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2008-04-17(Thu)

術後一ヶ月検診、異常なし

4月17日(木)
一日じゅう雨だった。この日は連れ合いが12時15分に糖尿の診察日で内科、俺は2時15分から手術後の検診で外科へ…という日。別々に出るのもアレなので、とりあえず連れの時間にあわせて11時半過ぎに支度をして出る。2人なのでタクシーで京大病院まで行き、再来受付械で受付を済ませ、連れが銀行へ行くというので俺は先に採血を済まそうと2階の中央検査部へ向かう。受付をしてすぐ採血室へ。今日は待っている患者はほとんどが老人だった。採血を終えたはいいが、後は俺の方は時間つぶししかない。同じ階の内科へ行くと、連れ合いが待っていたので合流。二人で連れの診察を待つのだが、予約時間を過ぎて12時半になっても呼ばれない。俺は空腹で吐きそうになったので(笑)、「飯食ってくる」と病院下のレストランへ行く。
レストランは混んでいたが、ボックスではなく中央の一人用の長い相席テーブルが空いていたので座れた。和風ハンバーグ定食を食うが、空腹だったせいかけっこううまかった。あ、ハンバーグが小さかったのがちょい不満。あと、ご飯がうまいのにビックリした。大釜で炊いてるんだろうか、こういうところの飯って保温されててアレなことが多いんだけど。そんなこんなで満足して内科の受付・外待合に戻ると、連れがちょうど診察を終えて出てきたところだった。
一緒に下へ降り、向こうは会計の列に並び、俺は大画面で岡本信人が出ているNHKの番宣番組を見る。連れが会計を終え、あとは俺の診察待ちだが、この時点でまだ1時過ぎ。診察時間まで1時間以上あるし、会計とかで結局出る頃には3時ころになるよ、といって先に河原町へ買い物でも行けば…ということにして別れる。俺はそのまま4階の外科の外待合の椅子に行き、後はもうひたすら眠気との戦い。ようやく2時15分になったがいっこうに中待合へ入れとも呼ばれないので、本格的に寝ようかと壁際の椅子に移動して頭をもたせかけたら、中待合へとピッチに言われて移動。
俺の胆嚢切除手術を執刀して下さったO先生の診察室からはご婦人の患者の声が聞こえていたが、10分ほどして出て行った。その次が俺だった。診察室へ入ると先生は「どうですか?」というので「おかげさまで、もうすっかり元気になりました」と言うと「それは良かった」とにこにこされる。「まだちょっと腹筋を使うと痛いときがあるんですが、ずいぶん良くなりました、その節はバタバタと退院になってしまって、ご挨拶もできずにすみませんでした」とお礼を述べる。
その後お腹をエコーで見てもらって、「胆管にも異常はないみたいですね」とのこと。「この傷周辺の感覚がないのは…」というと「結論から言うと、戻りません。神経が走っているところを切ってますから。」とちょっと残念そうに言われる。俺はまあそういうものだと知っての上だったので、「やはり…」と言ってズボンを直すと、先生は「ただ、その感覚がないという状態に慣れてしまうんですよね。他の患者さんでも、手術後1年くらい経って『もう感覚も戻りました』って言う方もいるんですが、実際触って見ると感覚がないままなんです。」とのこと。あとは「今日の採血の結果も特に変化はなく、「問題ありませんから、これで外科としては終了ということになります。この後は(血液内科の)I先生にかかってられますから、もし何かあればすぐこちらへ連絡いただくような形でいいでしょう」とのこと。重ねて御礼を言って、診察室を出る。

胆嚢を取る手術をして一ヶ月余り。もちろん、当然ながら一度もあの「激烈な痛み」を伴う発作は起きていない。デカい石もろとも、俺の胆嚢は摘出されたから、これからも起こることはない。とにかく何の心配もなくご飯が食べられる、普通の人なら当り前のことがこんなに嬉しいことだと実感した。これから何年生きられるのか不明ながら、少なくともその間の大きな不安・苦痛が取り除かれたことは大きい。手術は難しいと言われていたのに、脾臓を傷つけぬよう細心の注意をはらい、執刀していただいたO先生には本当に感謝している。
下へ降りて会計受付へ行くと奇跡的に4.5人しか並んでおらず、ササッと会計受付終了。それから椅子に座って待ってると、5分ほどでピッチが鳴って、2千いくらを自動精算機で払って、病院を出る。外はまだ小雨だった。連れと河原町蛸薬師で合流。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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