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2009-05-02(Sat)

連れ合いが倒れた 18

【やまだ紫の容態をご心配いただいている方々、申し訳ありませんが俺の雑記(たわごと)は飛ばしていただき、容態報告のみをご参照下さい。この場を借りて御礼申し上げます。】



朝8:30、家の電話が鳴った。ナンバーディスプレイなので着信番号を見ると075つまり京都市内、病院か。取ると、やはり病院の脳外科、執刀医のA先生からであった。何だろう…
すると「容態に特に変化は見らず、血圧も安定しておられます。なので、この状態なら脳外科の病棟へ移動していただいても問題ないと思うのですが」とのことだった。
「それで、そういったことも含めまして、一度ご説明をと思いまして」と言われて、10時にICUへ行くことになった。
ICUは入室制限があるし、面会時間も一日のうち2回のシフトが決まっていて、厳格に守られている。一般病棟であれば、ICUよりも長い時間面会時間が取れるので、その間ずっと側に座っていることも可能だ。
もちろん、そうしていなくても三津子はもう俺と一緒にいて、目の前にある「肉体」は仮の宿であることをもう知っている。時々娘のももちゃんやゆうちゃん、ばーちゃん(三津子の母親)やねーちゃん、親友、気にかかっていた人のところや場所へあちこち飛び回っていることも、解っている。
でも、その都度必ず俺のところへ帰ってきて一緒にいる。


…10:50、病院より帰宅した。
あれから、昨日持って行くと看護婦さんに約束した三津子・やまだ紫の本(「性悪猫」初版、「愛のかたち」「しんきらり(文庫)」「どうぞお勝手に(文庫)」「やま猫人生放談」)を紙袋に入れ、持って出る。
10時ちょうどにタクシーが病院に着き、早足でICUへ向かう。もうふらふらしてなんかいられない。ICUの待合で少し待っていると若い方のF先生が呼びに来てくれて、いったん個室に入って三津子の顔を見た。

今日は真上を向かされており、その分むくみが下へ落ちていて、ちょっとまともな顔に戻っていたので嬉しかった。声をかけて、いつものように滲んでいる「涙」をタオルで拭く。
それからナースに「これ、昨日の看護婦さんに話した、この人が書いた本なんです、寄贈しますんで皆さんで読んでください」と渡すと「わあ、これ全部ですか?ありがとうございます」と言われる。
すぐにA先生が来て、隣のカンファレンスルームでF先生と三人で面談した。

状況は変化がなく、血圧も安定しているとのこと。
実は一番危なかった状態というのは3日ほど前までで、本当にいつ逝ってもおかしくない状態だったそうだ。しかしそういう時期は脱し、現在は麻酔ももう止めて、積極的治療行為はほとんどしていないという。もちろん、やめればそれが死に直結するようなこと、例えば生きるために最低限必要な呼吸とか体液の循環はさせてもらっている。
けれども、例えば血圧が下がる傾向にあっても降圧剤を入れるなどの言わば「積極的延命治療」は
「もう望まれないというご希望を伺ってますので、そのようにさせていただきます。」とのこと。俺も頷く。
「なので、今血圧も安定されていることですから、ここ(ICU)から脳外科の病棟の方へ移動していただこうと思うんです」ということになる。
俺も「そうですね、こちらは面会もシフトで区切られてますし…」というと
「そうなんですよ、病棟だと面会時間もね、ずっとおられたいと思えば終了時間まで居ていただけますし。それに病棟だと我々もずっとおりますし、何かあっても誰か脳神経外科の医師が必ずおりますから、対応できますからいいと思うんです」
で、「この後は…どうなんでしょうか」と聞くと、
「それはもう、実はこういう風に安定されるということも、予想がつきにくかったものですから、はっきり言いまして我々にもわかりません。『安定してます』と言ったら翌日…という例もありますし、二、三日と思ったら一ヶ月という例も実際ありましたから…。」
「はあ…やはり心臓が強いんですか?」と言うと
「いや、お強いという問題ではなくて、これはもう患者さんの『運命』やと思いますよ」と言われる。
俺も「そうですね、見ればどうしても寝ているように見えるし暖かいし、それを見ると辛いのかと思って『もう頑張るな』とか思っちゃいますけど…頑張ってるわけではないし、痛みも感じてないし、意識もないわけですから…」と言うと
「おっしゃる通りです。ですから、変な話旦那さんもそうやってポジティブに考えてくらはるんでね、我々としてもそれはその方がいいと思いますし」と言われる。
俺は「そういう、周りが受け入れる時間をね、与えてくれてるんだと、ようやく思えるようになりました」と答えた。
先生は「でもね、やっぱりお母様とかね、『手術しなければ良かった』みたいに思われる方もおられます。そのお気持ちもじゅうぶんわかります。」という。
俺も「そうですね、僕ね、そりゃあここ数日の間は…泣いて泣いて、しなきゃ良かったんだろうかと後悔もして…苦しんで苦しんで、ようやくこうして現状を受け入れるという『理解』を得るまで…ここまでそうとうの努力が必要で…」と言ったらちょっと涙がにじんでしまった。

先生は頷きながら聞いてくれ、
「…でも、僕もまあ結婚してますけど、同じ状況になったらたぶん頼むと思いますよ。」とはっきり言われた。A先生の左手の薬指にも、結婚指輪が光っていた。
俺も「そうですよね。夫だったら、可能性がわずかだと思ってもそこに…賭けると思います。実際、後で後悔される方も多いとはっきり、あの時先生に言われたのも覚えています。それで今、全く後悔はしていません」とはっきりお伝えした。先生は黙って何度も頷いた。

気持ちがすーっと、楽になった。

それから先生に「あの、南病棟というとあの…」と言うと「そうですそうです、ご存知ですか」と言われたので「実は去年、こちらで胆嚢切除手術を受けまして。お化け屋敷みたいな棟が向かいにある部屋でした」と言って皆で笑う。
「まああそこも古いですからね、外来はあの通り立派なんですけど。今隣にご寄付で癌研建ててますでしょ、あちら終わってからなんですよね。だから10年度とかになるん違いますかねえ」ということ。10年後なんか俺だって生きていないかも知れないなあ…と思うと、また笑うしかなかった。
おそらく今頃三津子はふわふわと漂いながらか、(ええー、あの病棟かよ〜!)と顔をしかめているだろう。
(俺の南病棟への入院時の様子は一年前のこの記事をご参照ください)

「あとは、個室へ移っていただくように今準備してますし、移動時間とか病室とかは看護婦から説明があります。我々も病棟だとちょくちょく顔出せますんで、よろしくお願いします」と言われて、こちらもお礼とお願いをして部屋を出た。
で、ちょっとだけ三津子に「じゃね、後で」と声をかけて、ナースステーションに戻った先生二人に黙礼をして、待合へ向かう。

いったん待合へ出ようとしたら廊下で先ほどのナースに声をかけられた。
「移動時間、先生から聞いてます?」と聞かれたので「いえ、まだ決まってないというので…」と言うと「病院内で待たれますか?」というので「すぐ移動なんでしょうか」と聞くと「たぶんそうなると思うんですが」と言われ、ICUと外の廊下との間にある待合で待つことする。
ソファに座っていると、5分ほどでナースが来て
「すみません、午後からになるみたいで、いったんお帰りになっても結構です」と言われた。
そうかと思って立ち上がると、「あとご本、ありがとうございました。今日は管理者が居ないんですが、皆で読ませていただきます」と言ってくれたので
「こちらこそ、こちらへ寄贈すればずっと長くたくさんの人に読んで貰えるので、嬉しいです」と言って、いったん帰ることにする。

病院の外へ出ると、ちょうどいい陽気で気持ちよく晴れ渡っていた。

お姉さんに状況を携帯で説明し、こちらへ向かっているももちゃんへはメールをした。お姉さんが「10時何分だかの新幹線の切符が取れたのよ」と言ってたので、もう向かってるのだと思い、慌ててどうしたら全員がうまく合流出来るかを、帰りのタクシーの中であれこれ思案をする。11時前には家に着いたので、あれこれ連絡のメールを入れて調整。
しかし途中でおかしいと思ったらしいお姉さんが電話してきて
「あたしら行くの明日なんですが…」と言われる。
「あっ、そうなんですか!!」と言ったら大笑いされた。俺も思わず笑ってしまい「完全に勘違いしてました!」と言ったら「そうでしょう、白取さん絶対勘違いしてるわ、と思ったもん」と話す。
何だか前によく三津子の入院とかみんなでの食事とか、ワイワイ集まっていた頃のやりとりみたいな雰囲気が戻ってきた。
電話を切ってから「ありがとう、三津子」と声に出した。

結局ももちゃん夫婦には「どうせまっすぐ向かってもらってもすぐ移動とかで待たされるだろうから、どこかでご飯でもゆっくり食べて、1時半過ぎに病院来たらいいよ」ということにした。やれやれ俺も先走り過ぎか。
…途中、知り合いからのメールや、「反映させなくていい」という友人からのコメントなどを読む。
皆、三津子はもちろん俺のことも心配してくれて、有り難い。返信は不要、反映不要というものはそう甘えさせて貰っているが、一つだけ、今朝の記述へのコメントは、是非他の方にも読んでいただきたいと思い、反映させていただきました。

そんなこんなでもう12:00だ、お腹が空いてきた。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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