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2009-04-27(Mon)

連れ合いが倒れた 3

何もしていないとどうにかなりそうで、5時ころこの詳細をブログにアップした。
実は公開することを迷っていたが、心配してくださる人がたくさんいるので、出来るだけ詳しく報告し、知ってもらいたい。

その途中、お姉さんから「明日ばーちゃん(Mの母親)と行くので病棟と部屋番号教えてください」とメールがあり、もう病室ではなくICUだと伝える。
夕方、5時半になっても何も食べる気にもならない。しかし目眩止めは飲まないといけないので、二人で昨日夕食後に散歩がてら買い物してきたコーヒー牛乳で薬を流し込む。

5時半過ぎ、高木町の「明青」のおかあさんから携帯に電話が入った。
「どうしたの?何で!?」と言われ、「夕べ…」と言ったら
「それはパソコンで見たよ〜、何であんないい人が、真面目に生きてきただけやないのー!」と号泣される。
夫婦での晩酌が唯一の贅沢といってもいいMが一番のお気に入りだった、下鴨高木町の「明青」さん。
俺たちは多いときは週に二度、日曜は必ず伺った。俺たちは板さんの真ん前のカウンタが「指定席」で、電話をしなくても席をちゃんと取っていただいていた。突き出しから全ての料理が何もかも一流の味で、本当にいつも良くしていただいた。そのおかあさんに泣かれると、俺も思わず涙が出て来た。
「いっぱい泣いてね、溜めないで泣いたらいいよ、だってこんなに辛いことないやないの!」と言われ、本当にそうだと思い、思わず俺も「何であんな、真面目で何の贅沢もしなかった人が、昨日も明青さんへ行くのを楽しみにしてたのに」と泣いてしまう。
大丈夫です、俺は溜めるどころか、今日は泣いてばかりだ。こんなにメソメソしていいのかと思うが、それでいいと言ってもらえると助かる。

ソファに転がって寝ようと試みるが寝られない。ブログには常連さんからコメントが入っていたので、お礼のコメントを加えた。
7時ころ、Mのお姉さんから携帯に電話が入った。箱根の結婚式からたった今戻ったばかりという。「行けなくて御免ね」と言いながら涙声になるので、こちらも思わず、またもらい泣きをしてしまう。涙というのは枯れるということはないんだろうか、とにかく他の人とMのことを話すと、涙が止まらない。

さらに、「不思議なことがあった」という。

お姉さんからの電話で聞いたのだが、夕べ、Mのお母さんとお姉さんが同室で寝ていた時、12時ころ突然お母さんが「薬、薬」と言い出したそうだ。Mのお母さんはお年なので、通常夜は8時過ぎにはいつも寝てしまい、起きることはまずないという。
この日は日中祝宴(お姉さんの次男の結婚式)だったのでそれより眠るのが遅かったとはいえ、突然「薬」とうわごとのように言い出したので何だろうとお姉さんは驚いたそうだ。しばらくすると息が荒くなって、大丈夫かと思っていたらイビキをかいて寝始めたので、安心して寝たという…。
Mが俺を「薬、薬」と言って起こしたのは2時すぎだった。その前に、お母さんのところへ行ったのだろうか。まだ魂は肉体にあるはずだが、一瞬抜け出して、千里を駆けて母の元へ飛んだのか。
せっかくの祝宴だったが、お母さんもMのことを考えてはずっと泣いていたという。
「きっともうしょうがなかったんだよ、白取さんもちゃんと休んでね」と言われ、二人で鼻をすすりながら電話を切る。


皆さん、口々に「いい人だったのに」「優しい人」「真面目で誠実な人」と言って下さるが、その通りだ、あの人は本当に素晴らしい人だった、そう思えば思うほど悲しみが増幅される。

作家・やまだ紫としては、言葉を練りに練り、研ぎ澄ませてから掲載させる人だった。漫画家ではあるが、昔からエッセイや詩は高く評価されていて、東京で一度病気で倒れる前は短歌の雑誌に異例の詩画を連載していたほどだった。
パソコンはからっきしダメで、もう軽くパソコン歴は10年を超えるというのに、今もってほとんどブラインドタッチは出来ず、誤変換や脱字も多かった。原稿なら推敲に推敲を重ねる人なのに、メールへの返信などは急がなきゃ、というのでひらがなが多かったり、変な文章になったりしていた。
俺は「メールは送っちゃったら終わりだから、送る前にじゅうぶん確認した方がいいよ」と言っていたけど、相手が急いでるからといってそのまま送っていた。
漫画や絵画、文章などの作品をつくる際は厳しい推敲が入るのに、その落差がおかしく、子供みたいな文章のメールやブログ記事がたびたびあった。それでも、大学の勤務はグループソフトやメール、ネットなどパソコンでのやりとりが多いので、本当に苦労していたようだった。
俺が直してあげられるものは直したが、学生への緊急連絡や会議の出欠などはいつもササッと出していたが、それは「やまだ紫」の本意ではなかったと思う。
じっくり考え、相手の気持ちや論旨を反芻し、回答に時間をかけることの出来ない場合は、ストレスが溜まったと思う。「ひどい態度をされたけど、その場ではうまくその人にそのことを伝えられなかった」と、うちへ帰ってきては悩んでいたこともあった。
そういう、じっくり考える、思慮深い、相手のことを常に考える、そんな優しく鋭い感性を持った人だったから、やまだ紫としての作品は大多数には受けないかも知れないけれど、いつだって珠玉の光を保っていられるのだと思う。

だがそういう性格が日常ストレスになってもいただろう、それに元々ヤブ医者の誤診で膵炎を胃炎と言われて手遅れとなった結果の1型糖尿病を患ってからもう、長い。その間に膵臓から腎臓、肝臓、玉突きであちこちの臓器が悲鳴をあげ、血管もボロボロになっていたのか。
その脳内の時限爆弾が、ゆうべ炸裂したのか。
もしストレスがなければ救えただろうか。もっと早く気付いていれば。いや京都へ来てから眼底や血管の精密検査を受けていなかった、もしせめて一年に一度やっていれば。合併症が怖いから、早く入院して全部検査してもらった方がいいよ、それが安心につながるんだし、と話すと、「講義に穴をあけるわけにはいかないから、今年の夏休みに行く」と言って、8月に検査入院の予約もとっていたところだった…。

そういえばつい三日ほど前、京大病院から「入院予約されてますよね、なかなか空かないんですが、明日空くので入られます?」と電話があった。
Mはもちろん、「8月とお伝えしていたはずなんですが」と言うと先方の勘違いで、電話を切ったあと、「そんな明日ってわけにいかないよねえ」と笑っていた…それが最後のチャンスだったのか? 
とにかく、俺が救えたのではないかという自責の念がわき起こり、辛い。

7時半、外はもうすっかり街明かりが瞬く時間だ。夕べの2時過ぎから寝てない食べてない、疲れ切っているはずだが俺の頭は冴えるばかりだ。いけない、せめて横になろう。そう思い眠れない時にと処方されていたレンドルミンを2錠のみ、二階へ上がる。
二人で夕べまで枕を並べ、間にシマが丸くなったり、足下にユキがきたりで、必ず「4人」で寝ていたベッドが2つ。でも片方にいつも居た人はいない。失禁痕のある汗取りシーツを敷き布団からはがし、ベランダに干す。汗取りシーツは洗濯。マットレスは…今はいいや、Mが使っていたボア毛布を畳んで俺の横に並べて敷き、枕もちゃんとMが寝ていた位置に据える。横になると、目をつむって開けたらいつものようにMが寝ていないかな。今までのは夢だったとか…ないかな。そんなことを考えつつ豆電球にして休もうとするが、全く寝られない。

一階ではユキが、「ママの姿が見えない」といって狂ったように鳴いては探し、見つからないと箱の上へ上って自分のしっぽをくわえてはクルクル回るのを繰り返している。当のユキ自身は耳が聞こえないので、もの凄い大音声だ。
下に降りて「俺はいるぞ」と声をかけると気配で「ハッ」とこちらを見て、慌てて吹っ飛んで箱の上から降りてきた。
いつも、俺たちが外出したあとはすぐクルクル行動に出ているのだが(帰ってくるとしっぽがびちょびちょになっている)、どうやら俺らの姿が見えないのが寂しいとか不安だとかそういうことらしい。「ママは? どこ? 帰ってくるの?」そう叫びながらやりきれない気持ちでクルクル回っているのだろう。降りていって俺が姿を見せるとホッとして箱から降りてくる。8時を過ぎたのにまだ寝られない。

10時、枕元の携帯で起こされた。
明青のおかあさんからで、「何か食べた?食べてないんでしょう、おにぎり作ったから、これから持ってくし」と言ってくれ、タクシーに乗って5,6分で来てくれた。紙袋には俺が好きで去年の胆嚢切除手術の際もお見舞いに持って来てくれたポテトサラダと、おにぎり、おかずも入っていた。
玄関先で、Mのお姉さんが作ったアクセサリで、明青のおかあさんとおそろいのおかめさんのプローチの色違いを2つ、「これもらってやって下さい」と言って渡す。このアクセサリはMもたまにつけていて、明青のおかあさんに一つ差し上げたところ、一番上に飾ってある大きなおかめさんの座像、おかめさん似(?)のおかあさんとブローチで「3人姉妹やん」と言っていたもの。その後おかあさんはトレードマークとしていつも割烹着につけていて下さっていた。
「つらいなあ、可愛そうになあ。ちゃんと食べて、ほんでビール飲んで今日は寝て!」といって、缶ビールまで持って来てくれた。本当にありがたかった。「お別れもちゃんと言いたいし、何かあったら教えて」と言って帰られたあと、Mの写真に「ほら、明青さん来てくれたよ。おにぎりおいしそうだから一緒に食べよう」と言って一つだけ、「おいしいなあ」と言って食べた。
写真の中のMはやさしく微笑むだけだが、「また一緒に明青さんのカウンタでおいしい料理食べて、一杯やりたかったなあ」と話しかける。
ようやく今日初めて、おにぎりが一つ食べられた。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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