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2009-04-29(Wed)

連れ合いが倒れた 14

…自宅に戻ると、時間的には1時間ちょっとだったが、やはり精神的に疲弊していた。身内であっても、今は二人以外の人といるのが辛く、気持ちが疲れる。
そんなことを言っても、親兄弟にしてみれば、俺などここしばらくの付き合いに過ぎない、何を言ってるのだと言われるだろう。その気持ちも解る。

家に着くとやはりホッとして、「M、ただいま!」と声をかけ、ソファの上に置いておいた赤い室内着をぎゅう、と抱きしめる。これをついこないだまで実際に着ていた時に、いつもこうしてやっていれば良かった。
Mの匂いが心持ち、少しずつ薄れていくような気がして、たまらなく寂しい。

ふらふらと台所へ行き、そこで思い出してイチゴジュースを作った。Mの写真に「ジュース飲むね」と声をかけて、飲みながらパソコンに向かう。すっかり溜まっていた仕事を片付けようとするけれど、やっぱりMのことを考えてしまうし、それがこの記録に向かわせる。
その気持ちをばりばりと引きはがすように振り切って、仕事を始めたら、携帯が鳴った。
お姉さんからで「あのね、今日の夕飯、あなたたちが行ってた近所のイタリアンレストランはどうかと思って」とのこと。二人でたまに行っていた、?野を上がったところにある「アンティコ」のことだ。でもあそこは小さい店で、地元の人たちが少人数で楽しむ店だから、どう考えても大人数は場違いだ。それに人数的に予約してないと無理だと思う、と伝える。
「じゃあまた本で探して電話します」と言うが、俺は「実は仕事が溜まっていて行けるかどうか微妙なんですよ」といい、いずれにしてもまた電話します、ということになった。
その後、「四条にあるSというレストランに予約を入れたから」と電話があり、俺は「じゃあもし行けないようなら早めに連絡します」と伝える。
その後仕事を続けていると、猛烈な下痢に襲われた。やはりイチゴジュースを飲んだせいで、昨日食べたものが下痢状に押し出されてきたようすだ。
これじゃあやっぱり行ったところで今日の夕飯は無理そうだ。携帯から、お姉さんに教えてもらった店へ一人減らしてもらうよう電話をする。すると、「そのお名前でご予約は入っておりませんが…」と言われ、おかしいと思って店の名を聞くと、全然違う店だった。謝って電話を切る。やれやれ。
そのことをお姉さんに電話すると、おかしいわねえと言っていたが、やはりこちらは溜まっていた仕事が終わりそうにないもので、と言ってお断りする。「下痢がひどくて」という理由もあるが。

その後、ふと見るとユキがあまりに寂しそうにフローリングの定位置で香箱を作っているので、立ち上がっていつものように「ユキちゃ! ほれほれ!」とひっくり返してお腹をなでさすってやる。
ユキはすぐにゴロゴロ言ってニャーニャー喜んでいる。
すると、それを聞いて二階から「ドンドンドンドン!」とシマが駆け下りてくる音がした。
いつものように、「M、オッサン降りてきたよ、オッサン!」と写真に話しかける。シマは二人のうちどちらかがそうしていたように、ソファをポンポン、と叩くとひょいと飛び乗ったので、これまた腹をなで、あごの下や頬を指でしごくように撫でる。やはりゴロゴロ言って喜んでいる。

やっぱり猫も寂しいのだ。
Mがもう戻らないことを悟っているのだ。
俺と猫たちはこれから、この生活を続けなければならないが、そんなに何年も続けたいと思わない。というよりも、続けられないと思う。

俺があなたを守ってやれなかった、ダメ人間なことはよぉぉく、解っている。それでも、最後に俺の役割をせめて、全うすることで贖罪としてくれないか。何とか許して、いずれ同じところへ連れてってくれないか。頼む。頼みます。お願いします。そう言って写真に頭を下げた。
Mはただ、優しく微笑んでいるだけだった。


それから仕事も終わったので、ブログに寄せられた旧知のライター・神田ぱんさんのコメントを見て、二階から文庫版「BlueSky」を持って来て、改めてソファで読み始めた。

この作品は『婦人公論』に1991年から2年間、連載されたものだ。
主人公の愛子はもちろんMで、一郎君は俺、長女の「海子」は長女のMちゃん、長男の「森生」は性が変わって現実には次女であるYちゃんがそれぞれモデルになっている。
そのほかの登場人物はもちろんモデルがいないことはないが、ほとんどが彼女の創作だ。
ちなみに「別れた元亭主」の人相や人格はノンフィクション。それともう一人はっきりとモデルのいる人物がいる。それは、好々爺を装い、実は助平爺ィであった「泉のじいさん」であるが、モデルが誰であるかは…。武士の情けで言わずにおこう。

愛子を中心とした主要な登場人物に明確なモデルがおり、さらに「子供が二人いる離婚した母親」が「一人で頑張っている」ところに、「一回りも年下の若い男」が「家族」として入ってくる…というストーリーの基軸は、確かに現実の俺とMの関係と全く同じである。
だから、「私小説漫画」などと安易に片付ける人もいるのだろう。
けれど、この作品は二人の「恋愛」を軸に、家族のあり方や男女が共に暮らすかたち、などなど、
Mの生き方・考え方、大げさに言うと人生「哲学」を
「やまだ紫」がプロフェッショナルな漫画家として、描いたものだ。
だから当然、フィクションである。

実際俺は一郎君のようにさわやかではないし、だいたい小説家になるような才能すら持っていない。現実の俺は漫画家になろうとして夢破れ、それでも漫画にしがみつこうとして編集者になったような「落伍者」のような人間だ。
「BlueSky」の一郎君は、定収がないものの、それを才能で補おうと努力し報われつつある状況。俺の場合は定収があっても非常に少なく、才能がないだけの若造だった。
そのように、当然ながら、美化されているところもあれば、彼女なりの「理想」を描いた部分も多々ある。というより、「こうありたい」「こうあるべきだ」という彼女の「理想」を、作品としてエンターテインメント化させて見せているものだと言ってもいい。

だけど、それだけに、今読み返すと切なくてしょうがない。

俺は一郎君のように常に理性的で、まっすぐに愛子に愛を捧げていただろうか。そしてその実感を、現実のMはちゃんと持っていたのだろうか。子供たちへの接し方は、あんなに立派だっただろうか。

「BlueSky」が彼女の望む「理想の姿」だとしたら、それだけに、俺はああいうかたちでMを愛せていたか、今繰り返し自問する。自問しても答えは出ない、なぜならその答えはMが出してくれるものだし、それを彼女はもう、俺に告げることは出来ない。

実は、当時の俺は「若い自分」が悔しくて仕方がなかった。
もっと早く生まれていれば、もっと早くMと知り合っていれば、自分がもっと早く一緒になれたのに。そんなバカな考えを持っていたこともあった。若いということ、それだけで他人を「未熟」とか「無知」と断定するのが「世間」だ。
この作品には、その「世間」がたびたび愛子を苦しめる光景が見られる。
だが、「BlueSky」の中でも描かれているように、その「世間」が実は「自分」であることに、迂闊にも現実の俺自身が読んでいたくせに気付かずにいた。

Mの生き方を「やまだ紫」が作品化する。

現実には若い自分はMの伴侶ではあるが、「やまだ紫」の前では単なる無名の、ペーペーの若造だ。
だから「やまだ紫」を現実の「M」と切り離し、Mの前では背伸びをし、虚勢を張っていた。伴侶としての俺なら、堂々とMと暮らすことは出来る、けれど何の実績もない貧乏編集者が、尊敬する作家である「やまだ紫」やその作品を論じるなど、それこそ論外であるとずっと思ってきた。
だから、「ガロ」の編集をしていても、自分が「やまだ紫」の連れ合いであるということを、ずっと隠してきた。それが、俺たちの、いや、俺の「世間体」を保つ方法だったと思う。

何と愚かだったことか。

それは今になってみれば、よく解る。いや、もっと前から解っていたが、今こそ心の奥底からじくじくと痛みが疼くほどに感じる。
読み終わって、Mは何と誠実で凛とした「正しい」ひとであったか、そしてそれを見事に作品というかたちに昇華させている「やまだ紫」の見事な作家ぶりに、感銘を受けた。
Mはいつだって少女のような心を保ち続けた、いや、年を重ねても、少女のような可愛い可憐なひとだったじゃないか。あのひとはいつだって、村上知彦氏が解説でも述べられている通り、未熟者とか世間知らずとかいう意味ではない純粋な「少女」であり続けた。
あのひとはまっすぐに、最後まで俺に恋愛をし続けてくれていたのだ。
俺がそれに気付かずにいただけではないか。
いや、気付いていて、それに安心しきっていただけか。
包み込むような彼女の無償の愛にどっぷりと、安穏とひたっていただけだったのではないか。

何と愚かなことか。

俺は一郎君のように、Mと「やまだ紫」を分けることなく、俺の方から全てを包み込んでまっすぐに愛を注がなければいけなかった。そう思うと、すぐに洗面台へ立って口と顎に伸ばしていたヒゲを剃り落とした。だって四人家族が懸命に暮らしていたあの頃、Mと恋に墜ちた頃の自分にヒゲなんか無かったじゃないか。
これは、俺がいつしかMと並んでも、出来るだけ「親子」だの「弟さん」だの言われないようにという虚勢から伸ばしたものだったのだ。
戻って、微笑むMの写真に「どう? 元に戻ったかね。あの頃よりだいぶ老けたけど。鼻の下こんなに長かったっけ?」と語りかけた。
バカな男だな、とお思いだろう。その通り、だからこうして猛烈に自責の念と後悔に苦しんでいる。

そんなことをしていたら夜8時ころ、精華大の小川先生から電話が入った。

3回生や4回生のやまだゼミの学生たちが、Mの危篤を知って千羽鶴を折ってくれていたのが完成したという。受け渡しをさせて欲しいとおっしゃり、結果9時前にマンションの下までご持参下さることにしていただいた。
一時間ほど経った9時前、マンション下に着かれたという電話をいただいた。
エントランスに降りて、千羽鶴を受け取る。学生たちの思いがズシリと重い、見事なものだ。全く配慮がきかず、立ち話で大変失礼をしました。
小川先生はじめ先生方はもちろん、学生さんたちにも本当に感謝申し上げます。

必ず、最後までやまだと一緒にさせてもらいます。
千羽鶴
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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