--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008-08-16(Sat)

五山・送り火

8月16日(土)
南のベランダから見た「大」今日は夏の京都の一大ページェント「五山送り火」である。去年は住まいの契約はお盆前だったものの、リフォームやらがあって賃貸契約の発効日は送り火の後となり、引っ越し自体も9月に入ってからだった。なのでうちの二階=メゾネット(つまり北側)のベランダから「妙法」の「法」の字が真っ正面という立地だったのに、いつもその「法」をうらめしく見つめてはや一年。この送り火をわが家から見られるなんて、京都市民ならではである。
ちなみによく「大文字焼き」と言う人もいるが、京都の人でそう言う人は一人もいなかった。皆さん「送り火」と言われるのだが、よく考えれば送り火は「大」の一文字だけではないし、大文字といっても東山の他に左大文字つまり西側にもある。これらはだんだんに増えていったそうだが、「大文字焼き」と言っただけではそのうちの一つしか指さないわけだから、皆さんちゃんと「送り火」あるいは「五山送り火」と言われるわけだ。
夕方になると、近くの割烹の子供たちが二人で頼んでおいたお膳を届けに来てくれた。料理の膳に簡単なお寿司がついたものを二人前。今日は特別だからね、と5時過ぎから俺は凍らせておいたグラスにビールを注いで飲み、連れ合いはとっておきの静岡の酒「花の舞」をあけ、飲みながら8字点火の送り火を待つ。
8時近くになってまず南側のベランダへ出てみると、ちょうど点火が始まったところだった。うっすらと「大」の文字が浮かび上がっていくのを「おおー!」とか言いつつ二人で見つめる。この火をうつした水を飲むと、一年間無病息災と言われている、ありがたい火だ。さっそくグラスに水を注ぎ、だんだんにくっきりとしてくる「大文字」を水に映して飲むことにする。これがまた冷えた水を使ったのでコップが暑い外気で曇ってしまい、拭き拭きしつつ願いを込めて飲み干した。
炎が強く明るくなっていく「大文字」をしばらく見つめた後、ビールやグラスやらを持って今度は二階へ上がり、北向きのベランダへ移動する。隣の角部屋のお宅のベランダにはそちらのご夫婦と、子供さんが5〜6人いてキャッキャと騒いでいる。旦那さんがベランダのこちら側に立っていたので、「雨降らなくて良かったですねえ」と世間話を交わす。
北側のベランダから見た「妙法」この北側のベランダ側から東山を見ると、何と二階からでもちゃんと「大」がはっきり見えた。次いでいよいよ真正面に「妙」「法」が順次点火されると、やはり近い。写真では解りにくいと思うが、とにかく夜の火なので、近いことに驚きつつ感動。しかしどうにもお隣の喧噪がうるさく、しかも一人がなぜかピューピューと常に口笛でアニメか何かの曲をずーーーっと吹いている。送り火というのはお盆に帰ってきたご先祖様の霊をお送りする神聖なものなんだよ。それをまあ子供だから騒いでイベントとして楽しむのはまだいいとして、BGMに何か知らんが一秒も休まずにずっとヘタな口笛を流されているのは耐え難い苦痛である。向こうが注意をしないので、本人は得意になって吹き続けている。どうやら中学生の男の子らしいので、絶えきれずこちらのベランダから首を出して「あのさあ、口笛だけやめてくれないか?」と言うと、すぐに「あっ、はーい」と言ってやめた。
ようやく耳障りなBGMが消えたので、送り火を改めて堪能。それにしてもうちからは五山のうち「大」「妙・法」「舟形」までがはっきりと見え、さらによくよく左手つまり西側を見ると、遠くに「左大文字」まで見えたのには驚いた。もちろん左大文字は扁平で形がはっきり大の文字には見えず、かなり横から見ているために火というか明かりがあるだけに見える。あとは残す「鳥居」だがこれは絶対に位置的に無理だし、そもそも五つ全てを完璧に見られるポイントはないというから、完全に3つ、不完全ながら4つまで見えるなんて最高の場所である。
北側のベランダから見た「舟形」
それにしても途中までの口笛の不愉快だったこと。ご近所と波風を立てたくないので我慢して放置していたが、前半の口笛をもっと早く注意しておけば良かった。先祖の霊に対する厳粛な気持ちを中学生くらいの子供が知るべくもないだろうし、他者がそういう思いでいるという事に対する「配慮」とて、望むべくもないことなのは承知している。しかし周りにいる大人がそれを教えるのが、むしろこういう機会なのであり、そういう機会や場所がすごく多いのが、「京都」なのではないか。
せっかくの京都なので静かに寺社を楽しもうと出かけるたびに、修学旅行の中高生の狼藉と喧噪に嫌な気持ちにさせられる。いちいち注意しようものなら冗談抜きで殺される時代だから、もちろん我々は眉をひそめるだけにしている。かって自分もそうだったが、「見たくもないのに見せられる」「来たくもない場所に連れて来られる」だけの子らの心には何も残らない。あの子たちの頭の中にあるのは早く土産物を見たいとか、好きな誰某と隣になりたいとかコクっただのコクられただの、そういう即物的なことだけである。京都へは、京都を楽しみたいと思う「大人」が静かに楽しみに来て欲しいなあ…と、まあこれは修学旅行客が大きな収入になっている神社仏閣にすればアレかも知れないけど。

さて二階のベランダにはリクライニングチェア…というには安っぽいパイプ椅子を二つ出して、「妙・法」が消えかかるくらいまで堪能した。今日は日中に雨が降ったせいか、この時間になってもさほど気温が高くならず、蒸し暑くもない程良い感じである。もし東京だったら、ベランダなんかに10分居ただけで滝の汗だろう、いやそもそも比較対象にならんのだが。
そうしてありがたい気持ちとビールでいい心持ちになって下へ戻り、京都テレビでやっている送り火生中継を見る。すると、番組の終わりになぜか越前屋俵太が榊莫山風のいでたちで、巨大な書をしたためるというのをやっていた。なぜ、俵太が…? これがギャグなのだとすれば送り火中継にはふさわしくないし、そもそもギャグをやる意味も不明。見ているとなぜか番組は冗談半分なのか本当に彼を「アーティスト」であるかのように扱い、その書き殴った書というか「作品」も、描き上げた後に宙につり下げられて浮くなどの演出で、つまりは「まっとうに扱っていた」ということに驚愕した。京都テレビ、恐るべし。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。