタクとに二分化されたコンテンツが増えてきているような気がするわけだ。
 ただややこしいのは、コンテンツそのものの問題もある。今話題なのは韓流ブームだけど、大分類としての「韓流ファン」は韓国映画やドラマ、俳優関連のものは盲目的に蒐集し飛びつきつつ、「私は中でもイ・ビョンホン」「私はヨン様」などとアンヌ隊員萌え的、オタク的な対象も持っていたりもする。「マス」メディアが送り出すコンテンツはJ−POPにしても芸人ブームにしても韓流にしても、玉石混交には違いない。その中のどれくらいがホンモノで、息長く残る「玉」なのかを見極めるのは難しいだろうな、と思う。「少年ジャンプ」は間違いなくコミックの中の「マス」だけど、その掲載作の中だって当たり・外れはあるわけだ。もっとも「ヨン様ぁぁ〜!」と悲鳴を上げて追っかけをしているオバハンにはそんなことはどうでもいいことだろうが。

 つらつらと結論の出ないことを書き連ねてきて恐縮だけど、では現在のこの「出版不況」の中で、業界側にいる人間としてはどうしたらいいのだろうか、ということがいかに結論の出ぬ袋小路であることがお解かりだろう。
(まだまだ続く?)
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

優れた編集者

長谷先生、いつもありがとうございます。
名作は作家名と共に多くの読者の記憶に残れど、担当をした編集の名はほとんど世には出ませんね。でもメジャー・マイナーを問わず、いい編集さんは作家さんが忘れずにいてくれて、ちゃんと評価してくれていると本人も納得されていると思います。そう思えるからこの仕事やっていけるわけでもありますし…

自分の最初の担当さんとずっと親交があるというのは、いいお話ですね。人と接して、つながって仕事をしていかなければ生きていけませんから、その意味ではいい人間関係がいい仕事を生み出す、という側面もありますし。

最近いわゆるサラリーマン編集者の方と何度かお仕事をしたことがありますが、いずれも素晴らしい人たちで、仕事の優秀さはもちろん、人間的にもいい方でした。どこの誰とは言えませんが、仕事のあまりの優秀さに自分のようなハンパものは圧倒され通しでした。人生死ぬまで勉強です(笑)…

いい人間

やまださんいいことを言いますね。
ぼくは、日本のマンガがここまで発展できたのは
そうした優れた編集者が多数居たからこそだと思う
人間です。
で、講義でも、かならず記憶にあるマンガ編集者の
やった仕事ぶりについて喋っています。

60~70年代の若い編集者は特に
ぼくらにとって、強い記憶に残って
いるわけです。
トンデモナイことを、しょっちゅう
仕出かすマンガ家と徹夜でつきあって
更に実務をこなす。
自分でたった半年程度のことですが
雑誌つくりを体験し、そのハードさと
(面白さ)を知り、ますますその感を
深くしたものです。

18歳のとき始めて出会った編集者と
今でも交流がある~というのが、ぼくの
マンガ家としての一つの誇りでもあり
ますね。
社を退社された後も、マンガがお好きで
おられるのを見て、ぼくはいい人と
出会えて良かったとつくずく思います。

「いい編集者とは、人間性が良く編集されて
いる人!」なんだって。
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。