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2008-07-27(Sun)

さんま&しのぶに思う

そろそろ寝ようかと思いつつテレビをザッピングしていたら、関西テレビ(フジテレビ系)の20何時間テレビだかで、鶴瓶と大竹しのぶが出ていた。そこへかつての大竹の夫・さんまが突然乱入。大竹しのぶは帰る、というそぶりを見せつつ、その後コーナー終了・セットチェンジしてSMAP中居とさんまのコーナーへも参加していた。これほど長くしのぶ&さんまのツーショットが放映されたのは離婚後もちろん初めてだろうな、と思いつつ見る。
別段芸能人のゴシップなんかどうでもいいことながら、この二人の離婚からもう15年と聞いてびっくり。そういやオレもすっかり43歳のオッサンだしなあ。そうして画面に大写しになるさんまの顔を眺めていると、疲れているのか、これまた50歳を過ぎたオッサンのせいか、かなり老け込んで見える。そしてこの二人はおそらくドラマ競演=演技での恋仲=現実の恋と「錯覚」=結婚、というパターンだったと思うのだけど、今でもチラチラと未練のようなものを見せるさんまに対し、当たり前ながらもはやそんなもののかけらさえ持ち合わせていないしのぶとの対比が面白い。

男というのは間抜けなもので、よく言われるように別れた後もその女のことを好意を持ってずっと思えるもの、らしい(概ねそうである、ということで自分にはそういう経験がないのでよく解らない)。女の側は別れた後はよほど綺麗な別れでない限り、もう視線を合わせるのさえ、同じ空気を吸うのさえ不愉快なほどの嫌悪感を持つ、らしい。そもそもが「恋愛」という「夢」あるいは「熱病」に冒されて男女は結婚(とか同居)という選択をするものだと思うが、全くの赤の他人がその後の人生をずっと同じ屋根の下で諍いなく過ごすということは奇跡に近い。ましてや「熱愛」から醒めた後の、何でもない日常の積み重ねの方が実は果てしなく長い。
昨今は若い人が簡単にリビドーの赴くままに同棲したり結婚したりと、簡単にくっついては簡単に別れるパターンも多いようだ。そのことの是非はどうでもよく、時代の変化によって規範意識や価値観も変化していくものだから、そもそもが是非などを論じること自体もナンセンスなのだろう。昔誰かから聞いたのだが、男女がつきあい始めていわゆる「ラブラブ」状態を経て同棲をした、するとそれまで気がつかなかった相手の欠点が続々と見えてきて困った…という話がある。たとえば見た目でつきあい始めたのはいいが、だんだんと深い会話をするようになったり、価値観や哲学の相違がぶつかるような状況が増えてくると、とてもとても妥協など出来ない違和感の大きさに驚いて結局別れたとか、そういう話は山ほど聞いたものだ。
極端な話、デートの時期には感じなかったのに、一緒に暮らして三度三度一緒に飯を食うようになったら、相手の飯の食い方、咀嚼の音だの箸の持ち方(というか持てなさ加減)に毎度腹が立つとか(笑)、まあそういう類の話である。そういった小さなものは我慢の範囲という人でも、突っ込んだ会話をするようになったらモノを知らない、薄っぺらい、要するにバカであることが判明したとか、まあ気がついて嫌いになったらもうミもフタもないらしい。そういえば相手の蕎麦の食い方が気に入らなくて結婚寸前で別れた…という話がついこないだありましたな(笑)。

プラトニックだった純愛の時期を越してリビドーの季節が来る、そしてそうした蜜月=熱病の時期を過ぎて訪れる長い長い日常を積み重ねていくうちに、男女の愛は性欲を超越したものに昇華する…というのは妄想だろうか。少なくとも自分はそう思ってきたが。それにしても「 しんきらり」(byやまだ紫)の「夢からさめて どうしましょうね わたしたち」という言葉の重み、それを描いた作品の深さに今さらながら、感服する…と共にゾクリともするのでありました。
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コメント

ご無沙汰です

いつもどうも。暑いっすね!

名作を品切れで放置、片方でオイオイそれは再版ですか、的なことってあちこちで見受けられますな(笑)。
つまりはそれがその出版社の「見識」とか「センス」とか、まあ実力ってことなんでしょう。
だから、そういった名作をキッチリ次代へ継承する、
ということを目標に地道に活動する版元ってないもんでしょうか。応援するのになあ、と思いますが。

おひさしぶりです。

ご無沙汰してました。
「しんきらり」はまさしくそうですね、本当に言葉
も重く、日常を描きつつも示唆に富んだ深い内容に
このトシになって今さらドキッとすることが本当に
多いと実感しています(汗
そして常々白取さんがお怒りのように、このような
名作を品切れ状態で放置しておける、筑摩書房の編
集の不見識というか、マヌケぶりに腹が立ちます。
後生に伝えていくべき作品を、ちゃんと選定できな
いような眼力の無さと、刹那的な出版姿勢しか持ち
あわせてないんなら、やめちまえ!とさえ思います
よ。

京都の夏はそれはそれは暑いということですが、
体調など崩されませんように。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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