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2009-06-04(Thu)

明青さんに感謝

6月4日(木)

今朝は7時ころまで割合ぐっすりと寝られた。それからうとうとを繰り返し、8時半ころ起きる。
さすがに間違って飲んだメイラックスの効き目は無くなったようで、昨日までの猛烈な眠怠さはなく安心。
外は曇り、昼過ぎには薄日が差すが、気温はやや低め。にしても家の中は暑く、温度計を見ると27℃以上ある。
朝の洗顔などを終え、いつものように三津子に「おはよう」と声をかけてお茶を入れ換える。それから花の水も入れ換えて、しおれた花を捨てたり、しなびた葉を取ったりという手入れをする。
台所でしなびた花に「ありがとうね」と声をかけては捨て、ぬるぬるになった茎を洗ってダメなものはやはり捨てる。元気なものは選って、新たに生け変える。
そこで、そうだ、今日は月命日だ、花を買ってこなくちゃ点と思い、10時ころ自転車で近くのスーパーに出かけた。
前にバラを買った食品売り場にあるショボい花のコーナーではなく、フロアに別にある花屋へ行く。ひまわりの元気のいい大きなのとうす紫色の綺麗なユリ、あと白い綺麗な花数本の束を買った。花を買うというのは気持ちが和む。
あの人が生きているうちに、「ほら、花を買ってきたよ」と渡して、喜ぶ顔を見られたら良かったな。でも今はせめて、こうして毎日綺麗な花で囲んであげよう。

それからフードコーナーで今日明日のご飯を買う。そこで食品の日付を見ていて、三津子の月命日は今日ではなく明日だと気付いた。カレンダに月命日と書いてあるのを毎日見ていたし、リマインダーで毎月携帯にメールが来る設定にしてある。一日前と当日に。その「一日前」のメールを見て慌てて花を買いに出たわけか。日にちの感覚も曜日の感覚もおかしなことになっている。毎日、「君が倒れてからもう何日…」と数えて暮らしているのに。
とにかく今日・明日のものを買い、彼女の好きだった空豆を茹でようと思って探すが、野菜売り場には見つからない。それからコンビニでウーロン茶なども買って帰宅。

すぐに花瓶に買ってきた花を切って整えて活け、三津子の写真の両側に飾る。昼は三津子におこわを軽く盛り、俺はサンドイッチにコーヒー牛乳にした。

午後は苔や草に水をやり、それから仕事をしたり。夕方猫のトイレを掃除すると、腹筋と足腰が痛くて往生した。立とうとしたがしばらく動けなかったのがショックだった。

それにしても本当にテレビのバラエティを見る気が全くせず、午後はBSのメジャーリーグの試合が終わったら、ほんとうに何にも見るものがない。元々俺たち夫婦はテレビを「見る」というよりただ何となく一日つけていただけなので、ならばいっそ消した方がいいのだろうとも思う。実際、あの人が一人で京都へ「通勤」していた頃や、入院していた時など、俺一人の時はテレビをつけないことも多かった。
けれど、今こうして本当に一人の生活になると、仕事でパソコンに向かっていてもテレビから何か音が漏れているだけでも何となく気が紛れる。何も音もなく画面も動いていないと、一段落でリビングへ移動した時に、どうしても辛くなる。
テーブルの上には三津子の写真と、花。
その他に俺が視線を向ける場所がない。

夕方5時ころ、「明青」のおかあさんから電話があった。
5時半ころお花とお弁当が届くようにしてあるから、今日は何も作らないでね、とのこと。有り難いやら申し訳ないやらで、「もう大丈夫ですから…」と御礼を言う。
身内でもメールの一通すら来ない日が多くなったというのに、本当に本当に、有り難い。こういう人が居て下さるから、この京都という街を離れがたく思う。
俺は実際もともと生まれは函館だ。その「ふるさと」を自分勝手に捨ててきたような人間だ。親爺は物心ついた時には死んでいたから、母親にとっては辛酸を嘗めた地かも知れないが、俺にとっては小さい頃からいい思い出ばかりの街だ。なのに、大きくなると東京の方が刺激的で楽しいと勝手に「捨てた」。
その東京で三津子に出逢うことが出来た。
三津子と出会い、ふたり一緒に寄り添って暮らすことが出来たこと、生涯をかけて愛する人と出会い過ごしたことが、唯一かけがえのない東京での素晴らしい体験だったと思う。
その三津子が死んでしまった今、もう俺が東京に戻る理由はない。



5時20分ころ、いつも配達をしてくださる花屋さんが明青さんのご飯と花を届けてくれた。メッセージカードには「明日は月命日ですね」「ご自愛ください」と書いてあった。
有り難くて、涙が出た。
たった二人で京都に来て、知り合うことができた人が、こんなに良くして下さる。その有り難さで視界がゆるむ。すぐに三津子の写真の周りを片付け、いただいた花を飾り、それからお茶を入れ換えてお酒をあげる。
そうして写真に合掌した。
お弁当には三色のふりかけがかかったご飯に、美味しそうなおかずが上品に盛りつけられていて、さらに、俺たちが絶品だといつも楽しんでいたサラダ…レタスとオニオンスライス、キュウリの薄い薄い短冊切りに、和風の素晴らしいドレッシングがかかっているもの…もついていた。
このドレッシングは我が家でも真似しようとして、結局二人とも挫折した。ドレッシングが小さなボトルに小分けしてあって、さらに、毎年季節になると出店を出すがすぐに売り切れる農家の冷やしトマトもあった。トマトの皮はちゃんと湯むきしてある。
もう、本当に「有り難い」という簡単な言葉では表せないくらい、感謝の気持ちで一杯になる。
三津子の写真に改めて合掌をし、さらに明青さんご夫婦にも合掌した。

さっそく写真の前に、せめてもと綺麗な小皿を出して料理を盛りつけ、箸を置く。それからビールを淹れて、三津子の写真に目を合わせ、ぐいのみにグラスをあてて乾杯をした。
そしていただいた料理を食べながら「二人で」晩酌をした。

また、明青さんへ行こう、二人で。
まだあの「長〜いカウンタ」に一人で、いやあなたの写真と二人で座って、泣かずに飲む自信なんかないよ。でもこれだけのことをしていただいて、いつまでも「行けない」というのも寂しい。何より、君が寂しいだろう。だって明青さん大好きだったもんね。
そう思いながら、差し向かいで飲む。
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コメント

ほんとうに

素晴らしいお知り合いをお持ちですね。
これも故人、いやご夫婦のご人徳でしょう。それに何よりも「明青」さんご夫婦のお心遣い、お気持ちがお優しく暖かいということが良く解ります。
遠くの親戚より・・・とよく申しますが、京都での御縁は素晴らしいものがおありだったようですね。やまだ先生もお喜びでしょう。
お子様達にしても、もうご立派にご家庭をお築きのようですから、何かと日常というものは過ぎて行くものと思います。ですがきっと、やまだ先生の事や白取さんの事をお忘れではないと思いますよ。
くれぐれもお体、ご自愛下さいませ。
枇杷の種、もしまだおありでしたらお譲り下さい。実家(岡山ですが)の庭にぜひ、植えたいと存じます。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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