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2008-04-21(Mon)

精華大講義日

4月21日(月)
今日は朝から精華大で講義なので、携帯のアラームを目覚しにセットして寝たが、起きたのは目覚しが鳴る前の8時過ぎ。連れ合いもほぼ同時に起きる。この日の予報は22度、かなり暑くなるといことだったが、京都は朝晩は気温が下がるから、朝はそれほどでもない。窓から外を見ると天気はほぼ快晴で、空の青と東山の緑のコントラストが美しい。真正面には遠くに吉田山のこんもりした緑の丘も綺麗だなあ。いやあ本当にいいところへ来たものです。
朝飯は食わず、その前に資料に使うテキストをプリントしたりしていると、10時過ぎになってしまう。講義は10時40分からで、うちからだと駅まで5分、電車で15分、教務まで3分、教室まで5分の合計30分かかかる。連れが「早く行かないと遅刻するよ!」というので慌てて着替えて出るが、茶山の駅へ向かう途中で無情にも13分の電車がホームからガーッと出て行くところが見え、ガックリ。そのまま北大路からタクシーを拾って大学へ行くことにする。片道タクシー使って1500円払ってりゃ赤字だよ…。
何とか間に合ったので、教務でMさんに挨拶すると、講義をする教室が決まったので案内するというのを自分で行けるからと制して、出席簿を確認。ストーリーとプロデュース半々くらいで、最終的には13名が登録したようだ。こないだ来たのはノートテイカーを除くと7名くらいだったので、それでも倍増したか。全員がちゃんと出席するとは思えないし、そういうことはないことも知っているので、まあ10名弱が来ればいい方だろう。それでも一応こないだ来なかった学生の分もと「ガロ」の概念図をコピーしてから、講義をする棟へ向かう。
エレベータで先週も聞きに来たストーリーの男子学生と一緒になり、挨拶される。聞くと彼はまだ1回生で、本当は受講資格はないのだが、俺の講義を自主的に聞きたいという。いいでしょうか、というのでもちろん出席は取れないけどそれでもいいなら歓迎する、と話す。教室はTという棟の5階の南のどん詰まりの教室。30名くらい用の小さな教室だが、それくらいの方が逆にマイクも使わなくて済むし、ちょうどいい。教室へ入るとすでに5・6名の学生がおり、出席を取って講義開始。
「ガロ」創刊までの貸本マンガの話や社会状況の話などを絡めつつ、劇画の誕生などの経緯などをびっちり。途中遅れて来た子もおり、結局10名くらいは来たか。聴覚障害者のN君もノートテイカー2人の女子学生とちゃんと来た。講義の後、ストーリーの1回生の子が絵を見てくれというので見るが、抽象画のようなキャラクタ。個性があるのは認めるが、このままいわゆるメジャーのストーリー漫画を目指すのなら、コレでは厳しいよ、という話をする。その後別の女子学生が「先生に見てもらいたいものがあるんです」というから何かと思ったらかばんから変なぬいぐるみを取り出す。どうやら講談社というタグがあったのでマンガの何かのキャラグッズらしいが、残念ながら俺はそれを知らない。それになぜそんなものを俺に見せようとするのかも意味不明。ちょっと変わった子なんだな、と理解して当たり障りのない対応をしておいた。
教務へ戻って資料を自分のメールボックスへしまい、歩いて駅まで降りて、叡電で元田中まで。めんていで肉カレーうどんを食い、汗だくになる。何せ夏のような日差し、気温は予報が上がって25度になるという。隣の大天龍(パチンコ屋)へ逃げ込むが、冷房はなく入口のドアを開放してあるだけだったのでガックシ。冷たい缶コーヒーを飲み、座ってとりあえず一息。何もしないのも何なので、ハイパー海をまわすと、1000円で単発。続けてると時短中に確変。しかし2回で終了。その後1箱吸い込まれて単発。次が確変だが2回で終了。次も確変だが2回で終了。合計7回出すが、たっぷり4箱で22600円。暑いので食休みさせてもらった上、儲けさせてもらってすいません的な気持ちで3時過ぎに汗を拭き拭き東大路を歩いて帰宅。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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