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2008-03-22(Sat)

退院しました

3月22日(土)
夕べは消灯の10時前からすでに少し眠かったので、消灯とほぼ同時に寝てしまった。その後外でバイクの音がうるさいなあと次に目が覚めたのは、朝の6時だった。久々に爆睡。7時までそのままうとうとして、7時半ころまでに洗顔、歯磨き、髭剃り、トイレ、体重・体温測定完了。8時朝食はまた粥であった。ヤケクソで「ごはんですよ」の大瓶を使い切って、デザートのりんご以外を完食した。何がヤケクソか解らないが。
今日は朝のバイタルもなし、土曜だからか、あるいは俺はもう退院するからいいのか。軽く身の回りの荷物をゆっくり片付けておき、あとはテレビを見て過ごす。9時ころナースが来て、入院時に預けていた診察券を返してくれ、退院後の診察予約表、採血の検査票などをくれる。あとは午後に薬が出るから、そうしたらいつでも退院OKということのようだ。するとベッドでごろりとネット見たりしているとナースが来て、一週間分の痛み止めと胃薬をくれた。ということはもう、午後を待たずして退院可能ということだろうか。
今日は外は快晴、明日は天気が崩れるというから退院にはいいタイミングだ。連れに「何かもういつでもいいみたい」とメールすると、「じゃあもう出る」と返事が来る。そうしてテレビを見ていると、あっという間に昼になった。
最後の昼食が来たが、そういえば昼はどうしようか、と連れにメールするが返事がない。電話しても留守電になるので、しょうがないので食うことにする。おかずはカレーだ。ところが何と、ご飯どんぶりのフタをあけたら粥。カレーに粥だよ、イジメ? しょうがなくカレーを口に含んで粥を食うが、まったく何とも味気ない。カレーだけ食ってた方がまだまし。ゆえにカレールーを全部と粥を少々、あとサラダとヨーグルトを食った。もうしばらく粥は見たくないです。
その後は一服した後、荷造りをほぼ完了させ、着替えをしていると、1時前に連れがカートを押してきてくれる。ショッピングカートみたいなやつだが、スーパーなんかにあるのよりも大型の、ホームセンターによくあるタイプのドデカいやつ。着替えを完了させ、履いていたスリッパをビニール袋にしまって完了。カートにキャリーバッグ、ボストンバッグ、紙袋1つを積み、ナースステーションへ行く。
連れがイズミヤでとらやのお菓子詰め合わせを買ってきてくれたので、それをお礼に置いて行こうとナースステーションを覗く。土曜のせいか人が少ないが、俺を麻酔の説明だと一日間違って連れ出したナースがいたので、「お世話になりました」と菓子折を出すと、かたくなに「こういうのは受け取れないんです」と断られてしまう。連れが「じゃあ忘れていったということで」と傍らへ置いてこうとするが、「困るんです、お気持ちだけで本当に」というので、しょうがなくそのまま「じゃあくれぐれも皆さんにもよろしく」と言って出る。お菓子は持って帰っても食いきれないので、談話室に包装をといて、ご自由にお食べください、という感じで置いてきた。
エレベータで1Fへ降りて、ドトールでカフェラテと連れの昼食にサンドイッチをテイクアウトして、タクシー乗り場へ。個人タクシーに荷物を積み、カートを返そうと思ったら別の運ちゃんが「いいよいいよ、返しておくから」と言ってくれたので、そのまま自宅へ帰る。たった十日ちょっと入院している間にすっかり季節は春に変わってしまった。タクシーの窓は開けてあり、気持ちのいい風が入ってくる。いやはや、冬物のジャンパーが何ともミスマッチである。
久々の自宅へ帰ると、耳の聞こえないユキは寝ていたが、気配で目を覚ますと近づいていく俺を見て目を丸くして一旦逃げ、それから恐る恐るという感じで近寄ってきた。たった10日ちょっとで人の顔を忘れるなよ。シマは甘えてきてごろごろ言って腹を出す。可愛い。猫をなでなで愛撫してから、着替えてソファでごろりとする。といっても腹が痛いので、行動はおそるおそる…と言う感じだ。連れはホッとしたのか、その後ぐうぐう寝てしまった。それから午後は吉本新喜劇を見てしまうが、お笑いは危険だ。油断していてベタなギャグで思わず笑ってしまい、「イテテテテ」となる。気をつけないと、と思い週刊アスキーを読みつつチラチラと見ていると、幽霊の格好をしたMr.オクレが登場。「こんにちは」とお辞儀をしたので思わず爆笑、激痛。
病院の腕輪その後、5時ころタクシーで明青さんへ行き、おかみさんと板さんにお見舞いのお礼を言って、盆栽をお返しに渡す。仕込みをしていたお二人は「ええ?もう大丈夫なんですか?」とびっくり。「午前中退院しました」と言うと「よく階段上がられましたねえ」と言っていた。人間の体って凄い。その後どうしたか、それはまあ退院したばかりの日なので、まさか…。
帰りがけ、ブロッコリーと青菜を茹でたのをパックにいただき、明青を出た後向かいのセブンイレブンで買い物をし、時間をあわせて出たので北8のバスに乗って帰宅。手首を見ると、入院時につけられた患者名とバーコードの印字された腕輪がまだついていた。
その後、10時ころには眠くなって、二人とも寝る。

ホンの一週間ほど前に腹をかっさばいたわけだが、もうこうしてゆっくりとだが外を歩いたりしている。あの激烈な胆石発作はもう、二度とない。残りの人生のQOL上、穏やかに暮らせると思うと有難い。それに人間の体のことを病気や入院のたびに考えるにつけ、「生きている」なんて不遜な考えは到底持てない。本当に素晴らしいバランスと仕組みと、絶妙なシステムで人間の体は動いている。何かに作られ、そして生かされている。神というのか仏と呼ぶのか、人種や宗教、地域によって変わるのだろうが、誰が何と言おうと、我々には見えない、大いなるものの存在を感じずにいられない。生きていること、そのことそれ自体が奇跡であり、ありがたいことだと素直に思う。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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