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2009-05-28(Thu)

月みてないた

5月28日(木)

夕べは12時過ぎに床に就くが、寝られない。
レンドルミンを2錠飲んでいる、しかもビールと併用という、あまりやってはいけない飲み方をしているのに、なかなか寝られない。元々が睡眠薬ではないから、飲んだらすぐに寝られるという薬品ではないので、なかなか副交感神経に切り替わらないのだろうか。そんなことを考えつつ、暗い中悶々と2時頃まで過ごして、結局朝は6時に目が醒た。朦朧としつつ再び寝ようとしても寝られない。7時ころ、ふらふらと起きてしまう。

朝のルーティンをこなし、外を見ると曇り空だ。
昨夜の天気予報では今日からは低気圧が居座り、太平洋側はだいたい曇りか雨が続くと言っていた。気温も一ヶ月逆戻りです、と言っていた。けれどそう寒くもなく、むしろこの部屋は最上階にあるせいか部屋の中はけっこう暖かい。
いっそのこと気候だけではなく時間も一ヶ月逆戻りして、三津子が倒れる前に戻して欲しい…と思ったが、だとしても、彼女を救うことは出来なかったのだ。知っていてどうしようもできないという、もっと悲しい状態になっていたかも知れない。バカなことを考えるな、と思う。

いつものように三津子にも熱いお茶をあげて、朝は8時ころにおにぎり2つ食べた。
それから一休みして仕事をする。
一段落させてBSで松坂登板のボストン対ミネソタ戦を見た。松坂は相変わらずぱっとしない投球だ。
昼近くになると、外は明るく日が射してきた。雨の予報、しかも気温も下がると言っていたはずだが…。雨がなく日も射してきたのであれば、ベランダの苔玉や草木に水をやらねばならない。水をやってから休み休み仕事をして、昼は11時半ころ卵が余っていたので目玉焼きとベーコンを炒めて、ミネストローネで食べた。炭水化物がないが、ご飯類はこのところけっこう食べているので、いったん抜く。
松坂は3点取られて味方の援護も2点止まり、5回で交替。
その頃、宅急便が届いた。ゆうちゃんからで、冷凍便で暖めるだけのハンバーグとか冷凍チャーハンとか、筍煮とか卵スープとか。ちゃんと食べてね、ということだけど、心配かけて申し訳ないな…と感謝と反省。

それからはパソコンにずっと向かっていた。仕事だけではなくいろいろと考え事もした。
気が付くとやっぱり深い溜息が出て、両膝に手をついて下を向いている自分に気付く。
ユキが甘えて、俺が行く先々に付いて廻る。
パソコンに向かっていると、横に積み上げた未整理の段ボール箱の上に載って、時々「にゃぁああ!」と甲高い声で呼ぶ。そのたびに頭を撫でたり、ひょいと抱いてしばらく可愛がってやる。この子も寂しいに決まっている。二人で居た時でさえ、俺たちのうちどちらかの姿が見えなくなっただけで探し回って凄い声で泣いていた。
もう一ヶ月も「ママ」の姿を目にしていない。寂しいに決まっている。

2時半ころにポストに郵便を取りに降りた。板橋区役所に俺が戸籍謄本の請求と一緒に送った返信用の大封筒と、それから漫画家のキクチヒロノリさん、編集者の山崎さんから手紙が来ていた。あと関西電力から、支払い用紙と引落口座変更手続きのハガキ。
まず区役所からの封筒を開けると、最新のコンピュータによる俺の戸籍謄本、それからその前の改製原戸籍、さらにその前の三津子の戸籍謄本、そしてその前の三津子の出生からの戸籍謄本。
三津子のものは全て「除籍」となっている。死亡による除籍だ…。

俺たちはもう法律上も夫婦ではなくなった。
俺は戸籍上は妻と死に別れ「独身」ということになる。
冗談じゃない、君のことを忘れるもんか。
俺たちはこれからもずっと夫婦だし、もし、許して貰えるのなら来世も一緒になりたい。
そうして今度こそ、全身全霊で君を守り愛し抜く。
そう思うと涙が出る。
くそ、また泣いてしまったじゃないか、今日は泣かない、今日こそは泣くまいとずっと思ってもう一ヶ月だ。

何とかして、「やまだ紫」という作家の素晴らしい作品を後世に伝えたい。
けれどそれは簡単な問題ではないことは、重々承知している。
出版不況と言われてもう十年以上が経つ。きれい事では済まされない、シビアな市場原理主義がまかり通っているのが、書店という現場の理屈だ。
「いいものを、長く売る」
「いいものを、後世に伝える」
こういう理想を、本当にかたちにするということがどれだけ困難なことか、思い知らされている。
そうして、そういった話も俺の一存で決められる話でもない。

自分もで本当に鬱が入りかかっているのが解る。
猜疑心が強くなり、虚無感と寂寥感で、誰かに何かを伝えて、ちょっとでもレスポンスがないと裏切られたかも知れないと思う。
そうして一人で居ることが溜まらなく寂しく、気が付くと溜息をついて下を向いている。
三津子の写真を見ては泣く…。

まるで、三津子がかつて鬱の淵へ落ち始めた時と同じ状態ではないか。
俺たちは念願のマンションを買って「さあこれから」という時にこれまでの誤診による臓器の異常で、体調が悪くなった。気力が減衰しそれに伴って仕事も激減し、同時にそのことで自分を責めるようになった。俺の仕事は幸い何とかなっていたので、俺は「もうこれだけ頑張ってきたんだから、少し休みなさいって神様が言ってくれてるんだよ」と慰めたが、三津子はその頃からよく誰かに電話をして、
「今ね、わたし旦那に養って貰ってるんだ。あこがれのセンギョーシュフってやつやってるの!」と言っていた。
もちろん、冗談めかして明るく言っていたが、本心では自分を責めていた。
ことあるごとに「ちかおだけに働かせて申し訳ないと思ってる」と言っては泣いていた。
そのたびに「今まで助けてもらったのはこっちなんだから、そんな事言わないで」と言ったけれども、もともとが「そうだね、それが当然だよね」などと考えられるような傲慢な人ではなかった。

それから吐血、手術、その後遺症…などなど、本当に辛いことがたくさんあって、鬱状態の自分の気持ちをアルコールで持ち上げるためだという「言い訳」によって、辛い状態になったこともあった。
あの当時、鬱になり始めた彼女の状態は、仕事をしている俺の視界に入っていたのでよく覚えている。
こちらも気にしていたのでチラチラと様子を伺いつつ仕事をしていた。ぼうっとテレビを眺めていて、気が付くとじっと下を向いていた。しばらくすると顔を子供のように歪めて、声を殺して泣いていた。両手で顔を覆っていたこともあった。
せっかく二人で居たのに、一人で鬱と戦っていたのだ。
二人で居たのに、寂しかったのだ。
俺はもちろん、心配をし子供や姉に相談もした。病院もはしごをしたり、放置しておいたわけでは決してない。それでも、もっともっと大きな気持ちで包み込み、愛しているとしっかりと抱きしめてあげられれば良かった…と思う。
そして今、俺は彼女を失った。
俺は本当に一人で、孤独と、寂しさに耐え続けなければいけない。
後悔と自責の念で、自分を責め続けて生きていくしかない。
あの人の愛はもちろん知っているし、俺も彼女を愛したし、今でも愛している。
これほど愛した人はいない。最初で最後だとはっきりと自覚している。
けれども、だからこそ、その人を失ったことが耐えられない。

何かに気を逸らさないと、まっすぐに「もう三津子はこの世にいない」という事実を見据え、その上でそれを乗り越えて生きていかねばならないことに気付く。
俺の場合は自身が白血病に冒されてもいて、その病気とも闘わねばならない。
一人で。

「一人じゃない、奥さんがついてますよ。」
「みんな、白取さんのことを心配してくれてるじゃない。」
皆さんがそう言って下さる。娘たちも
「私たち家族なんだから、頑張ろうね。」
と言ってくれる。俺は幸せ者だと思う。
解る、それは有り難く、本当に心から嬉しい。
それでもこんなことを言ったら怒られるのは解っているが、他の誰の助けも心配も要らないから、あの人を返してくれ…と思うのだ。
彼女さえ居てくれたら、俺はどんなことにだって、病気にだって耐えてみせる。そうしてきたじゃないか。
癌宣告を受けて4年、何も進行なく来られたじゃないか。
それは三津子、あなたのおかげなんだよ。

こんなことを考えていては罰が当たる。解ってる、何もかも解っています。理性と知性では完全に理解をしている。でも魂が半分引き裂かれて持って行かれたこの痛みが、感情を揺り動かし、冷静ではいられなくする。

リビングのソファへ行くと、やっぱり三津子の写真を見て溜息をついてしまう。
「あなたもこうだったんだね。でもその時は俺が一緒に居て、二人で暮らしてたのにね。それなのに俺はあなたを救ってあげられなくて、あなたは一人で寂しさと戦ってたんだよね」
声に出して写真に話していると、シマが二階から降りてきた。
シマはこのところすっかり、二階で寝てばかり居るようになってしまった。そうして、俺が写真に話していると、二人で話していると思うのか、ギシギシと階段を降りてくる。俺が泣いていると傍に来て、手や膝をなめてくれる。

かつてまだ俺と知り合う前に、三津子がまだ団地に居た頃。仕事を終え、子供たちを寝かしつけてから一人冷や酒で自分を労っていた夜。彼女は一人、寂しい夜に耐えていた。そうして泣いたこともあった。
そんな時、最愛の猫であったジローが涙を嘗めてくれた。後年、そう言っては思い出しただけで彼女は涙ぐんでいた。
今はたった一人になった俺を、シマが癒してくれている。
「ありがとう、シマ」そう声をかけ、喉を鳴らす顎の下を撫でる。
「猫って、かわいいね。」写真にそう語りかけた。
シマはひとしきり、すりすりと甘えて嘗めたりしてくれた後、俺がまた仕事机に戻ると、トイレでウンコをして四方をシャカシャカとひっかいている。何とも言えぬ匂いが漂ってくる。
すっとぼけたマヌケなシーンだけど、こういうささやかな「猫のいる風景」がどれだけ癒しになっているか。もしこの猫たちが居なかったら…そう思うと「ズキン」と心臓が痛むほどに心がきしむ。

三津子いや、やまだ紫の『樹のうえで猫がみている』に、その最愛のジローのことを描いた作品が何点かある。毎朝、優しい声で俺たちを起こしに来てくれたジロー。
「もしこの猫がいなかったら
  家族がもう一枚分寂しいだろう」
           (目ざまし)

病気になって、三人で必死に看病をしたとき。
「どうかこの猫をとりあげないで欲しいと
 猫をなでながら祈った」
           (ジロー)

そして、その最愛の猫との別れ、瀕死のジローを抱いて外に出た冬の夜。
「月みた猫は
 首をもたげ瞳をくっきりと開けた
 半纏の中でしきりに尾を振り
 小さく鳴いた」
           (月みてないた)
「月みてないた」
この猫の死に、俺は間に合わなかった。当時どうしても出席しなければならない結婚式に出るため、和歌山へ行っていた。
1991年の1月6日。10時49分発のスーパーくろしお8号で白浜を出て、新大阪には1時13分着。新幹線への乗換えの時、案内で関ケ原が大雪で、米原以降30〜50分の遅れが出る、と聞いた。我々の乗るのは「こだま440号」で、結局40分遅れで東京駅に着いたのは7時頃だった。
引き出物やみやげ物を両手に提げて、山手線や地下鉄を乗り継いで団地に帰ったのは8時過ぎだった。
当時の日記にはこう書いてある。
「帰ってきてコートも脱がず、ジローの亡骸の入った段ボールの箱を開けてもらう。
氷の袋が4つかぶせてあり、それをとるとタオルの上に、ジローは、いた。
餌と好きだったベビースターラーメン、申し訳程度の花が添えてあった。
からだはかちかちで、口元には吐いたらしい血を拭いた痕跡。目は開いたままだった。
苦しかったろう心細かったろうとドッ、と涙が出る。
ジローがいつも「遊んでくれ」とせがんでいた猫ジャラシを入れてやった。」
三津子と子供たち3人は、もうさんざん泣いたのだろう。俺だけが遅れて号泣していた。それを静かに見ていた子供たちに思わず「何で? 悲しくないの?」と言ったとたん、二人とも「わあ」と泣き出した。
三津子も「悲しくないわけないでしょう、もう私たちさんざん泣いたんだから!」と言って泣き出した。
俺は自分を恥じた。そしてみんなで泣いた。

この直前、新年間もない2日の深夜…明けて3日の夜3時過ぎに、俺たち4人は外へジローを抱いて連れて行った。三津子が半纏を着込み、ジローを抱いて、月を見せたのだった。
当時のことを思い出すとやっぱり辛い、悲しいのだけど、ジローの死は時間が何とか乗り越えさせてくれた。
けれども、今あらためて『樹のうえで猫がみている』の一連の作品を読み返すと、もういけない。
ジローばかりか、もう三津子さえ居ないのだと思うと、あまりの痛みに心臓のあたりがズキンズキンと疼くようだ。
やっぱり、まだまだ辛い。
16:44
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思い出と

いさやまもとこさんのblogで、奥様のご逝去を知りました。
心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

ファンでした。「少女」の面影がある方でしたね。

たくさんの思い出、大切に、どうぞご自愛下さい。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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