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2008-04-11(Fri)

久しぶりの宴会で痛飲

4月11日(金)
夕べは布団に入ってしばらくするとユキが例によって「夜鳴き」を始めたが、二人とも疲れていたせいかすぐ寝てしまった。ユキは耳が聞こえないので、知能の発達が遅いのだろうか、目からの情報にかなり依存する部分があって、俺たちの姿が視界から消えると途端に不安になるらしい。ニャオンニャオンと、まるで赤ん坊の「夜泣き」のごとく大音声で鳴きながらあちこちを探し歩き、挙句狭苦しいところへ入って、自分の尻尾を追いかけてくるくる廻り、鳴きながら尻尾を噛んだりしている。やりきれない気持ちを現しているのだろうか。
とまあユキの大音声も掃除の疲れには勝てず、俺は朝6時前に目が覚めるまでぐっすり。しかしその後寝ようとしたが寝られず、結局起きてしまった。昨日ずっと降っていた雨は何とかあがってくれ、京都の上空には曇り空が広がっている。昨日は一日じゅう雨だったが気温は思ったより下がらず、俺はこのところずっとスエットの上下だけで布団はかけずに寝ていたから、どうせ使わないと夜はボア毛布を外し、スエットの上も脱いで半袖で寝た。マンションというのは上階になると生活熱が上がってきて篭るのだろうか、部屋の中はかなり気温が高いと思う。薄着でも風邪っぽくもなく寒くもなく、平気だった。夏のことを考えると、今からこんな感じでいいんだろうか。連れは寒がりなので、いまだにボア毛布&羽根布団をしっかり顔までかけて寝ていたが。
その後9時前に連れも起きて来る。しばらくすると、頼んでおいた貸し布団3組、業者が届けに来てくれた。俺はまだ術後一ヶ月も経ってないので腹筋に力を入れるなといわれているから、とりあえず玄関脇の俺たちの寝室に積んでもらった。しかし俺も連れも、どう考えてもこのあと二階まで布団は運べない。Yちゃん一家が来たら、旦那に運んでもらおうということで、そのままにする。昨日宅急便で届いていたYちゃんたちの着替えなどの荷物の箱はそれほどの重さではなかったので、俺が二階へ上げた。
昼はパンで簡単に済ませ、Yちゃんにメールすると、京都着は3時ちょいになるという。メールでタクシーでの来方を伝え、待ってると4時前に直接マンション下からドアフォンで到着を知らされる。連れも久々に孫2人と再会して嬉しそうだ。いったんちょっと部屋で落ちついた後、とりあえず二階に布団を運んでもらう。何せ夜は酔っ払ってるだろうから、階段は危ない。
Yちゃんの二人の娘、MとSはWiiがやりたくてしょうがなかったらしく、早速「Wii Sports」のボウリングで盛り上がっている。そうこうしていると6時過ぎになったので、予約しておいた近所の割烹料理店へぶらぶらと歩きつつ向かう。奥の掘り炬燵式の座敷へ通してもらい、宴会開始。
いつもは夫婦二人で大人しく飲んでるだけなのだが、この日は久々の大人数で飲んで食ってワイワイやった。宴会、である。東京にいた頃は、Yちゃんの旦那が運転して来て、帰りはYちゃんが酔った旦那の代わりに運転したり、あるいはYちゃんと子どもたちだけで車で来たりということも多く、Yちゃんが飲むことはほとんどなかった。この日はもちろん遠慮なくYちゃんもビールを1杯、その後は梅酒ロックを1杯だけ飲んで赤くなっていた。飲んだりして、料理も「おいしいおいしい」と楽しんでくれたようだ。身内の宴会は久々で楽しい。俺もYちゃんの旦那も生ビールをガンガン飲んで、途中からはヒレ酒まで飲んだ。
その後家に戻ってからは、酔っ払っていた俺と旦那はずっと世相や社会問題の話などを延々としていたのを記憶しているが、そのうち俺だけ11時過ぎに眠くなったので先に寝た。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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