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2009-04-27(Mon)

連れ合いが倒れた 6

10時ころから、これまでの経過をまたブログにアップした。こうしてパソコンに向かって、「経過」と言いながらやり場のない気持ちを叩き付けている間は、何とか平静でいられる。しかし離れて部屋の中を見回すたび、Mがいない寂しさがこみ上げる。

たまたま、やまだ宛のメールが入った。それは、M、いや「やまだ紫」の最後の仕事となった、別冊太陽「親鸞」の送付を知らせてくださった、京都市内の編集プロダクションからのものだった。そうだ、これが「遺稿」となったのか…。

やまだ紫作品は、マンガ界よりもむしろ、他のさまざまな分野から高く評価されることが多い。
詩壇では吉原幸子さん(故人、「ラ・メール」主宰)、井坂洋子さんら錚々たる方々から。歌壇からは河野裕子さん(「しんきらり」とはこの人の元歌からとらせていただいた)、あるいは「コスモス」誌から、あるいは社会学や女性学といった大学でのさまざまな研究者からも、作品をテキストとして使いたい、論じたい、読ませたい、という依頼が常にあった。

詩や短歌という表現は、マンガに比べれば驚くほどマーケットが少ない。詩集は多くても数千部、通常は千部や二千部といった部数である。
では古今東西の詩集や歌集、句集はマーケットが小さいという理由で評価されず、捨てられ、後世に伝えられずとも良いのだろうか。

今、やまだ作品のほとんどは、絶版や「品切れ」という名の日干しになっている。
その判断を、そうして放置している根拠を、出版というものに携わる人間として、真剣にどう思っているのかを問いたい。

売れないから、ダメな作品か。

売れないから、後世に伝えて行かずとも良いのか。

例えば名作「性悪猫」や「しんきらり」は、青林堂時代から文庫まで、それぞれ軽く十万部を超えた部数が出ている。その時その時に大量には出ないが、時代に関わらず売れ続けた、その積み重ねは評価されないということなのだろうか。

…「やまだ紫は今こういう状態です」と報告の返信を出してしばらくして、編集プロダクションの方から返信が来た。その中に、
「私的なことで恐縮ですが、私がやまだ先生の
作品にはじめてふれたのは中学生のときです。
…それ以来、ずっとこころのどこかに先生の
ことがあります。」
との一文があった。
やまだも喜ぶだろうな。皆さん、あなたの作品を大切に思ってくれているよ。


そういえば何年か前、Mが寝たり起きたりの頃に、どなたかのファンレターに
「やまだ先生の作品は時代に関わらず、出逢った人が手にとって読んだら、ずっと大切にしたいと思う本です」
と書かれていて、凄く喜んでいたことがあった。しばらく胸にその手紙をあてて感謝していた。若い女性からだったと記憶している。
こういう感想はもちろん、昔からたくさんの方から寄せられているが、彼女はとりわけ、同世代の「共感」もさることながら、若い世代が自分の作品を「愛してくれる」ことに感激していた。

そういう作品が、「売れるもの=いい作品」というククリ、商売の論理だけで消えてしまってもいいものだろうか。

俺の命もそう遠くないうちに消える運命にあるようだから、何とかして彼女の作品たちを、次の世代に遺したい。電子出版という「データ」もいいが、それこそその本を読み終わった後、胸にあてて「良かった…」と抱きしめられるかたちにしたい。
切実に願う。


…Mのお姉さんにメールすると、2時過ぎに京都に着くという。こちらも時間をみて京大病院へ向かう、ということにした。こうしているうちはいいが、ちょっと家の中を立ち歩き、何をするにもそこかしこにMの痕跡がある。モノがある。匂いがある。全てが二人の思い出に溢れていて、むせかえるようなその記憶で胸が締め付けられる。

Mの命がもう消えたのなら、それらを見るたびにオイオイたぐり寄せて抱きかかえては泣くことも出来るだろうが、Mはまだ病院にいる。いるだけ、生かされているだけ、それはじゅうぶん理解しているのだけど、そのことでかろうじて俺は平静を保っているのか。いや、狂ったようにこうしてキーボードを打ち続けている自分はもう、平静ではないのかも知れない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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