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2009-05-29(Fri)

ひまわりとバラの花束を贈る

5月29日(金)

夕べは11時過ぎに二階へ上がり、12時過ぎにはテレビを消して寝た。
しかし夜中に変な夢ばかり見ては目を覚まし、4時ころから全然眠れずに悶々とする。朝方は悶々としている間にうとうとして、何度も同じような夢を見た。
俺の祖父…書道を教えてくれた、死んだおじいちゃんが出て来て、何か筆で字を書くように言われたんだったか、俺が自発的に半紙に何かの文字を書こうとしているのか。
しかし何度書いても下手くそな字で、思うように筆が走らず「ああ、駄目だ」と思う。そして目が醒めて今書こうとしていた字は何だったっけ、と思い出そうとして違う単語が思い浮かび、違う違う…と思っているうちにまたうとうとする。そうしてまた、その字か文章を書こうとして、うまくいかずにイライラしている。目が醒めるとその「書こうとしていたこと」を、違う単語が覆うようにして思い出せない…。
それを数回繰り返した。結局朝は7時ころに朦朧としたまま起きるが、「何を書こうとしてうまくいかず繰り返したか」は思い出せないままだった。

今日はいい天気で、吉田山と東山にうす日が射して緑が綺麗だ。朝はサンドイッチとコーヒー牛乳。
新聞を取りに行って戻ってくると9時ころ、お袋から電話がある。しばらく音沙汰が無かったが、俺のブログは兄貴に読ませて貰っているらしい。大丈夫か、何かして欲しいことはないかというが、大丈夫だし何もしてもらうことはないと、いつものように返す。
本音を言うと、もちろん今の俺の状態は「大丈夫」では到底ないと思う。
毎日三津子のことしか考えられず、時々こみ上げるものがあって涙が出る。仕事をしていたり、花を活け変えたりなど日常のルーティンをやっている間は普通に過ごしていられるが、その他のことはもう一ヶ月も経つのに、何も手をつけられていない。
もちろん、子供たちがそう簡単にはこちらへ来ないから、勝手に俺の一存で何かを処分したり、整理をするということは出来ないということもある。それにしても、こんな状態で8月までに引越先を決めて、転居など到底考えられない。
それに仮に二人が「俺のいいようにして」と言ってくれて「解った」となっても、だいたい俺は彼女の服一枚捨てられないでいる。ましてや引越までの全ての作業を俺一人で終えるには、体力と時間が足りない。

しかしこの作業を誰かに手伝って貰いたいとも、思わない。
むしろ誰の手も借りず一人でやりきろう、と思っている。
だから、多少時間がかかっても、ちゃんと俺の手で全うしたい。

お袋は「チャーチル会」の写生会があって6月に京都へ来ることは決まっている。二泊するので、夜にでも会えたら…ということにする。その時の自分の健康状態はともかく精神状態がどうかで、人と会えるかどうかが不安だ。けれど自分の母親なのに「申し訳ないが今誰とも逢いたくない」というわけにもいかないが。
お袋とは結局あれこれ1時間以上、長く話した。

それから気が付くと外は青空が広がり、素晴らしい天気になったので、ベランダを開けて苔や草に水を…と立ち上がると、ユキが鳴きながらすり寄ってきた。
水をやるとベランダの床が濡れるから、その前に猫を出してしばらく遊ばせることにした。
出してやると日向に何をするでもなくじっとうずくまったり、時折うろうろと歩いたりするだけだけど、それでも楽しそうだ。撫でてやるともの凄い量の毛が抜けるのが、日差しの下でよく解る。
しばらくすると満足したのか、家の中へ入って毛繕いを始めたので、バケツに水を汲んで苔玉をジャボンと浸ける。こぽこぽと泡が出て来て、それが消えるまで待って吊し直す。その下には枇杷の鉢があってそこに余分な水が垂れる。今日は気温も上がりそうで暑くなりそうだから、霧吹きで苔の葉や枇杷にも少し多めに水をあげた。他の草や木も同様。それからずっとベランダを開け放っておく。
気持ちのいい季節になった。
向かいのマンションの外壁修理の足場をずっと解体していてうるさいが、平日ほど車の通行もないし、穏やかな週末だ
(…と思ったら、今日はまだ金曜だった、曜日の感覚がないのだと今さらながら驚いた。)
週末といえば三津子が倒れた日をどうしても思い出してしまう。けれども、あの日二人で歩いた時の冷たい雨と、その後彼女が倒れた後の真冬のような凍える日からすれば、嘘のようではある。

11時40分ころ、ネットの花キューピットで頼んでおいた、三津子への花束が届いた。ひまわりとピンクのバラを入れてもらったアレンジで、仏花よりも華やかで綺麗だ。
「ほら、花を頼んだんだよ、君に。綺麗だね」と見せて、さっそく花瓶に生け換えて飾った。

ひまわりとバラが届いた
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コメント

Unknown

私も、悲しい時は泣く方がいいと思います。
最愛の、命よりも大切な方が亡くなって、悲しくないはずがないではありませんか。元気が出るわけがないではありませんか。
涙が止まらず、気持ちが沈み、狂おしく切ない、生きていくのもつらい、それは全て、その方をそれほど愛していると言う証ではありませんか。
やまだ先生は決してそのことを怒ったりされないと思います。先日の件も、「叱った」というより、死神を追い払うために大きな音を立てたのだと思います。
死神に誘惑されたとき時、「死にたい」でも何でも構いません、なにか声を出すと、ふと自分に帰ることができることがあるようです。
ご自愛下さい。
もし不眠が続くようでしたら主治医の先生に相談して下さいますよう。

Unknown

明るくて素敵な花ですね。
やまだ先生に、とてもよくお似合いです^^
きっとその愛情、奥様にも届いています。

どうぞ、悲しい時は存分に泣いてください。
泣き疲れると、いつの間にか眠れます。苦笑
眠ると、少しだけ頭が起きて力が出ます。
ゆっくりと焦らず、とは、言えない状態なのかもしれませんが、精一杯前を向いて歩こうとしていること、きっと回りの方々も痛いくらい解っていると、思います。
奥様も、明日の為の涙は許してくださる、そんな気がします。

どうかご自愛ください。

ひまわり

綺麗ですね。やまだ先生は花の似合う方ですね。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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