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2008-03-21(Fri)

抜糸完了・明日退院

3月21日(金)
夕べは消灯後、11時ころになって眠れた。おおむね熟睡、5時過ぎまで。その後6時過ぎまでとろとろしていたが、朝イチで採血が来る。ゲ! こないだ血管ブチ抜いてくれた子だ! 怖いよう…と思ったら、今日は羽根と細いチューブ付きの針で、しかも俺がちゃんと半身起こして腕もテーブルの上に置いたせいか、ほぼ無痛で試験管2本分採れた。こないだはベッドに背もたれた状態で腕が下にあったので、勢い上から角度をつけて針を入れるかたちになったから激痛になった。こちらも協力してあげないといかん。
外は曇りだが雲の切れ間から青空がちらちら見えている。ゆうべから風が時折かなり強く吹いていたが、今朝もまだ風が残っているようだ。そういえばゆうべ、うちのマンション前のコンビニのあたりにパトカーや装甲車、救急車などが現れて騒然としていたそうだ。連れが見に行ったが結局何だか不明だったようす。今朝googleのニュース検索で調べてみると、1時間前の毎日新聞の更新が最速だった。どうやらあのあたりのマンション2階に住む20歳の男性が、手書きで「浴室で硫化水素発生中。絶対に入室せず、消防に連絡して下さい」と張り紙をして自殺したという。彼はこの日部屋を退去予定で、管理会社員が訪問して張り紙を見つけて119番通報して、えらい騒ぎになった…ということだった。
「硫化水素ガスで自殺するケースは全国で相次いでおり、1年間で少なくとも8件が確認されている。巻き添えを避けるため「有毒ガス発生中」と張り紙する方法はインターネットの自殺サイトで紹介されており、サイトを参考にしているとみられる。」とのこと。練炭よりも発見される確率が低く風呂場などで目張りも簡単、自分の部屋で出来るという「手軽さ」から、最近はこちらが増えているらしいが…。
何が原因か知らぬが、いただいた命を簡単に捨てるなよ、と思う。もちろん、俺だってここ十年、本当にひどいことが続き、特に連れ合いが手術後の痛みで七転八倒するのを見ているしかなかったころは、これでもし俺が倒れたら、もう二人で…と考えたことがないわけではなかった。だがそれは、頑張って頑張って、いろいろなことに耐えて、もがいて、苦しんで、やれることは全部やって、の話だ。それでもどうしようもないことって、確かに世の中にはある。それは認める。だがまだ20歳そこそこで、いったい人生で何を得たんだろう。それはそれなりに自殺するんだから相当なことがあったのだろう。最近の働けど生活が苦しい…というワーキングプアだろうか。先行きに希望が見つけられない、深い絶望ゆえか、それとも、無気力に「リセットボタンを押すような感覚」で…だろうか。

抜糸の後その後9時半ころ、O先生ら3名がみえ、K研修医が残り半分の抜糸。抜糸、というより糸がないので本当にホチキスの針を取って行くという感じだが。今日は軽い痛み程度で完了。傷をまたぐように、テーピングを傷とクロスする状態で貼ってもらい、これは2週間くらい、自然にはがれるまで貼っておくようにと言われる。「あとはシャワーなんかはもうそのまま浴びても大丈夫ですから」、でもう「退院は週末いつでも結構ですよ、ご家族と相談して決めてください」ということになった。
良かった…と思う反面、こんな体で社会生活が営めるかどうか不安でもある。もちろんずっとこういう状況なわけはないが、連れの場合は最悪だとしても、傷の痛みは一年近く続いたし、今でも急に腹圧がかかるような動作をすると激痛が走ることがある。手術以来5年ほど経つというのに、真夏だろうと腹帯は欠かせない。俺も同じような状態になるとは思いたくないが、歩く際のひきつるような感覚と鈍痛はしばらく続くようだから、動作には気をつけないといけない。
人間、喉元過ぎれば…ということがあって、安静時に無痛になってしまうと、ついつい健康体のような感覚で動作をしてしまうことがある。今は病室にいるのでそこら辺は充分気をつけて動いているが、考えてみれば床から猫のシマ(5kg)を抱き上げることもしばらくは怖い。
処置をしてもらっている間に、頼んでおいた痛み止めロキソニン1錠が来る。抜糸が終わった後それを飲み、しばらく効くのを待って、40分ほどしてからトイレへそろそろと歩いて行く。手術後の点滴が取れて水分が足りなくなったせいがあるのかないのか、昨日はまる一日便通がなく、さすがに腹が張ってきた。ちょっと踏ん張れば出そうだったが、その踏ん張りが痛みのせいで効かない。なので痛み止めを飲み、多少なりとも腹圧をかけて排便しようという考え。果たせるかな、固いのが無事出て、ちょっと腹も楽になった。
外はいつの間にか綺麗に晴れ上がり、ぽっかりと雲がOSの壁紙のように浮かんでいる。その後昼前にエレベータで売店へ。どうせまた粥だろうと思い、「ごはんですよ」の大きい瓶を買って戻る。昼はやはり粥だった。
その後2時ころ連れが来る。退院が決まったというと、「掃除しなきゃ」と言っていた。ナースが傷を見に来てくれたので、明日午後の退院をお願いして、「傷からちょっと出血しているんですが」というと見て、ガーゼをあててくれた。これを濡らしても良いんだろうか、と若干不安。連れと5時前までテレビを見て、エレベータ前まで見送って別れる。加湿器と大きいバスタオル、昨日の下着などを持って帰ってもらった。

夕方のニュースワイドでは、老老介護での相次ぐ殺人事件についてのレポートをやっている。今年に入ってから、老老介護疲れによる殺人はすでに10件、週に一回のペースで起きていることになる。老老以外にも尊属殺人なども含めればもっと多いだろう。しかし世界一の長寿国だと意気軒昂に誇っている一方で、福祉切捨てによるこうした不幸な事件が、全国で常態化しているってどういうことだ。ワーキングプアの問題もそう、働かない人間が貧困という「報い」を受けるというのは一定の共感を得そうなことではあるが、それにしても、福祉という概念というのは本来、それでも今困っている人を何とかして救おう、補助をして自立させよう、というものであったはず。なのに一生懸命身を粉にして働いている人間が、地べたを這うような貧困を味わう。日本の高度経済成長を支えてきた老人たちが、老後は安心して暮らせると思ってきたら突然自分たちの世話は自分たちでやれと放り出される。
自分が長年連れ添った相手が病の床にある、何とかして一日でも長く生きていて欲しいと思うのは当り前だろう。だから必死で介護する。介護する側も老体だ、年金だけでは生活が苦しいところ、介護サービスを受けるにも新たに金が要ると言われたらどうすればいいのか。金銭的にも肉体的にも精神的にも追い詰められ、この先明るくなる見通しなどない。そればかりか、先に見えるのは共倒れである。愛すればこそ、自分の介護に苦しむ相手に「いっそ殺してくれ」と頼む。そしてそれを受け入れなければならない心境。いったいこんなクソみたいな国に誰がした? 
片方で道路特定財源は道路のために使ってるんだ、地方ではまだまだ道路が必要だ、廃止すれば開かずの踏み切りが無くならないぞ、と国民を「脅迫」しておきながら、実際は官僚どもがホイホイてめえの財布のように無駄遣いのオンパレードだ。全国でいったいどれだけの血税が役人どものフトコロに入ってるのか、想像するだけで頭がクラクラする。それらをホンの少しでも福祉に廻せば、老老介護現場での不幸な事件がいくつかは防げたんじゃないのか。まったく嫌な世の中になったもんである。

その後6時前にK先生が「明日退院ということでいいですか」という確認、「お願いします」といい、午後でとお願いする。食事はどうされますかというので一応出してもらうことにしたが、よく考えたらなくても良かったか、どうせ粥だろうし…。で傷からちょっと出血していたのでガーゼをあててもらったというと、傷を見て「昔はイソジンみたいな消毒液をべったりつけたもんなんですが、あれの効力は6時間しかないんですよ。じゃあ4時間おきに塗り替えるか、というとそうもいかないわけですし、消毒液は皮膚を弱めますからね。今はお風呂に漬かるのは避けてもらいますが、シャワーなどで流水でむしろ傷を綺麗にしておく方がいいという考えになっています」とのこと。「そうした方が再生能力が高まるんですね」というと「そうですね。ただ血液疾患をお持ちなので、もちろん高熱が出たとか、出血が止まらないとか、そういう場合はお近くなんですぐ来ていただいた方がいいかと思います」といって、病棟の直通電話を教えるので、何かあったら電話してくれれば対応すると言っていただく。【注:もちろんイソジンといってもうがい薬の方ではありませんので、注意! イソジンうがい薬を傷に塗っちゃダメよ。】
退院後の食生活も、以前と変わらずで問題ないということ。油こいものは避けるのかと思ったら、元々胆石発作を繰り返していたということは、慢性的に炎症状態にあり、胆嚢がほとんど正常な機能をしていなかったということだ。なのでそれを取ったところで、何らかの機能の損なわれるわけではないという考え方で、そう言われてみればその通りである。「それに石が詰まって嵌頓しとりましたからね、中に胆汁が詰まって出所がなくて痛みを発生させていたわけですから」なるほど、いいことは一つも無かったわけで、取るしかなかったわけだ。
また今後あの思い出したくもない胆石発作が起きる確率は、ほぼないと言っていいそうだ。ただ完全にゼロではなく、取りきれていなかった石のかけらなりが総胆管に詰まって…とか、そういうことがないわけではない。ただ見た感じではそういう所見はなく、確率もほぼないといっていいということ。これであの発作からは完全解放、である。あと何年生きられるか解らないが、少なくとも胆石発作に怯えることはもうないと思うと、残された人生のQOL的にもいいことに決まっている。
それからナースが来て、入院費を支払う確認書というのにサインさせられる。明日は土曜なので会計が閉まっているから、請求書を送るという。それを持って会計に改めてくればいいんですか、と聞くと銀行振り込みでいいそうだ。トンヅラする奴はいないんだろうかとちょっと余計な心配。
その後は大相撲、朝青龍が琴光喜に転がされるのを見て溜飲を下げ、夕飯はこれまた粥でテンションが下がる。しかし根性で完食。病院というところは規則正しい生活、バランスの取れた低カロリーの食事が上げ膳据え膳で出るし、バイタルも朝夕ちゃんと見てくれ、薬剤の管理も不測の事態への対処も万全だ。言われた通りに生活していれば、ちゃんと健康な体になれるところである。俺の場合は残念ながら、違うが。
夕食後、また痛み止めが切れてきたのか腹が痛み出す。といっても我慢できないほどではないが、明らかに安静にしていても時折びりっと来るので、ロキソニンを貰って飲む。その後7時ころトイレへ行くと、見事な一本グソがにゅるにゅると出る。いや失礼、やはり病院に入ると健康になるというか…。近年まれに見るいい便が出たのでビックリ。


…と最後は尾篭な話でアレだったわけですが、どうにかこうにか明日退院できる運びとなりました。長かったような短かったような今回の手術入院。皆さんからメールなどでも励まし、お見舞いを多数いただき、この場を借りて御礼申し上げます。いつもながら、暖かいお言葉をいただいて、本当に心から感謝しています。コメント欄があれば良かったんですが、まあ世の中には卑怯で愚劣な連中がおりますからご容赦ください。いずれ必ず憑り殺してやります(笑)。
2005年の、あの夏から今年で3年。不思議な流れで生かされているような気がします。この胆嚢摘出手術も、その「流れ」にあると思えば、残された人生を安寧に過ごすためのことであったと納得がいきます。
さあ、明日からリハビリ、ですね。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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