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2008-03-13(Thu)

いよいよ明日、手術

3月13日(木)
明日はいよいよ手術。今日も長い一日であった。
夕べは10時消灯ですぐ寝に入るが、12時くらいまであまり眠れず。朝方は特に何度も目が覚め、結局あまり熟睡できぬまま気がついたら7時だった。ナースのNさんが採血に来て、今日は試験管2本採血。
8時に朝食がきたがさつまあげのような練り物とおひたしに味噌汁、あとは牛乳とパイナップル。「おとなのふりかけ」を3種類3袋も使って完食。それから布団にごろりとしてテレビを見ていると部屋の掃除が来て、8時半過ぎ、O先生ら三人の医師団が来る。
血液内科のI先生と話をしていただいたそうで、「やはり将来的にこれだけ脾臓が大きいと取るということもあるかも知れないが、今それをすぐしなければならないという状態にはないので、今回は極力傷つけないように気をつけてやります」ということ。
「どれだけ大きくなっていいものなのか、どこかで止まるのか、それもわからないんですよね」というと「そうですね、取るというのも大変なので、放射線をあてて小さくするという方法もあるんですが、ここまで大きくなってしまうとそれもどれだけ効き目があるかというと…」とのこと。とにかく明日はよろしく、とお願いするしかない。
その後はちょっと眠くなってきたのでベッドに寝てテレビを見つつうとうとしようと思ったら、病棟の工事の「ガガガガーッ!」という大騒音が始まる。よりによって工事箇所は俺の部屋のまん前である。この環境って入院してる人たちにとっては絶対大変なストレスだよなあ、と思う。入院費まけてくれんかなあ。
それでも30分くらいすると不思議なもので、あれだけの騒音の中でもうとうとしてくるものだ…と思ったら10時前に昨日俺に麻酔科へと間違った情報を伝えにきたナースが「おへその掃除をします」と来てくれる。へそに消毒液?のようなものを紙コップからたら〜っと垂らして、長い綿棒のようなものでほじくってくれるのだが、「おへそ綺麗ですねえ」と言われる。あんまり意識して洗ったことはないのだが、腹部が膨満したためにヘソの周辺も内部から押されて、必然的に洗いやすくなっていたので、普通に洗っているだけで綺麗になってるのかも知らん。どうでもいいことですが。
それにしても女の人にヘソをほじくられるというのは非常に恥ずかしいことではある。なので「向かいの建物は何なんでしょうねえ」とか世間話をしたりして、終わるのを待つ。ちなみに向かいのおんぼろ病棟?は旧眼科の建物じゃないかとのこと。さらに北側にはもう一つ、同様のお化け屋敷のようなツタだらけの建物があり、それは旧婦人科の建物だそうだ。ヘソの掃除は数分で終わり、なぜか油性のマジックでヘソの周囲を丸くマーキングされた。非常にマヌケな絵面である。
結局寝るタイミングを逸し、テレビを見てると11時過ぎに連れ合いが加湿器を持ってきてくれたので、早速水を入れてきてつける。夕べは乾燥してちょっと辛かったので。あとおかずにコロッケを持ってきてくれたが、連れはしばらくして診察があるので自分は食べずに出て行った。
その間12時に昼食が来て、持ってきてもらったクリームコロッケも食べた。その後1時ころ風呂。午前中は女の人の入浴時間、午後は男なのだが、その間に掃除してお湯を入れ替えるらしく、お湯は綺麗で一番風呂だった。明日は手術なのでしっかり洗い、ちゃんと湯に漬かった。部屋に戻ってしばしくつろぐ。
2時頃から麻酔の説明があるはずで、ずっとテレビを見つつ待っていたが、全然呼び出しが来ない。3時からは下剤を飲まねばならず、困ったなあと思ってると先に下剤が到着。白い液体がボトルに300ccほど入ったもので、これを飲んで、あと9時に頓服薬を飲み、明日の朝までに出なければ浣腸になるという。まあ俺はデフォルトで特急ぎみなので、下剤なんか入れたら超特急になるだろうから大丈夫だろう。
依然麻酔科の呼び出しがないので下剤も飲めず待っていると、3時半ころようやく呼ばれて、昨日間違いで行かされた部屋へ行く。説明の前に電子カルテを見ますといって見始めたので、俺は今朝の採血の結果を聞くと、白血球数は注射のおかげで1300に増えていたので一安心。ただPLTは67(6万7千)だったのが65とほぼ横ばいのまま。麻酔科の先生は説明の紙を示しつつ、やること、リスクの話などを説明してくれる。10分足らずで終わって病室へ戻る。
戻ってすぐ冷蔵庫に入れておいた下剤を飲むが、すっぱくて軽く苦味もあってまずい。連れ合いは俺が手術前でナーヴァスになってると思い、わざとおちゃらけたことを言ってくれるのだが、こちらは神経質になっているせいか笑えず、申し訳ないリアクションしか出来ず。向こうも心配なのは当り前で、家で一人でいるのも寂しいだろう、それはわかっているのだが。
実は手術が怖いとか不安なのではなく、白血球数と好中球数がここにきてガクッと下がったのが、元の病気の進行じゃないか、とそっちの方が心配なのだ。胆嚢切除手術は、普通の人よりも格段にリスクが高いとはいえ、それをじゅうぶん承知した上で、注意深くやってくださるという説明を受けているから、それほど心配もない。不安や恐怖が全くないといえばウソになるが、多少痛みがあろうがナンだろうが、それは回復への過程と解っていることなので、こなしていけばいいだけの話。しかし白血病の方は進行があっても治す術はない。それが一番不安で心配の原因だ。しかしそんなことをいくら考えても何にもならない。
その後、昨日の朝エコーをしてくれたK先生が来て、昨日白血球を増やす薬を注射したら、好中球数が300台から800台に回復した。感染症の専門の先生に相談したところ、それならば通常の抗生物質の量で大丈夫だろうということだった、ただ念のため、今日もう一本白血球を増やす注射を打ちます、とのこと。白血球数と好中球数が増えてホッとしたが、それは注射のお蔭だし、血小板数は変わらずだから依然不安は残る。
その後4時前に、連れにはもういいよと言って洗濯物を持ってってもらう。俺は下剤を飲んだのでいつ作用が始まるか解らないので下へは行かず、ベッドの上で見送った。その後4時半過ぎに白血球を増やす注射を、へその掃除をしてくれたナースが打ってくれる。その後下剤をくれたメガネのナースが下剤を飲んだかと確認に来て、同時に医師団のKドクター(一番若手の方)が採血の結果の表を持ってきてくれる。やはり白血球と好中球数の話で、順調に増えたので、感染症対策も通常通りで問題ないでしょう、とのこと。
俺はちょうど白血病の進行のことを悩んでいたので、WBCとPLTが減ったのが気になるというと、専門じゃないので解らないが、通常白血病の進行というと白血球が増えていくというのだと思うので、それほど心配しなくていいんじゃないかということ。脾臓がこれだけ大きいともちろん汎血球減少が起きるので、そのためにこういうことになってるから、注射で増えたということはいい反応だということだろう。ちょっと気持ちが楽になった。
その後夕飯は6時過ぎに完食。ニュースでは京大で肺の移植手術を受けた患者が手術ミスで死亡した事件で、京大病院の心臓血管外科の医師と麻酔科の医師ら3人が書類送検、という映像が流れた。今まさに自分がいる病棟が映ったのでビックリ。そういえばここは肝・胆・膵外科と心臓血管外科の病棟が一緒になっている。その後6時半過ぎに婦長さんが来て、にこやかに明日手術だけど大丈夫かというので、大丈夫ですと答える。下剤は少ししか貰わなかったけど、まだ便通も来ないし、あれでいいんでしょうかと聞くと、2ℓくらい飲まされるのは大腸の手術などの場合で、今回はその量でいいということ。あとは錠剤があるので、若いんだし明日の朝までに大抵の人は出ますよ、とのこと。もし出なければ浣腸になるが…。婦長さんは水分をたくさん摂ってと言って出て行った。
その後はしばらく連れ合いとメールやりとりしたりしつつ、PCでソリティアをやるが、こんなんよく考えたら自分にストレスを与え続けているようなゲームだと思い、やめる。こういったややこしいゲームを繰り返しやらせて、ストレスの検査をする実験があったな、と苦笑する。
それから連れ合いが来た時にと思って冷蔵庫に入れておいた、チルドカップのココアを飲んだが、7時を過ぎても便通なし。浣腸は避けたいのだが…(笑)。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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