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2008-02-03(Sun)

吉田神社へ節分のお参り









まるで水墨画。クリックで大きくなりますよ。今日は節分。京都市内の神社仏閣ではイベントが盛りだくさんで、どこへ行こうか迷うほど。しかし今年は明青さんの女将さんが「吉田神社の節分は凄いですよ〜、縁日の出店が800軒もズラーッと出ますから」と聞いていたので、行ってみることにした。
いや別に縁日の屋台が珍しくて行くのではなく(ってそれも珍しいけど)、最初は「東京の家に貼ったり置いてあったりしたお札を、どこかへ納めさせてもらいたいんだけど」…という話を女将さんにしていたところ、吉田神社は巨大なお札納めのやぐらのようなものを組んで、節分の日にそれを燃やす…というイベントがある、と聞いたからである。吉田神社の縁起は清和天皇貞観元年4月(西暦859年)と恐ろしく古い。まあ京都にはこうした古い神社仏閣がたくさんあって、百年とか江戸時代というと全然新しい印象になってしまうほどだ。ちなみにいつだったか、テレビで関東にある何かの店を「創業70年の老舗」と紹介していたのを見たが、京都で暮らすようになると「70年では老舗とは言わしまへんやろ」という気分になってくるから不思議である。
さて節分の日は観光シーズン真っ盛りの時ほどではないにせよ、けっこう洛外近県からも観光客が来るので、早めに出ようということにする。10時半ころに着替えて外へ出ると、比叡山方面が雪化粧、まるで水墨画のようになっていた。小雨がパラつくような感じだったが、連れ合いが折り畳み傘を一つ持って、タクシーで神社へ向かう。あちこちからたくさんの人が電車や車でわざわざ訪れるところ、そういう場所に住んでいるとこういう時に実にありがたいな、と思う。何せ吉田神社まではタクシーで行ってもせいぜい千円程度。二人で乗れば一人500円程度の負担と考えたら、ケチってバスで220円だと行くよりもずっと快適である。
東大路を南下して、京大正門前のバス停付近でタクシーを降りる。あちこちからぞろぞろと参拝客が同じ方向、つまりこちらへ向かって歩いてくる。東大路両側のバス停に停まるバスからはこれまたたくさんの人が降りてこちらへ向かってくる。東側の車線は参拝帰りの客をあてこんだタクシーの空車が数十メートルも連なる大行列をつくっていた。そこへ自家用車やタクシーなどが乗り付けてきて、我々のような客が降りてくる。思わず「うわぁ、早く出てきて良かったなあ」と顔を見合わせた。
東一条の屋台、延々と…参道へ入るとすぐに、両側にズラリと奥の方まで屋台が並んでいた。この頃には小雨がちょっと気になってきたので傘を差して歩くが、懐かしいスマートボールや輪投げ、ヒモを引くと景品につながってるものなどのアミューズメント(?)系もあったし、食べ物もけっこうバリエーションが多い。焼きそばやたこ焼き、お好み焼きやおでんといった定番の他にはフランクフルト、唐揚げ、フライドポテト、牛串、ホルモン、ラーメンやそば・うどん、ぜんざいまである。トルコ風のシェラスコがあったのにはビックリ。
それにしても、なるほど屋台の数は半端ではない、ここの参道はずいぶん長いな…と思ったら、左手に京大正門が見えた。ここは東一条通り、つまりふだんは車道なのであった。そこが車両通行止めになり、両側にずらりと屋台が並んでいたというわけ。あとで知ったのだが、ここはふだんはそれほど交通量・人通りともに多いところではなく、それがこれだけの縁日と人で埋め尽くされるのだから物凄い。ちなみに今年は日曜だったけど、ここを通学路にしている小学生はお昼から半ドンになるという。
とにかく東大路から吉田神社の本来の参道入口まで約300mあるわけだが、そこが全部縁日になっていると思えばいいわけで、その数たるや圧巻だ。さらに参道へ入ると、道幅は狭くなり舗装は砂利道へ変わったが、両側の屋台の真ん中に、もう一つ屋台の列が加わった。要するに中央分離帯が屋台によって形成されているわけである。いやはや凄い数だ。往路はとにかくまず参拝しようということで、どういう屋台があるのかを見物しつつ、鳥居をくぐった。ようやく鳥居が見えてきた。あそこからが本来の参道。
巫女さん。境内へ続く長い石段を登りきると、本殿のある広場だ。すぐに「福豆授与」というテントがあったので、巫女さん(たぶんアルバイト)から4袋いただく。これには抽選券がついており、毎年けっこうな協賛企業・店舗から大量の景品が提供されていて話題だ。車一台、液晶テレビというのもあれば、清酒2本とか毛布とか、意味不明だが半畳くらいの畳が2枚というのもあって、おかしい。
お札納めのやぐら。巨大。それから本殿手前で巫女さんがお払いをしているのを見つつ御守護のお札を貰い、小さなお守りもいくつか買って、本殿に参拝。お賽銭をあげて厄除けと健康を祈る。そうして踵を返すとすぐ、巨大な円柱形のやぐらのようなものが目に入った。これに皆がめいめい持参したお札や破魔矢などを縛り付けたり挟んだりして、夜に焼いてくれるらしい。直径4、5m高さは3mくらいあろうか。これが轟轟と燃えたら凄いだろうなあと思う。
おみくじでも引いていこうかと連れが言うので、せっかくだから福だるまおみくじの方にする。300円で、大だるまの中に手を突っ込んで小さなだるまさんの張子をもらうと、底に紙が貼られていて、何かが入っている。これがおみくじかと引っ張り出して開いて見ると、なんと大吉。「病気 全快する」だって。…まあ縁起物だから…と言いつつも嬉しい。連れのは中吉だったか。
福だるま。中に小だるまがいっぱい。みごと大吉ゲット!
珍しい屋台の内側からの画像をお楽しみください。帰り道はゆっくり屋台を見物しつつ歩いたが、何を食べようか迷ううちに鳥居を出てしまった。ちょうど出たところにあるたこ焼き屋でたこ焼きを6つもらい、中に座ってアツアツのを半分ずつ食べる。外はカリッとして中から高温のトローリが出てきて解っちゃいるけどアヅ、アヅ!フハヒフホ状態(東海林さだお風)になる。口から白い息がぶわーと出た。それから東一条の広い道に連なる屋台を来た方とは逆側のを見物。
連れがフライドポテトが食べたいと言うので、若いお兄ちゃんが店番をしているところで「揚げたてにしてくれる?」と聞くと、「いいですよ!」と言ってジューッとやってくれた。「シャカシャカポテト」と言うんだそうで、6〜7種類の塩やらバーベキュー味の粉やら七味やらから味付けを選ぶらしい。俺らはシンプルに普通の塩にすると、ポテトを入れた袋にサラサラと入れてくれ、「よく振って食べてくださいね」と渡された。言われた通り袋をシャカシャカと振りつつ歩き、途中から食べつつ歩く。揚げたてなのでサクッとしていて、イモもほくほくでうまい。うまいうまいと言いながらシャカシャカしつつ歩く。

東大路に出たところでちょうど食べ終わったので、百万遍まで歩いてコンビニで袋を捨てる。沿道にはけっこう、食べ終わった紙袋や串、ワンカップまでうち捨ててあるが、神仏にお参りした後でこういうことをする神経がよく解らん。それにしても凄い人で、東大路へ戻ったころには12時を過ぎていたのだが、明らかに帰り道はすれ違う人の波が違っていた。午前中は天気も悪かったせいもあるが、昼から夜までにはそうとうな数の人が来るのだそうだ。

夜は明青さんに福豆のおすそ分けをあげて、一杯やる。ご主人は「吉田神社もいいですが、来年の話をして申し訳ないですけど下鴨神社もいいですよ。」とのこと。聞くと和弓を手にしたご老人が、キリキリと弓を引き、天高く打ち上げるという。それがまた見事に高く飛び、糺の森へ消えていくさまが何とも言えないそうだ。また弓で的を射抜く「追儺弓神事」という儀式もあるそうで、なるほど京都はそこここでこういう伝統ある催しがあるから、どこへ行こうか迷うほどだ。
来年の節分も元気に、今度は下鴨神社へ参れますように。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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