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2008-03-18(Tue)

久しぶりに病院外に出た

3月18日(火)
夕べは10時消灯後すぐ寝に入り、40分ほどで眠れた。次に目が覚めると1時半で、そこから1時間ほど寝られなかったが、次に目が覚めたら5時半、合計で5時間ほどは寝られた感じ。ドアがしっかり閉まってると、古いとはいえ(笑)やはり個室だと耳栓が無くても何とか寝られるレベルだ。看護婦さんも当直の人がちゃんとそっと入って来てくれる人だと、安眠が邪魔されずに済む。
6時くらいから歯を磨いて洗顔し、カーテンをあけてテレビをつけて半身を起こしていた。今日も快晴、テレビでは今日も暖かくなると言っているがこっちは病室なのが残念。半身起こしてるせいか腹が鈍くうずくように痛む。バイタルが来て、8時の食事は9割がた食べた。まだ7分粥だが、腹のことを考えると仕方が無い。
その後執刀医のO先生と研修医のKドクターが来て容態確認。直後に白髪メガネの教授らしい先生もいつものようにサッと来手術の痕て様子を聞いてサッと出て行った。痛み止めをナースのNさんに1錠もらって、Kドクターが「点滴はこれだけ食事がちゃんと採れてればもう必要ないでしょう」ということで、その後Nさんに左のルートも外してもらった。これで点滴から完全解放だ。あとは手術した腹の痛みだけである。
痛み止めに貰っている「ロキソニン」錠は強さでいうとボルタレンと同等かちょいと弱いという薬らしいが、手術の痛みには割合効くようだ。相性というものもあるのかも知らん。胆石発作の時はボルタレンでもちっとも効かなかったが、あの痛みがもう無くなるのかと思うと嬉しい。傷の痛みは痛み止めが効いている間は、安静にしている限り半身起こしてこうしてパソコンを打っていても、弱くうずいている程度。ただ、排便に行くためにトイレへ行く廊下が辛い。ここ2、3日ほどほとんど歩く時の痛みに関しては変化がない。他は順調に回復してきてはいるが、歩行時の痛み、咳や痰切り時の激痛だけは回復がストップしたままの様子だ。
それから部屋でベッド上でネットでニュース見たりテレビを見たりしていると、くしゃみが術後初めて出た。くしゃみの後、余りの痛さに悶絶してベッドに倒れこんでしまった。しばし痛みに耐えて動けないほどの衝撃。こんなにくしゃみ一発でクリティカルヒットになるとは思わなかった。その体制のまま動けず、そのせいか11時前あたりから寝てしまった様子。11時半ころ研修医ではない方のK先生が来て「傷を見せて」というので起こされ腹帯を外すと、胸に玉の汗をかいていた。外の気温が上がったせいか、白血病のいつもの典型症状の一つの寝汗なのか不明。傷の状態は相変わらず綺麗でいいので、金曜にホチキスの針金のような針を一つおきに半分抜き、土曜にはさらに半分を取るそうだ。なので退院はその土曜日でもいいし、具合によっては日曜でもいいということになった。あとは感染症の専門家と話しをしたところ、白血球が1000を切ったら増やす注射をするよう言われたといい、気がかりはそこくらいだとのこと。
こうして手術も無事終わり、術後の経過も良好なのは喜ばしい。胆嚢を取ったことであの激烈な発作がもう起こらないのも嬉しい、普通の人ならこれで万々歳だ。だが俺の場合はそれで「胆石持ちの」が取れて「白血病という血液癌の患者」に、戻っただけのことなのが哀しいが。
昼飯はサバだか何かの血合が出て、酸っぱしょっぱくて、さすがに俺もほとんど食えず残す。たいがいのものは出されたら食べる方だし、食べ物を残す&捨てるという行為が苦手なのだが、これはしょうがない。手持ちのおしんこや「ごはんですよ」、ふりかけなどで食べた。連れが持ってきてくれた大根のべったら漬けはほぼ食べ終わり、ふりかけも小袋が3つ、「ごはんですよ」の小瓶は使い切った。
1時半ころ連れがセブンイレブンでオハヨー乳業のイチゴヨーグルトを買ってきてくれたので、すぐに1つ飲む。家にいる時は毎日飲んでいたが、入院後は始めてで、うまかった。。それから部屋で俺がご飯のおかずをほぼ使いきったというので何か買ってこないとねえ、なんて話してたら、突然部屋に明青さんの渡辺さんご夫婦が来訪。お見舞いにと、鯛カマの塩焼き、すっぽん肉入りスープ、さらに俺が大好きなポテトサラダをたっぷり作って持ってきてくださった。あ、有難い、なんというタイミングだろう。
胆石2ケ(1つは半分に切断)お礼を言っているとK先生が入って来て、「あ、今日は皆さんお揃いで」と言いつつ「これが入ってた石ですねえ」とプラスティックの小瓶に入れた胆石をくれた。「これは2つあったもので1つは半分に割ってあります。あと瓶は開けない方がいいと思いますよ、雑菌なんかが繁殖している恐れもありますから。見たらまあ捨てるなりしてください」とのこと。「これは…コレステロールですか」と聞くと「そうですね」とのこと。
K先生が出て行った後、明青さんにも見せて「こんなのが入ってたら痛いわ!」と話す。お二人は「まだしばらく痛いんでしょう」というので「あ、でももう今週中には出られるみたいなんですよ」というと「じゃあしばらくはリハビリやね」というので「すぐリハビリに(飲みに)行きますよ」と言うと笑っていた。お二人はすぐ帰る、ここでいい、と帰られるのをお礼を言って部屋の入口で見送った。
改めて「本当に有難いね」と二人で感動する。あとで鯛はカブトの部分をおかずに俺が、カマは連れが食べる用に、ポテトサラダは連れは4分の1ほどでいいというので小分けすることにして、すっぽんスープは冷凍して退院したら二人でいただくことにする。いや本当に有難かったです。
その後しばらくテレビを見た後、売店へ買い物へ行こうということにして、ナースステーションから車椅子を借りてきてもらった。まだちょっと下まで歩いていくのは無理だし、かといって買ってきてもらうだけなのもつまらないし、外の空気もこれだけ暖かいなら久々に吸いたいものだ、ということで。入院の時に着てきた冬もののジャンパーはもう暑いだろうと、シャツ一枚をパジャマの上に羽織って、車椅子に座って連れ合いに押してもらう。ちょっと座った姿勢でも腹圧がかかるから痛みがあるが、痛み止めが効いている間だと思い、多少は我慢してエレベータで久しぶりに地下の売店へ行った。
店の前で降りるというと車椅子で店内入ってもいいんだよというので、中まで押してもらってそのまま買い物。チルドカップのココア2、おとなのふりかけ小分けセット、ごはんですよ小瓶、焼きタラコ1パック、あとペットボトルのお茶1リットル。連れはフルーツジュースを買って、そのまま一旦北側の出口から出る。そこは2Fの渡り廊下の下の日陰、すぐ北にある建物への通り道になっていて、両側は長いゆるやかなスロープになっている。車椅子用というよりは搬出入のための台車用といったスロープで、俺の体重を支えながら連れが降りるのはちょっとキツそうだったので、普通に正面玄関から出ようと言っていったんまた病棟へ戻る。
つかまり立ちで、久々の外で記念写真(?)それから正面玄関まで長いメインストリート(?)を延々と通って、久しぶりに外へ出た。南側に開けた玄関前のあたりは遊歩道が作られており、陽があたってさすがにぽっかぽかである。シャツ一枚さえ羽織らなくても全然OKという暖かさで、20度という気温を実感する。しかも快晴で、東山には大文字がくっきり。確かに環境的には素晴らしいところにある病院だ。
しばらくそこであたりを眺めて携帯で写真を一枚撮ってもらい、春日北通り側へ移動してちょっと眺めたりして、また車椅子で病院へ戻る。ドトールでアイスラテを買ってもらい、ベンチでしばらく一休みして、1時間弱で病棟へ戻った。久々の外は陽ざしも空気も気持ちが良く、やはり人間が生きていくには太陽と空気は必要なんだなあ、としみぢみ感じた。特に日光は、浴びすぎてはいけないというものの、一日にある程度はあたっておかないといけないものだし、実際陽に当たっていると免疫力がじわじわと向上するような気さえするものだ。
病院内へ戻る頃には痛み止めが切れてきたのか、車椅子のせいか、腹がかなりひきつるように痛くなってきたので、看護婦さんに夕食後の痛み止めを「予約」しておく。部屋でよみうりTV「ミヤネ屋」を二人で見つつ、連れはちょっと咳っぽいから早めに帰ると、4時半過ぎに明青さんのすっぽんスープと小分けしたパックを持って帰って行った。

見事な鯛粥!その後6時の夕飯はまだ全粥で、さっそくポテトサラダをちょっと味噌汁のフタに盛って、鯛のカブトをほぐし始める。本当はオーブンで焼きたいところなのだが、部屋にあるオーブンはかなり使い込まれたもので生理的嫌悪感が強い代物。それに病棟中に鯛のいい匂いが充満するのも顰蹙だろうと、そのまま身をほぐしにかかるが、やはり固い。しかし根性でほぐし、丁寧に10分もかけて見事な鯛粥が出来上がった。連れからも「今焼いてる」とメールが来た。
食って腹いっぱいになって腹部膨満になりヒイコラ言いつつ食器を返して部屋に戻ると6時半過ぎ。いつもの倍以上の時間をかけて胆嚢違った堪能させていただきました、ありがとうございました!
食後パソコンを開いたものの、膨満状態の腹部を突き出したままベッドを背もたれにして一息ついているとO先生とKドクターが来る。いつもは具合を聞いて一言二言で帰るO先生だが、今日は壁によっかかって少し話して行った。今日は下までつれてってもらって歩いてきたというと、「それはいいことです」という感じでウンウンと頷いて、俺が「これで普通の人だったら万々歳なんですけど…」と言うとちょっと気の毒そうな顔をされる。で俺が「便が黄色い感じがするんですが、それは胆嚢を取ったから腸に直接胆汁が出ているからでしょうか」と聞くと、首をかしげて「さあ…それはちょっとその影響かどうかわからないですねえ、食べ物の関係かも知れないですが」とのこと。あとは昨日の採血はどうだったか聞くと、あとで持って来てくれると言って出て行った。すぐにKドクターがとって返してきて、出力した採血結果をくれた。WBCは手術後から1600−1700−1700−1300。白血球を増やす注射をした後を除くとまたちょっと減少気味なのが気にかかるが、1300ならこのところではいい方だ。好中球数も900あるから、入院当日のトンデモない低値からは脱したのでホッとした。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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