--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008-03-19(Wed)

日に日に回復してます

3月19日(水)
夕べは10時消灯後30分ほど、歯磨きやらベッド周辺の片付けをゆっくりとしてから寝る。何度か目は覚めたが、3時ころまで割りとよく寝られた。しかしそこからが全く寝られなくない。悶々としてベッド上で寝ようと努力するが寝られず、結局6時ころ諦めて部屋の電気をつけ、テレビでニュースなどを見る。そのうち眠くなるだろうと思ったが全く眠気は来ない。
その後朝のバイタル、体温血圧酸素値正常。外は曇っていたが、やがて雨になった。そういえば入院してからずっとぽかぽか陽気でよく晴れ、真っ青な空が窓から見られたものだが、今日は久しぶりの雨だ。それからちょっとだけ眠気が来てうとうとしかかると、8時の食事が来る。まだ全粥。おかずはシャケや茹で野菜などと牛乳、バナナ。そういや入院時に朝食はパン食かご飯か選べたので、米好きな自分としてはご飯を選択したのだが、ここに来ての連日の「粥責め」でパンが恋しくなってきたのは皮肉。
昨日買ったごはんですよ、焼きタラコ、明青さんにいただいたポテトサラダなどでほぼ完食。ご飯を食べた後は、やはり胃が圧迫されて苦しい。自分の場合CTの映像を見せてもらっても、とにかく腹部全体を巨大な脾臓が覆っていて、胃もぎゅうっと右側に押されて窮屈そうに筒状になっていたように見えた。今回取った胆嚢はさらにその胃に肝臓側に押し付けられるようになっていたそうだ。大食いのジャイアント白田君やギャル曾根ちゃんは、実は胃袋の伸縮性が物凄く、俺の脾臓並に、腹部全体に食べ物を入れると膨らむことが解った、と前に何かのテレビで見た。あれはCTだったかMRIだったか、とにかく衝撃的な映像だった…というのを思い出す。
食後はロキソニン1錠を飲み、歩行訓練がてらゆっくり右わき腹を抑えつつトイレへ行き、その後はテレビを見たりダラダラして過ごす。11時ころ薬が効いたのか、安静にしているとほとんど痛みが収まった感じがしたので、これまた歩行訓練にとテレビカードを1Fまで買いに行った。なぜか病棟、というか各階には販売機がないという不親切なシステムになっているので、テレビを見るためには下まで行かねばならないのだ。戻ってくると、ホンの少しの移動だったのに右わき腹がひきつるように鈍痛がする。まだ歩く速度はそろりそろりと、腹に手をあてながら…という感じだ。痛み止めは安静時には効いているが、歩いたり咳やくしゃみの痛みには全く無力であることがわかる。
12時、昼食ほぼ完食。その後1時ころ連れ合いが来た直後、ナースが体拭きの熱いタオルを持ってきてくれるというので、パジャマや下着などを着替えた。やはり寝汗をすごくかくので、体を熱いタオルで拭いて着替えると気持ちがいい。シャンプーもしたいのだが、今体を曲げたら死にそうなので我慢。その間に連れには箱ティッシュが無くなったので買ってきてもらった。それから一緒にテレビを見ていたが、連れは眠くなったというので、ベッドの横にあるベンチボックス(座れる物入れ)に余っていた枕を載せて、足の方はパイプ椅子を並べて簡易ベッドを作ってやると、そこでちょっと仮眠をとった。連れも健康体とはとても言えないので、休憩も必要。こちらはその間テレビ見つつソリティアをやっていた。この時間帯は人の出入りが珍しくなく、連れは1時間ほど寝たか、洗面台を洗ってくれる人が来て起こされるまで少しは寝られた様子。
人の出入りは無かったとはいえ、実は京大病院の南病棟は今あちこちを工事中である。要するに老朽化しているのでそこここをちょとづつ直しているわけで、俺のいる病棟側のトイレがちょうど今修理をしているところなのだ。なので、こちらはトイレのたびに反対側のトイレまで延々歩かねばならない。それはまあいいとして、工事現場はこちらの病室のまん前。工事の人たちの出入りの音や声も物凄いものがあり、しかも全く「ここは病院である」という遠慮というか配慮がないのが凄い。逆に感心する。物凄い騒音は工事だからしょうがないとしても、工事の人が携帯で大声でしゃべってたり、冗談言って笑ってたりもする。安静の人もいるだろうに…と思うしこんな環境でも差額ベッド代は同じなのか、と思うとちょっと納得がいかない気もする。
さて連れが起きてからはまたテレビで「ミヤネ屋」(4月から全国ネット化ってほんまかいな? あの島根出身だけどコッテコテ関西弁&関西顔の宮根アナが全国ネットで流れていいものだろうか)を見ていると、4時半過ぎに手術前に病室へ来て麻酔の説明をしてくれた女医さんが来る。その後の痛みはどうだったか、などを聞き取りしていった。
通常、手術などの激烈な痛みには硬膜外麻酔といって、脊椎麻酔よりもうちょっと浅いところへ麻酔を直接麻酔薬を注入し、その先の部位の痛みをブロックする。意識消失がないので、手術の時に併用するだけではなく、術後の激しい痛みに対処するためにもよく使われる。ちなみに連れ合いが何年か前、ずさんな右腎臓摘出で術後の痛みに地獄の苦しみを味わったとき、この麻酔によって痛みがウソのように消失した、という場面を目の当たりにしたことがある。その時連れ合いは痛みで寝られず、不定期に襲うカミソリで皮膚を切られるような痛みに悲鳴をあげる日々が何ヶ月も続いたのだが、手術をした病院ではラチがあかず、鍼灸やらペインクリニックやらあちこち廻った挙句であったから、劇的で連れも痛みの消失に思わず涙したくらいだった。しかし麻酔の副作用で動悸が激しくなり、嘔吐を繰り返して「これなら痛みの方がまし」というので結局その後使うことはなかった。
俺の場合、術後の痛みをとるためにこれを使えると良かったのだけど、白血病のために血小板が少なすぎて使えなかった。「使えると良かったんですけど」と女医さんは気の毒そうにしていたが、それはもうしょうがないこと。それより術後はただでさえ、感染や血栓が出来るリスクの方が怖い。
その後、連れ合いは「そろそろ帰る」と言って洗濯物を持って帰って行った。6時の食事は塩サバ、切干大根とニンジンの酢の物、野菜と芋の角切りマヨネーズ和えみたいなサラダ。明青さんのポテトサラダなどで完食。その後は「警察24時」を見る。ネットの番組表で「ロケット花火男にストーカー男」とか書いてあるの見て「面白そうじゃん」と連れが帰る前に話してたのだが、見ていたらそれはどちらも京都府警の話だった。
8時過ぎ、管理をしている某サイトのデータ更新日だったことを思い出し、慌てて受信、作業に入る。作業を終えたら転送作業、やはりモバイルだと遅いこと遅いこと。その後どうも腹がピリピリするな、調子に乗ってパソコン仕事とかしたからかな、と思ったら痛み止めを朝飲んだきりだった。夜勤のナースにバイタルの時お願いしておいたが、8時を過ぎても来ないので、トイレの時別のナースに廊下で会ったので、お願いして小便をして戻ってくると、ロキソニンを1錠くれる。部屋に戻るとさっきの当直のナースが「すいません」と忘れてたようで薬を持ってきたが、もう貰っていたので明日の分にとそれも貰っておいた。
俺の場合は、だけどロキソニンがよく効いてくれるので助かる。おとついあたりまでは点滴から錠剤になって一日3回飲んでいたが、昨日は2錠で一日持つようになり、今日も朝の1錠で夜まで持った。寝ている間に痛み出すと嫌なので、念のため1錠服用。
薄皮をはぐように一日一日、痛みは弱くなっているように思う。しかし依然、歩く時の中の痛みはあまり変化なく、咳やくしゃみもかなり辛い。ていうかくしゃみはしようものなら瀕死状態になるので、出そうになっても意地で絶対に止めているが…。

さて昨日アップした痛みの表でいうと、今日は「深い深呼吸」がゆっくりなら、○になったり、廊下を支えがなくても痛いながらも歩けるようになった。
術後の痛み

それにしても胆石が発見されたのは、白血病告知・余命宣告を受けて治療のために入院し、それが慢性であったことが判明して退院した直後、2005年10月20日のことであった。この時は発作が起きたことはなく、しかし石はけっこう大きいのが2,3と言われてはいた。その後発作が頻発するまで2年。術後、胆嚢を切開してみると、1cmほどの石が出口に嵌頓(かんとん)状態で栓をしていたとO先生から聞いた。恐ろしいことである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。