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2009-05-15(Fri)

疲れが出ている

5月15日(金)
もう金曜日だ。しかも15:24。
夕べは7時前から、また三津子と差し向かいで飲んだ。もうそうしないと夜が寂しくて過ごせない。ニュースをはしごして12時ころ二階へ上がるが、暗い中三津子に話しかけているうちに1時近くになり、目が醒めたら朝だった。
また夢には出てくれなかった。
朝はベッドでとろとろしていると、ドアフォンで起こされた。銀行から書類の速達だった。そのまま起きて洗顔など済ませ、書類を作って、それから早めに出しておかねばならない人たちへの、三津子の葬儀が終わった旨挨拶状を作った。
ここのところ働き過ぎというか気が張ったままオーバーワークが続いている。肩がビキビキと痛い。
それでも作業は進めないといけない。
封筒の宛名は昨日全て手書きで書き終えていたので、まず香典、花、弔電をいただいた方々へ出す挨拶状を作る。二つ折りのカードの誤植一カ所は白いテープで一枚一枚消した。それを折ってユキのポストカードを一枚挟む。二つ折りの状態で、宛名の封筒に入れる。
それにさらに、三津子と俺の写真、やまだ紫としての略歴入りの紫の紙に、これも直筆で御礼や挨拶を書き入れて、封をする。切手はとりあえずうちに大量にある50円切手を2枚貼った。これはこれまでの年賀状や暑中見舞いなどのハガキで出さずに余っていたものを、こないだ郵便局へ持ってって切手に変えてもらったやつだ。
それら20通あまりを作り終えると、右肩と手首がパキパキとなる。

自分の場合、健康そうに見えてもやっぱり白血病であると、毎日思い知らされている。
全身のリンパ節に腫脹が出来るというか、塊のようなものが出来やすく、それも日によって違う。
一番大きな脾臓が腫れる時はしんどくて寝ているしかない。
縦隔のリンパ節が腫れた日は、心臓がキリキリと痛むかのような胸の痛みで、立っていられない。
耳の中が腫れれば神経が圧迫されメニエルと同じ症状が出る。
膝のリンパ節が腫れると、歩くのもしんどいし曲げると痛い。
手首の外側の場合は、キーボードを叩いたりものを書くのに筆圧がかかると辛い…。
まあ、こう書くともう死んだ方がいいんじゃないのかと思われるかも知れないが、日々こういう俺の様子を見て心配し支えてくれた三津子のために、俺は生きている。

10時ころ、自転車でまず郵便局前のポストへ出しに行った。それから郵便局のカウンタで80円切手を100枚買い、スーパーで即席のご飯類を見て、いくつか買う。長女のももちゃんが送ってくれたこういう食品で、おいしかったポトフなどのスープ類は残念ながら見つからなかった。それからコンビニへ寄り、注文しておいたカーペンターズのDVDを受け取って戻る。このDVDは夜に三津子の写真と一緒に見ながら一杯やるためだ。
それから朝というか早い昼というか、おにぎり2つとウーロン茶で済ませ、新聞と久しぶりに買ってきた文春を読んだ。
民主党の小沢代表辞任と後任の動きなど、世間の動向などはっきり言ってどうでもいいし、ゴシップ記事などはもっとどうでもいい。それでも何かに気持ちを逸らす時間が欲しい。


結局新聞や文春はななめ読みで終えてしまい、その後は午後は黙々と残りの挨拶状を作る。一筆入れる人は入れ、全部切手を貼り終えると3時をまわっていた。昼も食べていなかったが、その前に、今日2回目のポスト出しへ外に出る。
残っていたのは50、60通だったか。その束を持って外に出ると、日差しがまぶしい。肌を焼くような強い日差しなのに、気温が低い。風もひんやりしている。こんな気候ってどっかであったな…と思ったら、昔数日の間滞在したサンフランシスコに似ているなと思い出した。海もないし全然条件は違うが、日中の日差しは暑いのに、木陰に入るとひんやりするところとか、夜になるとぐっと冷え込むところとか。

踏切を越えてポストに挨拶状を何度かに分けて投函し、まっすぐマンションへ戻る。それから昨日買っておいたハムタマゴサラダを挟んだ小さなコッペパンを、ももちゃんが送ってくれた明治の「まるごと野菜 完熟トマトのミネストローネ」というのをレンジでチンして皿に開けて食べた。
これもまた、レンジで2分半で熱々の野菜スープが出来上がり。なかなかうまい。そういや三津子と二人でいつも野菜スープを作って、煮込んでは毎朝食べてたこともあったなあ、と思い出す。健康のためだと思って、俺が野菜を細かく刻んでコトコト煮込んで作った。京都へ来てからも何ヶ月か作っていたと思うが、三津子が朝は食欲がないと言うのでいつの間にかやめてしまった。その代わりにここ最近はいちごジュースになっていたのだったっけ。16:30


21:33
夕方は相撲を見たあと、7時ころから三津子の写真と向かい合ってまたビールを飲む。DVDでカーペンターズのドキュメンタリ「リメンバー・ザ・カーペンターズ」。三津子と一緒に見たかったなあ。ハープ・アルバートがA&Mで彼らを見いだした話が興味深い。リチャードとカレンは三津子とほとんど同世代。ちなみにカレンは50年生まれで、83年2月にご存知の通り、悲劇的な亡くなり方をしている。当時の報道は自分にとってかなりショックだったと記憶している。

今日は夕方明青のおかあさんから、元気か、葵祭やね、ビール飲んでちゃんと食べや、とメールが来る。もう身内でさえ何も言ってこないというのに、毎日心配してくれて、本当にありがたく涙が出る思いだ。早く一人でも写真でも持ってお店に伺いたいと思う。
けれど、もし俺が一人であのカウンタに座ったとしたら。想像してみると、自分の左隣にいつも座っていた三津子がいない、それだけで涙が止まらない。ダメだ、まだ行けない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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