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2009-05-17(Sun)

夢で逢えた

6:51
たった今二階の寝室から降りてきたところ。
6時頃目が醒めて、うつらうつらしてたら夢を見た。
たった今の醒め際の夢なのではっきり覚えている。

夕暮れから暗くなっていく街中の道を三津子と二人で歩いている。これから待ち合わせて焼き肉を食べに行く…ようだ。交差点を渡るのにいったん止まる。ここは事故が多いので有名なところだ、と知らない街なのになぜか知っている。もう暗くなってきて車のヘッドライトがびゅん、と過ぎる。
俺は三津子の肩を左手でしっかり引き寄せ、彼女も俺の腰に手を廻す。お互いに抱き合うような大げさなかたちで、ゆっくり信号を渡る。
彼女は旅行の時着ていた首のボタンでとめるカシミヤのマントのようなコートに、俺がプレゼントしたマフラー、そしていつものオーバーオール。肩の感触と体温が伝わる。
目指す焼き肉店というのはその交差点からすぐで、住宅街のハズレにあるような一軒家を店舗にしたような小さい店だ。知らない街の知らない店で、あまり綺麗ではない感じだが、それでも待ち合わせが「ここ」だと言うので店の前に立つ。
俺は三津子が隣に居るのが嬉しくて仕方がなく、思わず「お姫様だっこ」をして店に入る。店は小さなカウンタがあって中に店主のおっさんが一人黙々と仕込みをしており、壁際には元ヤンキーみたいな痩せた若い女が一人、エプロンをしてにこにこ笑って立っている。こんな格好で入店しても不思議な顔もされず、三津子も恥ずかしがりもしないで笑っている。
三津子を降ろして店の奥にある4、5人用の小さなテーブル1つしかない小上がりを指さして、「ここでいいよね?」と聞く。
三津子は「何で? 4人だしカウンタでいいよ」と言うが、俺は「今日はお祝いだよ」と言い、壁に掛けてあったメニューか何かが書いてある黒板のど真ん中に、
黄色いチョークで大きく
初七日を過ぎ 三津子、復活!
と書いた。

そこで目が醒めた。
カッカッカッ、と迷いなく凄い速さで黒板に書いた、手にチョークの感覚がまだ残っている。

誰かと待ち合わせて焼き肉という、京都へ来る前はたまにあったパターンだ。見たこともない街だったし見たことのない店だった。たった今その夢から醒めた。

目が醒めると二階のいつもの寝室で、隣のベッドにはもちろん三津子はいない。ユキがベッドの足元にうずくまっている。シマはつづらの中だった。
それでも三津子が初めてちゃんと夢に出てくれて、しかも俺は腕を組んで、彼女をしっかり抱きかかえ、大切に大切に扱った。何か凄く嬉しかった。
こう書いているだけで涙が出て来た。
幸せな気分は残ったが、同時に寂しさもつのる。
降りてきて「三津子、ありがとう」と声に出した。

夕べは寝たのは12時半ころだったか。
金曜も土曜も、もはや身内からは誰からも連絡やメールも来なくなった。(いや、それぞれにそれぞれの家庭があり、ひがんで言っているつもりはない、念のため。みんな、前を向いて行かねばならないのだ。自分にはまだその強さがないだけなのは知っている。)

金曜は「明青」のおかあさんからメールがあって、励まされた。三津子の密葬を終えた挨拶状が届いた、ビール飲んで寝ちゃったらええよ! と言ってくれた。

昨日は夜に長野に住む丸山さんという三津子の旧い友達の方から電話があって、「もっともっとゆっくりお話がしたかった」「白取さんも体に気をつけて」と言っていただいた。
携帯メールも含めて、連絡といえば2日間にたったその二件だけだった。いずれも言ってみれば「他人」だけど、ありがたかった。


今朝はなぜか足元が暑くて、縦型の送風機のリモコンで1回、タイマーで1時間というのを夜中につけた。さらに朝方6時過ぎに目が醒めてもう一回。そうして夢を見た。

三津子が死んでから、こんなにはっきりと普通に三津子の夢を見たのは初めてだと思う。見ていたとしても覚えていないのか、あるいは出て来なかったのかは解らない。とにかく、夢の中で腕を組み、抱き合い寄り添うような形でゆっくり歩いていたのが本当に嬉しかった。

朝はまず外に出し漏れていた挨拶状を道路が空いているうちに踏切を越えてポストに投函して戻ってくる。
うす曇りで、Tシャツ短パンだと寒い。慌てて小走りにマンションに戻り、朝刊を取って部屋へ帰る。それから新聞を読み、面倒なのでカップのそばを食べた。
日曜日はいつもの工事の音も、隣のヤナセから聞こえる不快なエンジンの重低音もない。

しみじみと、夢に三津子が現れてくれたことに感謝した。
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コメント

すみません。

わたしの不用意なリンク紹介で先方の学生さんのブログが閲覧できなくなりましたね。
皆さんに知っていただきたかったのは、こんな深い悲しみの中で、学生さんのメールに真摯に答え、そしてその学生さんを「救った」ということを知らせたかったからなのです。
そのことが学生さんのご迷惑だとは考えず、失礼しました。

わたしだったらむしろ迷惑より名誉と考えるものですから。。。独りよがりでもうしわけありません。

良かった

ていうのは変ですけど、夢の中でも最愛の人に会えたこと。素敵ですね。
奥様も笑顔でいらしたっていうのも、心が温まりますね。

涙が出てきて止まらなくなりました

初めてコメントさせていただきます。
ガロの読者だった者です。4コマガロ、大好きでした。なので、白取さんの写真を拝見したときは驚きました(^○^);;
やまだ紫さんの漫画は「しんきらり」から入りました。男女問わず読んでほしい漫画だと思います。
どうぞ白取さんも無理しないで、ご自分のペースで紫さんの分まで長生きしてください。
末筆ではございますが、やまだ紫さんのご冥福をお祈りいたします。

独りよがりのつぶやき

私も一昨年 大好きな人を二人続けてガンで亡くしました
告別式の後、帰りの電車の中でウトウトしていたら夢を見ました
ドアから顔を出して、いつもの笑顔で
「…ちゃ~ん(私の名前)…(亡くなった方の名前)で~す!」
…空いている電車の中で良かった…涙
その後の私の誕生日にも夢の中で一緒にお茶してくれました

哀しいはずだけど、思い起こすことが心に燈を灯してくれるような気がします

ありがとうございます。

このところ、ずっと日常の記録ばかりつけています。…やることはまだまだたくさん山のようにあり、それを一気にやろうとすると体が持たないということに気付きました。
こうしてパソコンに向かってものを書くというか打っていることは、別段手慣れたことで造作もないことです。むしろ、連れ合いである三津子が倒れた日から、記録することで自分を何とか立て直しています。

リンクありがとうございました。すぐ読みました。
確かに先日メールをくれた学生さんです。
何かの縁だろうと思います。

それより、訃報のコメントやメールなどに一つ一つお返事と御礼ができないことをお詫びします。
記録はつけているのに、横着だと思われるかも知れませんが、お一人お一人へ杓子定規な「お礼」のコメントを短くつけていくのは、何かやっつけ仕事のようで。

今後も、こんな感じで行かせて貰います。
すみません。ありがとうございました。

すみませんでした。

おせっかいですけど

やまだ先生のことを検索していたら、学生さんのブログを発見しました。
スピカ
白取さん、あなたはこんなに深い悲しみの中で、それでも人を救っていたんですね。
やっぱりやまだ先生の選んだ方ですね。そして、やまだ先生に見守られているのですね。
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プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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