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2009-04-29(Wed)

連れ合いが倒れた 12

この日は俺はビールはいいですというと、お姉さんが「一杯だけ飲みなさい!」とこれまた強く言われるので、仕方なく生ビールを一杯注文した。お姉さんはこうしてMや俺のことをいつも気にかけてくれる。そうして皆で「お疲れ様」とヘンな乾杯をした。一口飲んだビールは何となく苦い味であったが、それでも、やっぱりおいしかった。出される料理も全て素晴らしい味なのだが、やっぱりこの席にMがいないこと、そしてこれから永久にあの楽しい時間が二度と訪れないことを考えると、孫たちの前でもつい目頭が自然と熱くなる。それをタオルで顔を拭く真似をして誤魔化し、無理矢理の笑顔を作るのが大変だった。

料理は少量ずつだが何とか食べられた。そして、子供たちとはしゃぐお姉さん…もちろん、無理に明るくしてくれているのは解っている…、Yちゃんたちや皆で料理を囲んでいると、何となくMがどこからかニコニコ笑って見ているような気もしてきて、少し心が和んでいった。
料理は皆残し気味ではあったものの、何となく気分も楽になり、8時前にお開きとなる。俺は目眩止めを家に忘れてきたので、立つとどうも目眩がする。なのでつたい歩きをしてゆっくり歩くが、そのことでまた皆に心配をかけてしまった。「大丈夫?」「支えようか?」とか言われるのを作り笑いでごまかしながら、ホテルのロビーでお礼を言って別れた。
一人夜の二条通に立って、交通標識につかまりながらタクシーを拾って、わが家へ向かってもらう。
車中から眺める夜の鴨川沿いはまた、新緑のこの季節も風情があっていいものだ。タクシーに乗る時はいつも、Mが足腰とお腹に負担がかからないよう、俺が率先して先に乗って奥へ座るようにしていた。

俺たち夫婦は昔はよく親子と間違われたりしたものだ。年齢差が17もあるから、それも仕方のないことなのだけど、それがここ十年の間は「ご兄弟?」に変わった。「俺たちそんなに似てるかね」「似てないよ!」なんて会話をよく交わした。ここ数年は、どこへ行っても違和感なく「ご夫婦」と扱われるようになった。何となく俺が早足で追いついたと思っていた。顔も似ている、となぜかよく言われる。
それに、俺たちの体も、まるで双子の不思議なシンクロニシティのごとく、同じような「障害」を持つようになった。まずMがずさんな右腎臓手術で腹筋を寸断されて、くしゃみをするにも手を当てなければならず、常に腹帯が欠かせなくなった。いつしかお腹はぽっこりと膨れて、「醜い体になった」と嘆くようになった。
俺は俺で、そんな中白血病を患い、脾臓の巨大化によって、知らぬ人が見たら単なる「メタボ」のような胴回りになった。挙げ句、去年には胆嚢摘出を切開で行ったので、二人で
「<ぽっこりお腹の右に傷>なんてところまでおんなじになっちゃったね」
と情けなく笑い合ったものだ。いったいどういう一致なのかと不思議なことだが、その意味はお互いに言わずとも解っていたと思う。手を取り合って助け合い支え合って生きていくこと。それが俺たちの運命だと。
なので、普段から二人で車に乗る場合は腹圧をかけて車内を移動せねばならないから、俺の方がまだ体力があったので先に乗っていたというわけなのだ。
だから一人でこうして左後部座席に座るようになったのは、いまだにどうしても違和感がある。いつも俺の左隣に座っていたMはもう、二度と隣に座ることはない…。


タクシーは9時過ぎに自宅前に到着した。

シマとユキが寂しそうに待っていたので、「ごめんなー、寂しかったねえ」と、これもいつも二人で外出した後のように順番に撫でた。シマはMが座っていたソファの足元に、いまだそのまま置いてあるMのスリッパにあごを載せて待っていた。そうして声をかけても、いつものようにしっぽをピンと立てて出てこない。
Mがもう戻らぬことを、何となく察知しているのかも知れない。
ユキはいつものように無邪気に後を着いてまわる。着替えてからMの写真に「ただ今」と声をかけて、目眩止めを飲み、それからお姉さんに到着とお礼のメールをした。
本当はすぐ横になりたかったが、何せ猫トイレは二匹分だから、ほぼ毎日掃除が欠かせない。これはけっこう腹圧がかかる仕事なので、お互い何となく相手を気遣って、どちらか気がついた方が率先して掃除をしていたが、これからはもう俺一人でやるしかない。だからといって、いつも二人の間にいた猫たちを手放す気は毛頭ない。それにこの上Mどころか猫たちまで居なくなったら、俺はもう完全に生きる希望を失うことになる。
実はメス猫のユキはおしっこを腰を浮かせてするクセがあるので、いつもトイレの外に放物線を描いて水たまりを作る。その掃除が本当に大変なのだが、猫は清潔好きだから、徹底的に綺麗にして、台所でこれまた徹底的に両手を洗って消毒する。一段落してこの記録に向かうと、もう9時をまわっていた。

いつもはテレビの音が必ず響き、そして俺たちの会話があった家の中はシンとして、シマはそれが寂しいようだ。ユキは元々耳が聞こえないから無音はそのままとしても、ずっと「マミー」の姿が見られないことに戸惑っているようだ。猫たちも、寂しがっている。もちろん俺もだ。

その後、疲れたので10時前には導眠剤を飲んで、二階へ上がることにした。猫たちに声をかけ、ギシギシと階段を上がってベッドに横たわる。猫たちはまだMがいないことに慣れないのか、ひとしきり上と下を駆け回った後、諦めて俺の脇に来て一緒に寝た。

暗闇の中、Mにいろいろと呼びかけ、話してみるが、まだ俺のところへ飛んできている様子はない。そうか、他に行っておかなきゃならないところがたくさん、あるもんなあ。いいよ俺は最後で。そんなことを考えているうちに眠ってしまった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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