--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2009-05-08(Fri)

私は大丈夫です。

5日に愛する妻である三津子、また敬愛する漫画家・作家であった やまだ紫 の訃報をここに掲載してから、更新が途切れていました。
そのことで、「大丈夫なのか」とご心配をいただくことになってしまい、申し訳ありません。
この間も実は記録は止まっていません。
むしろ一人になってしまったことが、自分を全ての事象の記録へと動かしていると解ります。

彼女の密葬。肉体が焼かれ灰となった日。

全てを記録しています。記録しておかないと、ほんとうに何もか「消えて」しまい、彼女の魂さえ自分の側からいなくなってしまいそうで。

自分にとって生涯最大にして最後の苦痛と不幸を、この一連の記事として記録することで自分を癒していることは、皆さんもよくお解りだと思います。
いずれ、このブログの空白も埋めるつもりです。そして、彼女と楽しかった京都での生活へと遡って行こうとも思っています。


昨日、彼女の死が通信社から配信され、新聞などに訃報として掲載されました。
それと共に、ブログへのアクセスも急増し、コメントもたくさんいただきました。

「掲載はしなくて結構です」というコメントもたくさんいただいています。
またメールでの追悼、私ごときへの励ましも、たくさんいただいております。
一つ一つにとても返信が出来ず、ただただ感謝の気持ちで一杯です。

(私は彼女のプロフィールを、問い合わせがあったところに返信しました。
けれどそこに「参院選挙に立候補」ということは書いていません。
もちろんそれは事実ですが、作品やメディアを通じて知り合った方に頼まれて、名前を貸したようなものです。彼女は特段政治的な、あるいは確固たるイデオロギーがあって社会運動などをするようなひとではありませんでした。
正しいことは正しい、間違っていることは間違っていると、いつも静かにそう言ってきただけです。
立候補ウンヌンは別段隠すことでもなければ、声高に言うことでもありません。
けれど、彼女の作品も知らず、それだけを見て政治的な色をつけるような人も多いのでしょう。こういうことでも、マスメディアはひとを平気で傷つけていきますね。)

人が死ぬと、遺された者がその悲しみから癒える間もなく、さまざまな「手続き」が必要になります。そんな準備を周到にしている人など、あまり居ないでしょう。
ましてや最愛の人を失った、半身をもぎ取られたような状態の人間が、その傷も癒えぬままに動かねばなりません。
それでも自分の他にやる者はおらず、日々忙殺されています。
まだまだこれは続くようです。

しかし もし、26日のあの悪夢のような時間がきて、そのまま悪魔か鬼が彼女を連れ去ってしまっていたとしたら。
私は今こうしておれないと思います。
死病を抱え展望のない状態のなか、自分を励まし癒し支えてくれたのは、自身も病気を抱える妻の三津子でした。大きな愛で、包み込んでくれました。
その彼女がアッという間に自分の前から掻き消えたとしたら、私はもう最後の希望すら失い、恐らくすぐに後を追っていたと思います。実際数日の間の自分は最悪の精神状態でした。
彼女の親戚や身内の皆さんにも、行き届かないことで非礼をしたと思います。

それでも彼女の肉体がまだ温かく「そこにある」時間が続いたおかげで、身内とのお別れも出来ました。さらには私自身が「彼女の死」を、その「意味」を現実のものとして受け入れ、乗り越えていくことができました。

その課程で、不思議なこともたくさん起こりました。
その一つ一つをとても披露は出来ません。したところで、今の時代では嗤われるだけなのも知っています。

けれど、彼女は今も側にいてくれます。
そして、行き場も解らない暗闇の中、まるで溺れもがいているような自分に、
彼女は明るい灯をともし、掲げ、道を教えてくれています。

彼女が倒れた日はずっと寒い時雨が続いていました。
その後も、涙雨が私に降り注ぎ、うちひしがれた気持ちをさらに暗くしました。

今日の夕方、いくつかの懸案にメドがつきそうな気配がありました。三津子が恐らくは、あちこち飛び回ってくれたのでしょう。少し気持ちに余裕が出来て、彼女の母親に書いた手紙…先日来の非礼の謝罪と、御礼を出さねばと思い玄関から出ました。すると、鬼門の方角にそびえる比叡山が光り輝いて見えました。

雨はやみ、西に傾いた日差しが比叡山の山頂を照らし、山肌を金色に染めていました。

ああ、彼女は側にいて、灯をともしてくれている。
涙が溢れてしまい、しばらく動けませんでした。

訃報を知って、何人かの古い友人や知り合いが電話などで励ましてくれています。
もちろんメールやコメントでも、また弔電やお花もいただきました。
この場を借りて、皆さんに厚く御礼申し上げます。
私にはまだまだやらねばならないことがたくさん、あります。

明青さんより花を頂戴しました
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

ご無沙汰しております。。。

といっても本家特急時代の掲示板ROMメンバーでした。
どうにも心中お察しいたしますなんてコトバでは陳腐すぎてジブンのイザというときの語彙の貧弱さに腹が立ちますね。。。

やまだ先生の線が好きでした。
やまだ先生の言葉が好きでした。
やまだ作品を残してください。伝えてってください。
白取さんはそのために生きてください。
お願いです。

Unknown

辛いですね。。。
いろいろ、考えさせられました。

Unknown

まあ、出版も営利事業であってショーバイだからね。。。復刊ドットコムとかあるけど、そもそも復刊のぞむ人らってのはその人のこと知ってるわけでしょ、そうすっともうその人らは本を持ってるわけで。
皆さんが言うように出版が文化だとか言う連中はなにを後の人らにのこすか、のこしていきたいのかっていう選択をしなきゃいけないと思うよね。
ほんと、ここのコメント欄みてるとまともな人ってけっこう多いんだな、って感じた。
ただそういうひとらがみんな絶望を感じてるってことが寂しいよね、今の世の中。。。
ショージキな感想でした。

いま

強く思うのは、白取さんがブログで(女性作家の系譜)で書かれて いた、作家・やまだ紫先生への強い思いですね。
死んでから気がついて慌てて評価する。
その愚をいつまで繰り返すんだ?
そういう叫びにも似た思いが、今改めて心をえぐります。
センセーショナル、ドラマチック、エキセントリック、そして「売れれば何をしても良い」「売れれば名作」という常識がまかり通っている出版の現実に、絶望を感じています。
これから僕らはどうしたらいいのか。
ここしばらくずっと考えています。じぶんの足が書店からますます遠のいているのを感じています。
嗚呼。

ご自愛くださいますように。

奥様であり敬愛する作家を同時に失うという、私たちには想像もつかない辛苦、深い慟哭の中におられることに、月並みなお悔やみや励ましの言葉を失っております。

どなたかが書かれ白取先生もお書きになられているように、日本の出版界は今「不況」ということに甘えすぎてはいませんか、と思います。
こういう時代だからこそ、刹那的な儲けや利益を追わず、今こそ長く受け継がれる作品を遺そうというある意味高い意識が望まれるのではありませんか。
やまだ紫先生の数々の名作に比して、あまりに下らぬ作品が多すぎませんか。それでも出版は文化であると大見得をきりますか。
最近は書店へ出かけることがめっきり、少なくなりました。
昔のような、書店でのワクワクする、胸躍るような未知との遭遇が期待できなくなって久しいからです。
大袈裟なことを大上段に振りかぶり恐縮ではありますが、目を覚ませ、そう思います。私は僭越ながら人生半世紀に及ぶ中で、漫画から俳句に至るけっこうな表現に親しんで参ったと自負しております。
何を残し何を伝えていくべきかをもう少し真剣に考える時代にあると思いますが、如何でしょうか、出版編集関係者の皆さん。私は間違っているのでしょうか。

白取先生は遺された者として今深い慟哭の淵におられると心中お察し申し上げます。しかし乍ら、その白取先生がやまだ先生のご遺志を受け継がれることを強くご自覚なされていることを、私どもファンは心強く思ってもおりますこと、勝手乍らお許し下さい。
そして、どうぞ白取先生もご病身ゆえ、くれぐれもご自愛なされますよう、お祈り申し上げます。
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。