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2009-04-27(Mon)

連れ合いが倒れた 5

この間、実は何度も作家「やまだ紫」への仕事の依頼は入っていた。

しかしとてもじゃないが仕事を続けられる状態ではなく(何より長時間椅子などに座り、腹筋で体を支えていられない)、やむなくお断りをするばかりで、そのうち、そういった依頼も途絶えるようになった。

2004年に刊行された「愛のかたち」(PHP研究所)が最後の単行本となったのだが、収録された漫画作品は2000年前後の「ガロ」末期のもので、エッセイは全て手書きで調子のいい時に彼女が書き下ろしたものを、俺がテキスト化して入稿した。

この作品集は本当に、俺たちにとって宝物のような本になった。
彼女のあの凛とした美しい「線」は極限まで研ぎ澄まされており、今見ても本当に素晴らしい作品群である。
またマンガ作品と交互に掲載されたエッセイも、あのすさまじい地獄の日々の合間に、本当につかの間に見せた彼女の作家としての矜恃が保たれていると思う。
彼女はこの作品で、初めて「私はマンガでフィクションを、文章で真実を書いた」と前書きではっきり述べている。昔から彼女はそうしてきたのに、敢えて述べたのは、作家・やまだ紫を単に「自分マンガ」とか「私小説マンガ」と断じるバカ共に、痛烈な一撃をくらわせたのだと思う。
この本は編集者の山本ふみこさんや、PHPの担当であった見目勝美さんらが、Mの病状、体調を考えて気長に、辛抱強く対応してくださった。出来上がった後に設けていただいた打ち上げの席では、病み上がりのMもほんとうに嬉しそうだった。

しかし、残念ながらこうした本は、売れない。

「マンガ」といえばもっと世の中にセンセーショナルにアピールするとか、ドラマ化を前提にあざとく商売を見据えるとか、はっきり言えば「市場原理主義」の歯車としてやっていけなければ、「商業的」にはやがて消えていく運命にある。
だがしかし、商業的なセールスと、作品のほんとうの質、輝きとは別なもののはずだ。それが一致すればそれは素晴らしいことだし、そういうやり方もあるだろうが、M、いや「やまだ紫」の場合は不器用すぎた。若い頃からクソ真面目と言われ、徹頭徹尾「自分が正しいと思うこと」を言い、描き続けた。
社会は変動し世間は軽薄化してゆく。それに合わせて身のこなしをひょいひょいと変えていくような生き方は出来ない人だった。それに、もしそういう人であれば、たぶん俺は一緒にいなかっただろうとも思う。

俺は最初に作家としてのやまだ紫に惚れ、そうして本人と知り合い、Mという個人を愛するようになった。
彼女は最初の結婚直後から激しい夫の暴力、今でいう「DV」で身も心もズタズタにされた。誰も助けてくれる人はいなかったという。幼い子供二人をかかえ、高層団地で、収入は不安定だけどようやく夜も安心して眠れる、誰にもはばかることなくマンガや詩が創れる、そんな生活が始まって数年立った1984年に俺たちは出会った。やがてお互い惹かれ合い、程なく一緒に暮らすことになった。
年齢の差は17もあったのだが、今に至るまで、健康上のことや生きてきた時代の時事問題以外、違和感はほとんど無かった。それはどうしてかと言うと、性格は正反対と言っていいものの、根本のところの「人としてという部分」、つまり生きて行くうえでの価値観や哲学や矜恃が同じだったからだと思う。だから俺は作家やまだ紫と、Mというひとを同じように愛することが出来たのだと思う。

その後2005年には3月と11月の二度、吐血をして入院をしている。
もちろんその都度緊急入院させ、原因を検査してもらったが、ある病院では「癌で余命三ヶ月」と無根拠に言われある病院では「胆嚢が肥大してるから胆嚢炎かも知れない」、その間も念のためと別に行ったある大病院ではさまざまな検査…それはしばしば大きな苦痛を伴うものもあった…をされた挙げ句、はっきりと「原因がわかりません」と言われた。これでは病院不信にもなるというものだ。
その間の、2005年夏に俺の白血病が宣告された。
こうして時系列で記述すれば、俺たち二人が、お互いの苦痛を自分の苦痛と考え、まるで二人でDNAのらせん構造のように絡み合って生きてきたことが解っていただけるだろうか。

そして最後の吐血は2006年の2月。精華大学の専任教授就任のわずか2ヶ月前であった。しかし、当時は隔週での京都への「通勤」が適度な気分転換と刺激につながり、それからはずっと、一度も吐血も入院もなく、毎週の出勤に変わった2007年、Mは頑張って前期は毎週の通勤や、その合間の行事や会議にも出来るだけ参加していたが、もうそれも限界に近かったので、その年の9月に二人で京都に思い切って転居した。
それからは、本当に穏やかで楽しい生活を続けてきた。

わが家から五山送り火の大文字、妙・法、舟形までがはっきりと見られるという素晴らしい部屋を見つけるて住むことが出来るうえ、最寄り駅からは大学へ直通の電車があるという立地。大学へは車でも20分ほどという、これまでの通勤がウソのような環境になった。
だから時間にもずいぶん余裕が出来た。そうして二人で混雑する土日を避け、シーズンの寸前や谷間にあちこちの名所を見て回り、「これは地元の特権だね」とゆったりと楽しんだ。糖尿はこれまでのとてもいい先生…板橋区舟渡のアイタワークリニックの岡本先生から紹介状をいただいて、京大病院へ転院することが出来た。
さらに今年に入って、わが家のマンションの一階に入った「Iクリニック」のI先生が、実は京大のご出身で、Mの糖尿の主治医はしかもその後輩ということが判明した。
転院の連絡は極めてスムースに行き、毎回京大まで出かけていたのを、糖尿に関してはマンションの下への移動で済むようになった。この負担軽減は生活の上でかなり助かったし、Mは「凄い偶然だね、いい先生が近くにいらっしゃって良かった」と喜んでいた。
俺も白血病は進行が遅く、京大病院での「経過観察」はもう6週間置きとなっている。
二人に、ようやく、本当に久しぶりに安寧な日々が訪れた。
お互い生死のギリギリのところには居るが、それでも、二人で手を取り合って支え合い助け合って穏やかに暮らす日々は、これまでの二人の波乱の人生では初めてだったかも知れない。

いつだったか、北白川の和食屋さんで夕飯を食べながら、ちょっと酔ったMがニコっと笑いながら、
「私、今が人生で一番幸せかも知れない」
と言ってくれたことがある。
もちろん俺は白血病だし、Mは満身創痍だ、他人から見たら滑稽かも知れないだろう。
でも俺も「そうだね、お互い苦労し続けてきたもんね。こんないいところ、京都へ住むことが出来て、幸せだね」と返した。
「きっと京都へ二人が来られたのも、お導きなんだね」としみじみ話し合った。

それも、もう終わるという。

突然のMの死で、この二人の穏やかな生活が砕け散るという。

正直を言うと、俺はまだそれが受け入れられていない、それはまだ彼女が病院の中で「生かされている」からだと思う。
「その時」はやがて確実にやってくる。
その時、俺は「それ」を受け入れなくてはならない。出来るだろうか、自信がまだない。


9時35分、携帯が鳴った。お姉さんたちかな、と思い出ると、京大病院のA先生…Mの手術を執刀した先生からだった。心臓の鼓動が高まった。まさに今、「その時」つまり「Mの死」が受け入れられるかということを、この記録に入力した瞬間だった。まさか…!
「今日ご家族どなたか来られますか、午前中にでも来られた方がいいと思うんですが」というので
「それは…もう危ないということでしょうか」と震える声で聞く。
「いえ、そうではないですが、他のご家族の方にもご説明をした方がいいかと思いますので」とのこと。
A先生は出張でおられなかったが、その間に娘二人が面会したと告げ、今日はこれから母と姉が来ますと言うと、ではその時に声をかけてください、ということだった。

もう解っている、もうMがダメなことぐらい解っているさ。でも、まだ「その時」ではなかった。心底ホッとした。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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