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2008-06-14(Sat)

「金色(こんじき)のガッシュ!!」雷句誠さんが小学館を提訴

「週刊少年サンデー」(小学館)に07年まで連載されていたマンガ「金色(こんじき)のガッシュ!!」の作者・雷句誠さんが「原画を紛失された」として、小学館を相手取り東京地裁に330万円の損害賠償訴訟を起こしているという、一連の報道。
発端はこの記事だったわけですが・・・

金色のガッシュ!!:作者の雷句誠さんが原画紛失の小学館提訴

 週刊少年サンデーに掲載された人気漫画「金色のガッシュ!!」の作者、雷句(らいく)誠さん(33)が6日、原画を紛失されたとして、発行元の小学館に330万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴した。「原画には美術的な価値がある」と訴えている。
 作品は01年から約7年間、同誌に連載された。2200万部超(32巻)の単行本を販売し、テレビアニメや映画にもなった。
 訴えによると、雷句さんは小学館側に原画を貸していたが、連載終了後、カラー原画など5枚が紛失していることが分かった。小学館側は原稿料(1枚あたり1万7000円)の3倍の賠償額を提示したが、雷句さん側が客観的な価値を探るために同様の作品をオークションに出したところ、平均25万円で売買されたという。
 会見した雷句さんは「私が小学館側の金額で判を押せば、自分より若い漫画家が何も言えなくなる」と話した。漫画に「美術品」としての財産価値を求めた裁判は例がないが、代理人は「美術館に展示されるなど、美術品としての扱いが一般的だ」と指摘した。
 小学館は「訴状が届き次第きちんと対応させていただきます」とのコメントを出した。

2008年6月6日 毎日新聞 毎日jpより


6月13日のやはり毎日jp<少年サンデー>「ガッシュ」問題で読者に“謝罪” 作者とは「今後は法廷で」と全面的に争う姿勢(毎日新聞) - Yahooニュースによると、「サンデー」編集部は読者に「ご心配をおかけして申し訳ございません」としつつも、雷句さんの訴えについては「事実とは考えておりません。今後は、法廷で当方の考えを明らかにしてゆくつもりでおります」と全面否定。つまりは今後裁判で真っ向から争うという姿勢を示したということだ。

小学館といえばもちろん、「サンデー」ブランドのマンガに限らず超大手の老舗版元である、今さら説明の必要さえない大会社だ。数多の名作を世に送り出してきた(数多の駄作も送り出してはいるが)、とにかく圧倒的にドがつくメジャーな版元だ。

週刊文春(6/19号)には雷句さんの「独占インタビュー」として「コミック編集者は人気漫画家をこうツブす!」と題した記事が掲載されている。そこには信じられないような編集者たちの悪口雑言、非礼、厚顔無恥な態度が列挙されていて唖然とさせられる。詳しくはまあ記事を読んでもらえれば解るのだけど、大手の編集にはこのような例に挙げられるような、「編集として」以前に「人間として」資質に問題のあるような人間がしばしば見られることは俺も以前から指摘してきた。
(「俺がこの作品を描かせた」「俺がコイツを育てた」とか、縁の下の力持ちであるはずの編集がこういうことを大声で言うようなら、ソイツはまあ「この種の」人間である。漫画業界に限らないけどね)

さて。
先日、行きつけの割烹料理店の女将さんに「編集、というのはどういうお仕事なんですか?」と聞かれた。確かに、編集という仕事を業界外の人に一言で説明するのは難しい。何とか「編集というのは雑誌や単行本の企画を立てて、その具体的な内容を作家さん…それは漫画家でも小説家でも写真家でも、そういう人たちに依頼して、締め切りまでに原稿や作品をもらったり、その後はそれを本に掲載するために色んな作業をするような仕事ですね」と説明した。何だかヘタクソな説明だと自分でも思った。
最近でさえ「サルまん」「編集王」などといった「内側もの」がマンガの主題そのものになるということが珍しくなくなって、編集者という職業への理解は確かに以前よりは高まったと言えるだろう。
しかし、それはあくまでも
「大手」「ドメジャー」の、サラリーマン編集者の方たちの話がほとんどで、しかもマンガ編集というさらに特殊な部分にたまたまスポットが当たっただけ。相変わらず一般の人の「編集者」像は「なんとなく本をつくってる人」「原稿催促とかしてる人」だろう。

もう二十年ほど前になるが、祖父が亡くなった時、実家のある函館へ帰省して一連の法事に参列していた。祖父は年齢的にはまあ大往生と言える年であったのと、高校あたりから正月くらいしか会わずにいたので、「ご苦労様でした」という淡々とした気持ちで参列していた。
読経が終わりお坊さんが帰ると、まあ親族で宴会になるわけだが、祖父の弟(これがまた双子のようにそっくりで「サザエさん」の波平のようなルックス)と飲んでいたら突然「ところでお前は東京で何をやってるんだ?」と聞かれた。
「出版社に勤めてる」「出版社で何やってんだ?」「編集をやってるよ」「編集って何だ、本作ることか?」「まあ、そうだね」「何の本作ってんだ?」「…マンガだけど」「マンガか、マンガっつうと『ドラえもん』か」 俺「苦笑」
…まあ田舎へ行くと、出版や編集なんて職業はこんな理解だと思う。しかも20年前だ。

じゃあ「編集者」って、何をする人で、どうあるべきなのか?

これまた前に書いたことがあるが、俺の連れ合い=やまだ紫も、偶然その後に来てくれたマンガ編集者のY氏も、ジャナ専の俺のクラスにゲストとして来ていただいた際「良い編集者とはどういう人か」との問いに二人とも
「それは、いい人のことです」と答えてくれた
ことを思い出す。

編集者って、書籍なら次の単行本はどんな本を作ろうか、雑誌ならルーティン以外の特集なり記事なりをどんなものにしようか、ようするに「企画力」が大きなウェイトを占める仕事でもある。
それを会議なりで詰めて煮詰めて、作家も含めた外部の色々な人たちへ依頼をし、それを束ね、一冊の本あるいは一つの記事なりへ収斂させていく作業が求められる。なので、「たくさんの人と関わっていかねば成立しない仕事」でもある。
つまり企画という頭の中にあるモノを現実に具現化していく際に、作家さんやデザイナさんなど、媒体によってはもっとたくさんの人の協力を得なければならない。だから企画力だけではなくそういった人たちへの人脈、アンテナなども必要だし、それらの人たちを束ねるスケジュールや進行の「管理能力」も重要なのだ。

けっこう、大変な仕事だ。

会社がでかくて専門部署がたくさんあり、分業体制が出来上がっている大手版元の場合、青焼きが折れなかったり、四色分版の色校正が見れなかったりする人が増えたそうだ。(実際大手版元の人に聞いた)
それはもう時代だからいいのかも知れないが、大手の場合は昔から写植貼りも専門の部署があるし…というか、そもそも「編集」実務のほとんどを大手編集プロダクションへ丸投げしている場合も多い。
大手版元を退職した人が独立して編集プロダクションを興したりすることは珍しくない。その編プロ業界も、大手と組んでいるところはもう「大手」であり編集実務のプロ集団だ。
ただ俺が言っている「本作りの最初から最後まで」つまり脳内にある企画から、書店の店頭に並ぶまで、もっと言えば返品を断裁するまで全てに精通している人は、「大手」にはいないだろう。
だいたいが中小零細の版元の編集者なんか、「編集」以外の仕事の方が実は多かったりする。
俺もほんとうに、いろいろな人に頭を下げたり下げられたりして、みんなで協力して一つのものを作る、という気持ちでやっていた。その人たちに「いい人であろう、と思わなければ、いいモノは作れない」とも思っていた。小さい上に信じられないほど貧乏な版元だったので、何でもやらなきゃならなかったし、何でもやる分、関わる人たちの幅も物凄く広かった。断言できるが、間違いなく「業界一」だったと自慢できる。(その上フリーになると金の計算までやるようになったし、もちろん営業までやるのは当然)
つまり「本作り」と一言で言うが、編集は、その全てに精通している必要がある。
いや、そうであって欲しいし、そうあろうと思って俺は生きてきた。自慢じゃないが自慢だけど、俺の場合はフリーになってからも大手広告代理店でのうんざりするような企画会議の連続も、決定権を持つ大会社の役員が並ぶ場所でのプレゼンも、現場でも小さなものも含めて何度も何度も経験しているし、元々の貧乏版元(笑)時代には雑誌の返品の積み下ろしから断裁、倉庫での搬出入作業、書店や取次への品出しや改装、果てはネクタイを締めて営業にも飛び回った。
もっと言えば、原稿に写植を指定し写植やノンブルを貼りそれを製版へ一度出したものをネガフィルムで引き上げ、自分らでオペーク(修正)をし、上がった青焼きを折り、貼り合せ、切って校正までやった。毎月毎月、肉体労働に加えて月刊誌の編集をやりながら、担当の書籍を受け持てばその上で書籍もやっていた。

要するに俺たち「ガロ」の編集は、たぶん、当時編集者としては日本で一番忙しく、肉体労働をしていた。そしておそらく社員編集者としては日本一薄給であった。

こういった地を這うような仕事以外に、編集にはもう一つ大きな仕事がある。
それは「新しい才能の発掘」だ。持ち込みの作品を見て指導をしたり、投稿作品を見たり、他社・他誌の作品や作家に目を光らせていたり…、要するに、編集者って自分の職場で受け持った仕事をしていればそれでいい、なんてのは一部のごく大手のエリート編集者だけなんですよ。(エリート、と言ったがそれは「編集者として優れている」という意味ではもちろん、ない。待遇がそうであるという意味)
で、その一部の大手版元には、俺のように「マンガが好きで好きでしょうがなくて、漫画家になりたかったけど叶わず挫折したけど、それでもマンガのお傍に置いてくださいね」なんて熱意と情熱なんか持ち合わせない人たちだってけっこう多いと聞いている。

あるベテラン編集者(大手の、編集長クラスの人だ)から聞いた話だが、一流四大の新卒を採用する、その後編集部志望でもなかったのが会社の都合で編集へ行かされる。にわか編集者の出来上がりだ。
むろんそこから猛勉強し、やり甲斐を見出し、立派な編集になっていく人も、そりゃあいるだろう。
でも…。

先の雷句さんのインタビュー記事を読むと、「こいつらは編集者ですらない、ただのダメ人間だな」と思う。そんな人間がのさばる雑誌って、編集部って。それでいいんだろうか? どんな編集も、アタマの中で何を考えたって、作家さんが作品を作ってくれなければ手も足も出せない。だから常々、年齢やキャリアなんか関係なく、我々編集者は「作家」には一定のリスペクトを持って接するようにしている。

つい先日、大学の講義で3回生たちに伝えたことは
「マンガの原稿は、その作家でも二度と同じものは再現できない、世界に一つしかない一点ものの絵画と同じ」
ということだった。この事件のことを知る前のことで、だいたい俺は「ガロ」時代からずっとそう思ってきたし、専門学校でもそのように教えてきた。(マンガは複製の文化なのだから原画に価値はない、という阿呆な意見をどこかで見たことがあるが、狂っているとしか思えない)
今回のようなこと=発端となった原稿紛失は、漫画家を「作家」ではなく単なる「絵描き」であると、原稿を「作品」ではなく「商品」であると重大な認識違いをしているから起きるのではないだろうか?
確かに、業界では通例として原稿紛失の際は「3倍返し」というのが存在することも事実ではある。(俺の連れ合いであるやまだ紫先生も、某大手版元で原画を紛失された時の「解決方法」がそれだった)
しかしかって手塚治虫先生が原稿を紛失された際に、謝罪にきた版元の人間が金で解決しようとしたことに激怒したのは有名な話。要するに金で解決できる問題ではハナからないのだ。
じゃあ何の問題だといわれれば、それは普段から作家と編集者の人間関係や信頼関係がちゃんと構築されていれば、ことは大事にならなかった、ということだろうと思う。なぜなら、作家にとって「子供」「分身」とも言える作品の原画は、いくら金を積まれても、二度と同じものは作れないからである。
(単行本化されてしまった=複製が出来てしまった原画に興味はない、という作家さんもたくさんおられることは知っている。でもそれは、あくまで作家さんが決めることだ)

常々ここでも書いてきたことが、何だかとっても虚しくなってしまう昨今である。
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コメント

お久しぶりです!

こんにちは、コメントありがとうございます。
完全寛解から2年、再発なし…というのは素晴らしいですね。免疫力の低下はいたしかたないですが、何より、辛い治療を乗り越えられたからこその今でしょうから、くれぐれもお大事になさってください。
自分はといえば、今のところWBCは1000~1200程度の低水準で推移していて、医師によっては生モノ一切ダメ、外出も人ごみは避けること! という人もいるようなレベルです。
まあでも経験上、風邪の季節になったら用心するし、今でもうがいや手洗いは割りと習慣的にやってますんで、実は白血病が判明してから、風邪をひいたことは2,3回あるかないかという程度です。
とにかく、これも経験上、「ストレス」が一番怖いと思います。ストレスに日々さらされて暮らし続けることが、体にとって一番ダメージだということがつくづくわかりました。解った時には遅かったんですが、sakuraさんは完全寛解なさったんですから、あとは多少からだに残っているヤツが張り切らないように、ストレスをなるべく溜めないようにしてくださいね。
sakuraさんを励みに、気負わず、頑張っていきます!

お変わりなく よかったです。

以前 かきこ したことがあるかと思います。
私も前リンパ性白血病です。
完全寛解になって 2年あまり、今のところ再発もなく元気に
シゴトもして 暮らしてます。が・・やはり リンパ球がまだまだ
働いていないようで、毎月のように ヘルペスになっちゃいます。 その薬代が高いのが難ですが・・・もう あ。ヘルペスになりそう ってわかるのでw 大事にはいたっていません。
  たぶん まだ体にいるので 弱らないようにしています。
久しぶりに 訪問してよかったです。 けっこう ドキドキしながら 訪問していました♪
 気負わず、乗り越えていきましょーね♪
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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