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2009-05-20(Wed)

供養とは何か

5月20日(水)
夕べはニュースZEROを見終わってから、一度レンドルミンを飲み忘れたので下へ降りてトム・ハンクスの発言を書き留めておいた。その後でベッドに戻ったのだが、けっこうビールを飲んだせいか割と早く寝られて、朝は6時過ぎに目を覚ました。まだ目がしょぼく眠かったのでもう一度寝ようと努めてみたが、結局寝られず8時前に下へ降りた。
「三津子、おはよう。」いつものように声をかける。
自分のトイレや洗顔の後、猫のご飯や水をあげる。
それから昨日のぐいのみの酒を台所に捨てて、洗い物をする。
そうして熱いほうじ茶を淹れて、三津子の写真の前に置く。お茶は熱い時もあれば冷たいウーロン茶の時もあるが、朝は水も含めて必ず水分を摂っていたから、彼女にあげるのはもう習慣になっている。
ただ俺たちは仏教徒ではないので、初七日が済んでからは特に気が付いた時、どなたかから何かをいただいてそれを報告する時以外は特に毎日線香をあげているわけではない。
そもそも仏壇すらわが家にはずっと無かった。
自分たちの目線より高いところにご先祖様の写真を飾り、命日はもちろん、何か良いことがあるとご先祖様に自然と感謝をして、花や好物を添えて手を合わせる…という我々なりの「ご供養」をしていただけである。

ちなみに三津子のお母さんによれば「山田の家は天台宗だ」とのこと。ただ特に菩提寺もなく檀家としての努めも何もしていないという。お墓は公共の多磨霊園にあって、その「お世話」はお願いしてあると聞いた。
宗教的な儀式や習慣は、絶対条件ではないが、生きている人のためにも必要なものであるという理解はある。けれども自分が霊だったら、骨になってしまった自分のかつての体の一部が収められても、そこにとどまっていたいとは思わないし、たぶんそこには居ないと思う。
生きている人つまり遺された人のために、お墓はあるのだと俺は勝手に思っている。
だから、一連の「手続き」や「儀式」には意味があるのだし、それを行うことで生きている人の気持ちが満たされる側面は必ずある…と思っている。

うちでは三津子の写真に朝はお茶をあげ、夜は毎日好きだったお酒をあげて、ある時は好物を並べる。
今朝は熱いほうじ茶をあげて、語りかけながら朝食におにぎり一つと、メンチカツを食べた。三津子には好きだったカレー味のコロッケ。
そういう自分たちなりの「供養」の方法が正しいのかどうか、例えば宗教的な儀式・作法、厳密に言えば仏壇や位牌すらないし、「間違っているぞ」と言われればそれまでだろう。
けれど厳格にそういう作法を守り儀式を勤めようとすれば、それこそ生者の生活を侵すことにならないか、という気持ちもある。なぜなら、繰り返すが自分は宗教者ではないからだ。

そんな気持ちで居て、昨日夜に何気なくまた後ろの押し入れを開けたら、箱の中に宜保愛子さんの本を見つけた(昨日の日記参照下さい)。
十年以上前だったか、三津子に宜保さんの本の表紙画を描く仕事があって、しばらくそれがご縁で年賀状のやりとりをさせていただいていた。宜保さんからの年賀状も本の近くから一緒に見つかった。出て来た本は日東書院の『死ぬ瞬間から輪廻転生―宜保愛子の霊界からのメッセージ』というもので、宜保さんの遺稿を元に死後に刊行されたものだという。俺は読んでいなかった。

夕べはそれをそのまま置いて『コンタクト』を見たので、朝ご飯を食べた後に読んでみた。

宜保さんはご存知のようにその霊能力が早くからメディアに取り上げられ、90年前後には一躍時の人となった。霊感商法の横行やオウム真理教事件、インチキ霊能者の続出などでそういった「心霊もの」が一斉にメディアで自粛・科学で袋だたきブームが起こると、宜保さんはたちまちインチキ呼ばわりをされ、叩かれ、干される。その後一度バラエティ番組で復活した後、2003年に肺がんで亡くなっている。
俺たち夫婦は宜保さんウォッチャーで、彼女の「霊視」が本物であるか偽物であるかということよりも、その人柄と、「語っていることの正しさ」において、尊敬すらしていた。

その本が今、ここに出て来た。たぶん読めと言われている。
読んでみると、小説と呼ぶには(失礼ながら)少しつたない文章ながら、亡くなった主人公とその母、娘との生前の関係や、主人公が亡くなってからの道のりなどが綴られてる。文章は「つたない」と僭越ながら思った次第だけれど、そのことが逆にフィクションであることを忘れさせるような、リアリティさえ感じさせるものになっている。
特に主人公がICUでまさしく魂が抜け、嘆き悲しむ家族の姿を見るさま、瞬時にあちこちへ移動するさまは、ついこないだ三津子の死という体験をした自分にとって、言い表せないほどの臨場感がある。
もちろん、宜保さんと言えば、その人柄を知らぬ若い世代にはもうただの「メディアで一世風靡し稼ぎまくったインチキ霊能者」というレッテルを単純に貼られ、葬られたに等しい人であろう。けれど、この本に書かれていたことは、自分の今置かれている状況に恐ろしく的確な示唆と納得を与えてくれた。

昨晩偶然見た民放ニュースの中で、トム・ハンクスが昨晩言っていたこと…
「先祖(死者)を敬うという儀礼にはいろいろな方法があるが、彼らの行く先は皆同じだ。その違いを認めることが大切だ」(ニュースZERO・5月19日)
このことの「正しさ」を考えれば、この本の、いや宜保さんの言うことがやはり「正しい」と言わざるを得ない。
宜保さんは豪華な「儀式」をしろとは言っていない。ささやかでも心のこもったご供養をしなさい、と静かに訴える。亡くなった人の好きだったものをお供えし、折に触れて思い出してあげること。決して「なになにをしてください」という打算で死者におねだりをするのではなく、その人を愛していたこと、そのことを素直にお伝えすること。そのことが亡くなった人の供養になり、やがて自分を守ってくれる存在になることに繋がっていく、と。
宜保さんはご自身がやはり日本の旧い方(失礼)なので、どうしても仏教様式の「喩え」になっていることで、反発される人もいるとは思う。けれどもそれ=仏教という宗教やその様式を絶対だとは言っていない。だから、世界中の宗教の対立も、結局「何を敬うのか」ということの根本に立ち返れば、それは亡くなった方や愛したひとへの想いを大切にすることだと気付けばそれでいいのではないか。
その意味では日本人というのは古来八百万の神をあがめ、神仏混淆、それこそお天道様からいわしの頭まで、感謝し手を合わせて生きてきた。それを無節操と呼ぶのか、敬虔と呼ぶのかの違いは、その人自身の「理解」いや「気付き」の問題だろう。
「神」というものを唯一絶対の存在として崇め、それへの「依存」が現世で生きる人の足を引っ張るような厳しい「儀式」を求めるとしたら、それは宗教としてどうなのだろうか。過剰な金品を要求したり、脅したりするような「宗教」「霊能者」というものは、それ自体が疑わしいと考えれば、人はかなりそういった詐欺には遭わずに済むはずだ。
科学でも、ものごとの「本質」は周囲のムダなものごとをそぎ落としたところにある、という法則があったと思う。確か、『コンタクト』の映画にもそういう台詞があったと思った。

今日は暑い。外はうっすらと雲がかかってるが気温が高く、部屋の中にいると汗ばむほど。
三津子のお茶を冷たいウーロン茶にいれ換えよう。
11:05
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Unknown

貴ブログはずっと前から拝読しておりました。このたびのことは申し上げることばもございません。
たまたまフランス語の記事をみつけましたので、お知らせいたします。残念ながら、作品は仏語で出てゐないとか、すばらしい漫画作家であるとか書かれてをります。また、コメントには、1年前に会って、たいへん良い人だったのに、といふことばが伏されてをります。
http://www.actuabd.com/+Deces-de-la-mangaka-feministe-Murasaki-Yamada+" target=_blank>http://www.actuabd.com/+Deces-de-la-mangaka-feministe-Murasaki-Yamada+
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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