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2009-06-05(Fri)

月命日

6月5日(金)

夕べは12時半をまわってからようやく寝られた。シマはずっと俺の脇のベッド、つまり三津子がいつも寝ていた場所に敷いた毛布の上でごろごろ言いながら丸くなり、珍しくユキも「夜泣き」をせずにすぐ上がってきて、その足元のクッションの上で丸くなった。

今朝は7時前に目が醒めた。
窓の外は曇りで、少し雨音が聞こえる。外を見てみると、小雨が降っているか、あるいは止んだあとのようだった。そのまましばらく外を見ていたが、ユキも目を覚まして泣くので、撫でてから下へ降りる。トイレ、洗顔、三津子の写真前のお酒やお茶、お膳の片付け。
明青さんからいただいた花に水をやり、花瓶の花も整えて水を換える。
仏様のお水を取り替えて線香を立てて、祈る。

三津子、君が逝ってもう一ヶ月が経ったよ。
色々ごめんね、そして本当に、たくさんありがとう。
今までも、これからもずっと愛してる。君のことを絶対に忘れない。
いつものように手を合わせ、声に出して繰り返す。

それから洗い物をして、朝は昨日夕飯に買っておいた弁当を暖めて、インスタント味噌汁で食べた。
今日は夕飯はお寿司でも取ろう。
それから次の月命日からは、明青さんに行ければいいな…と思う。
もう一ヶ月、まだ一ヶ月。
ソファにあの人が座って二人でテレビを見たり笑い合ったり飲んだり食べたりしていた記憶が、つい昨日のようでもあり、そして遠い日の幸せな「かげろう」のようでもある。
東京に居る知り合いの手紙で、彼女が「まだ京都におられるような気がします」と書いて来る人がけっこうおられる。そうだろうな、と思う。無いと絶対解っていても、三津子が玄関からガチャリと入ってきて、コートも脱がずカバンを置くのももどかしく、小走りにリビングへ、俺の方へ一直線に帰って来ないかと思う。
その映像も容易に想像出来る。想像というか、つい4月の末までは普通の日常だった。
けれどもう、二度と来ない「日常」なのだ。
やっぱり遠い日の「かげろう」なんかじゃない、ついこの間までのしっかりとした「日常」だ。「かげろう」のようにはかなかったのは、あの人だったのだ。

その後、気が付くと昼になっていた。食欲があまり無いが、昨日買っておいた小さなおいなりさんの4つパックのをウーロン茶で食べた。今日の夕飯は月命日のご馳走にしたいが、昨日だと思って総菜をけっこう買ってある。明青さんから思いがけずお花やお弁当をいただいたので、それらがそっくり残っている。けれどそれで月命日というのも何だから「フンパツしちゃる!」と写真に言った。どちらかに給料が入ったり収入があると、相手に「おごっちゃる!」「今日はオジサンが何でも好きなもの喰わしちゃる!」とか言ってふざけ合ったものだ。

それにしても、今日はどうも左手の小指が痺れるようだ。
前に京大でそう言ったら整形外科を紹介されて、尺骨のあたりのリンパ節が腫れて神経を圧迫していると言われた。手のひらを広げて指を一本ずつ圧迫され、反発する力で調べてもらうと、「麻痺」というレベルではなく、軽い痺れという段階だったから、神経の発達を良くするというビタミン系の薬を貰って「痺れがひどくなるようならまた来て下さい」と言われた。
人間、不安を抱えた時にその原因を科学的に説明されると「そういうものなんだ」と納得してしまい、以後、痺れがあっても元の病気つまり白血病のせいで、仕方のないことだと諦めてしまう。慣れと言ってもいい。
実際俺の病気の場合は全身のリンパのどこが腫れるか、日によって違うから困ったものだ。
慢性的に腫れているのはもちろん巨大化した脾臓だが、耳の奥のリンパ節が腫れればメニエル様の症状が出るし、腕の関節あたりだとこうして手指に麻痺が出たり、膝だと足を曲げると痛かったり、縦隔だと胸をキリキリとすりこぎで押されているような鈍痛があったりする。
それらは根本的な治療…つまり元の病気である「白血病」を治さない限り、どこにどういつ現れるか知れないもので、その現れ方がひどい場合にはその都度「対処療法」がいる…という理解をしている。

その根本的な病気治療だが、自分の場合のように慢性的なタイプの血液腫瘍に効く薬はないと知っている。慢性骨髄性白血病の治療に効果があるかも知れないという医学的発見がつい最近あったが、要するに、いかれた血を造る元の細胞の段階で癌化した白血病幹細胞を「活性化」させて、抗癌剤を効きやすくするというような発見だ。
門外漢が聞きかじりでこういう事を書く不遜を承知でいうと、抗癌剤が効きやすくなれば助かるのかというと、決してそういう意味ではないし、そこからは急性タイプと同様の、「生き地獄」のような過酷な化学療法、幹細胞移植…というプロトコルが待っている。
慢性タイプの白血病幹細胞は休眠しやすい…という記述をどこかで見たが、休眠というかおとなしくしてくれているから、俺はこうやって生きていられるわけだ。それに俺の場合は慢性の「リンパ性」白血病という珍しいタイプで、こうして「くすぶっている」間は敢えて命がけの治療を選択しないというのが、従来の医療では常識であった。これからは知らない。何やらいい薬が出たとか出ないとかいうニュースもここ数年耳目に入っては来るが、数年前のように逐一鵜の目鷹の目で探さないようになった。

それより今の俺に一番怖いのは感染症で、先のインフルエンザ騒動などでは「騒ぎすぎだ」とか「弱毒性なんだから心配無用」と、何か怖がっている方がバカだと言わんばかりの情報「リバウンド」が起きている。
冗談ではない。
重度の糖尿病患者、HIV感染者、腎臓病患者、妊婦…とあげればキリがないが、例えば、自分のような免疫力が低下している白血病患者や抗癌剤投与を受けている癌患者、臓器移植後に免疫抑制剤を飲んでいる人たちはどうなる?
健康だと過信して潜伏期間にある人間が「なんだ、大丈夫なんだ」と勝手にマスクや手洗いをやめ、菌をバラ撒くこともじゅうぶん考えられる。多くの人は大丈夫だろう。けれども免疫力が落ちている人のことを、健康な人はあまり考えないようだ。想像力がない、と言ってもいい。
「弱いやつが居るんならそいつらが勝手に防御してろ」という論理もよく目にする。ではせめてマスクを買おうと思ったら「品切れ」や、3倍5倍に値上げなんて例をいくつも見た。
「勝手に防御しろ」「少数派なんだから引きこもってろ」と弱者を切り捨てて平気な人間の多さに驚くが、まあ人間なんてそんなものだろう。自分がその立場にならない限り、想像する頭すら持てないらしい。

それにしても防御ではなく「人に感染させないこと」が最大の目的である「マスク」を軽視し、平気で病室の見舞いに来る人間の何と多いことか。
4年前、癌細胞が出るかどうかの組織検査のため、入院して左腋下のリンパ節切除手術をした。外科処置だけだったので入院は短期だったが、2人部屋の相方は男子高校生で、恋人らしい女子高生が毎日、長時間「見舞い」に来た。こう書くとほのぼのした微笑ましい若いカップルと思われるかも知れないが、その二人は最低の人間だった。
こちらが静かにしていると寝ていると思ったのか平気でベッド上でイチャつき、知性や品格という単語がケツまくって逃げて行くような下品な会話ばかりをしていた。彼女の方はあろうことかもの凄い騒音を立てて、厚底靴を履いて病院内を歩いてきた。さらにゲヘンゴホンと咳をし「あっしさぁ〜、カゼひいたみたいでぇ〜」とマスクもせず、当然口に手もあてずに平気で病室に入ってきた。
誰も注意しないのが不思議だった。俺は自分が癌かも知れない、死ぬかも知れない…という時期で、正直を言うとその二人のことなどどうでもいいと思っていた。別段注意もしなかったし、数日で退院だから、余計に不快な思いをしたくなかったので黙っていた。
結局その時の組織検査で出た結論は「黒」だった。つまり、俺はその段階でもう血液腫瘍に冒されていたわけだ。もし俺が当初予測されたような急性タイプの白血病で、免疫力も急激に低下していたら、その高校生たちの持ってきた得体の知れない菌に「院内感染」していたかも知れない。
かろうじて、こちらが常にマスクをしカーテンを決して開けなかったことと、部屋の出入りにはアルコール消毒など細心の注意を払っていたことで、感染を「予防」出来ただけのことだ。
今思い出しても、本当にゾッとするほど知能の低い高校生たちだった。今ごろ、彼らがまだくっついているのかどうかは知らない。一緒にいてくれればまだマシかも知れない、別々ならあの程度の人間が別な相手とくっついているはずだから、倍は存在することになる。
「防疫」という単語すら聞いたこともなく意味すら解らない人間に、今回のインフルエンザ騒動は「マスクは人に感染させないためにあるもの」という知識いや「常識」を多少なりとも伝えられたのなら、結構なことだと思う。

俺が今お世話になっている京大病院で、十年ほど前の輸血の患者取り違え事故が起きた。それ以降、同様の事故防止対策を話し合い、採血の際には必ず氏名を患者に言わせて確認をするようにした。そうしたら、劇的に院内事故が減ったと報じられていた。
そういえば、俺が京都へ来て転院してからも、採血の際は必ず氏名を言わされてきた。いいことだと思うし、逆に当然だと思うし、それが当然ではなかった時期があったことに驚く。それでも、あれほどの大病院になると、事故は劇的に減ったもののまだゼロではないという。
きっかけになった輸血取り違え事故は、幸い間違えられた患者さんの血液型が同じだったために大事故にならなかっただけで、もし違っていたら死亡していてもおかしくないほどのあり得ないミスだった。
それ以降、そのような「取り違え」のないよう、採血や静注(点滴)のたびに必ず氏名を確認することしたら、事故が減った…ということで、まあ結論だけ見れば「災い転じて」で、良かったと思う。

昨日見たテレビ番組によると、依然全国の病院で慢性的な看護師不足が続いていて、大変な状況にあると言っていた。そんなことはもうずっと前から指摘されていたことだが、医師不足と並んで解消されていない。かといっって医師や看護師も、足りないからと言って粗製濫造されても困る。
人出不足を解消しようと、医療機器のハイテク化が進んだ。しかし結果、その操作法や技術の習得が追いつかず、結果的に現場の人手不足と混乱を招くというマッチポンプ的な現象が起きている現場もあるという。
番組の中では二十代前半、まだ二年目の若い看護婦が信じられぬ過剰労働の挙げ句「過労死」したということも報じられていた。あまりのきつい勤務に、上の先輩がどんどん辞めていき、とうとうその二年目の看護婦が新人教育までやらされたという。
連日の手術立ち会いなどの過剰労働、残業に次ぐ残業の末、彼女は手術用のストレッチャー上でほんのひととき仮眠を取ったまま、亡くなったそうだ。不整脈が原因で、過労死と認定された。
病気に苦しむ人の助けになりたい。そう理想に燃え、看護師という職業を選んだ彼女は、その職業に殺された。娘を亡くした父親は「職業の選択を間違えた」と静かに憤っておられた。
京大病院で患者取り違え防止策として「その都度患者の氏名を確認する」という、今では当たり前に行われ効果をあげている方策が提案された時、実は現場の反発が大きかったそうだ。
「余計な仕事が増える」「ただでさえたくさんの患者さんを相手にしているのに大変だ」ということだったそうだ。ただ、もちろん、結果的には導入して良かったわけで、今ではそうした声はないというが、過酷な看護の現場で「これ以上仕事を増やさないで」と訴える真剣な声も解る。

ここで何度も書いてきた通り、連れ合いであった三津子も若い頃からあちこちの病院へ通ったり入退院を繰り返した。もちろん俺もその都度あちこちの病院に出入りをした。いい病院もあれば、クソみたいな病院もあった。いい病院なのにクソみたいな医師もいた。クソみたいな病院なのに、いい看護師さんや医師もいた。
結局、医師も看護師も「いい人」であるかどうか、だと思う。
これは四半世紀、健康な人が知らない経験を数多くしてきた人間の「実感」だ。
大きな病院はたくさんの患者を相手にしているところだから、安心だということもない。逆にヘンに場慣れしているから、採血の際あさっての方向を見ながら人の静脈に針を刺したりする人もいる。針を入れる角度が急すぎて、血管を上から下まで貫通させられたこともある。やられた人じゃないと解らないが、それはそれは腕が痺れるほどの激痛が走った。悪気がなく未熟なのは仕方がないのかも知れない。けれど患者は練習用のマネキンではない。
三津子ももちろんそういう経験は幾度となくしていたし、全て記録しているが、本気で看護婦に意地悪をされた病院もあった。悪気がなくてもしんどいのに、悪気があって向かってくる「看護婦」に、患者が太刀打ちできるはずもない。
何が気に障ったのか、あるいはストレスのはけ口か、点滴の針はわざと動きにくいところに入れられ、しかもその都度痛くする。鎮痛剤で日中うとうとして夜が眠れないと訴えると、「楽してるからじゃないのぉ?」と信じられないような嫌味を言われる。朝になれば刑務所のように強制的にカーテンをもの凄い音をたてて開けられ、心臓が止まるかと思った…などなど、今思い出しても心が痛む。
何がその「看護婦」をそうしたすさんだ気持ち、人格にしたのだろうか。過酷な勤務か、人間関係か、待遇か。何か理由があったのは間違いないだろう。「患者をいじめるために看護師を目指す」という劣悪な人間はそうはいないと思う。最初は皆「病を得た患者さんたちの助けになろう」と思って看護師を選んだのだろう。その看護婦はたまたま何かのストレスのはけ口を、おとなしそうな、文句を言えなさそうな弱った患者に向けた、ということだったのかも知れない。
その時は我慢し続けたが限界だと言い、三津子はその病棟の婦長さんにそっと打ち明けた。婦長さんはいい人で、その看護婦を叱ると一緒に憤ってくれたそうだが、もちろん、その後さらに陰湿で巧妙な「イジメ」に逢うことは容易に予測がついたので、やんわりとそれとなくお願いします、と頭を下げたと言っていた。
こう聞けばこの病院はクソみたいな病院だな、と思われるかも知れない。けれど、そこは三津子が一番多く入院期間を過ごし、何度もお世話になったところだ。いい先生もたくさんいらっしゃったし、お世話になった。
結局はその人その人の「資質」だろう。

左手の痺れに効果があるかどうか解らないが、めまい止めに貰ったセファドールと、以前貰ったビタミン剤を食後に飲んだ。明日は重篤な痛みがどこにもありませんように、そう祈るしかない。


1時過ぎ、お姉さんから電話があった。
送ったストラップが不在で持ち帰られ、その不在通知がポストの奥にあるので気付かず、今日受け取ったそうだ。それからお互い写真見ると辛くて…というような話をするうち、涙声になってしまう。
お姉さんは「近くに居れば慰めたりも出来るけど、それも出来ないし…」と言うので俺も「でも悲しいのはお互い同じですもんね」という。「そうよね、こっちも慰めて貰いたいくらいだからね」とお姉さんはちょっと笑った。
俺は愛する連れ合いを失った悲しみの渦中にまだある。
お姉さんはたった一人の妹を。
お母さんは自分より先に次女を。
ももちゃんやゆうちゃんは、母親を…。
その悲しみはこうして話し合うことで共有でき、その時その時の「癒し」になる。そのための涙は恥ずかしいことではないと思う。

お姉さんのところではお酒や陰膳はせず、花だけを絶やさないようにしているそうで、俺の方は花とお酒、陰膳をやってると言うと良かった、と言っていた。それは俺の勤めだし、俺自身のためでもある。何よりそうしていないと、俺自身がご飯を食べられないからだ。
お姉さんはブログで「枇杷の話」を見てくれたそうで、実がなったということに驚いていた。たった2年で、しかもあんな小さな苗木のようなのに実がなるなど、信じられないと。
「大事にしないといけないわね」と言うので俺も
「何かふたりの子供みたいに思えて…」と言うとまた涙声になってしまう。
お姉さんには、鉢植えやプランタでも育つからと、種を送ることにした。


ほかに何人の方からか「欲しい」というメールをいただいたので、お送りします。
枇杷は強い木です。冬に寒くなる地方の人はその間だけ室内に入れておけば、あとはそれほど手間はかかりません。けれどベランダでも日当たりが全く無かったり粉塵にさらされたり、クーラー室外機の熱風に常にさらされるような場所では枯れてしまいます。そう、かつての我が家のように。
「枇杷の木を植えると病人が出る」という迷信を言う人がいますが、逆で、病人が居るから、わざわざ枇杷を植えるのです。傷む患部に葉を湿布したり、種を煎じて飲んだりなど、枇杷に薬効があることは昔から知られていました。
愛情をかけてやると、たった2年で実が成るのです。
何の木でも花でもそうでしょうが、愛情をかけて世話をしてあげれば、応えてくれると思います。
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コメント

月命日

白取様、こんばんは。
月命日、私も京都に向かって手を合わさせていただきました。
以前書き込みさせていただいた時からずっと、
(時折涙ぐみながら)貴ブログを拝読しつづけています。

まったくもって差し出がましい言い草なのですが、
白取様が少しずつでもお食事されている記述を見つけるたび、
勝手にほっとしております。よくない読者ですね。

ところで、弁護士や税理士への相談について少し情報を。
もうどなたかがお伝えしているかもしれませんが、
自治体が月に1度~のペースで無料相談を受け付けている場合もありますよ。
時間制限(私が以前、利用した際は30分程度でした)があるのが難点ですけれど、
要点を整理して行けば、ネット上の「無料相談」よりいくらか有用な情報が得られるかもしれません。

京都はもう蒸し暑い日が続いているのでしょうね。
どうかどうか、お体ご自愛くださいますよう。

なお、このコメントは反映させずとも構いません。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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