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2009-06-08(Mon)

吉田アミさん「マンガ漂流者」

webDICE!の「骰子の眼」で『マンガ漂流者(ドリフター)』を連載されている吉田アミさんが、やまだ紫について3回にわたって書いて下さいました。

webDICE - 骰子の眼 - 『マンガ漂流者(ドリフター)』第3回:女性マンガ家の先駆け「やまだ紫」【前編】
webDICE - 骰子の眼 - 『マンガ漂流者(ドリフター)』第4回:女性マンガ家の先駆け「やまだ紫」【中編】
webDICE - 骰子の眼 - 『マンガ漂流者(ドリフター)』第5回:女性マンガ家の先駆け「やまだ紫」【後編】

三津子いや、やまだ紫が亡くなってから、彼女の訃報が新聞やメディアに掲載された後、色々な方からメールをいただいたり、当ブログにもコメントを寄せていただいて、本当に感謝しております。
彼女が亡くなったことが公になってから、すぐに主な検索サイトでやまだ紫のことを調べる日々が続きました。調べるというより、彼女がどう思われていたか、どう評価されてきたのかを、確かめたかったのです。
その中で、吉田アミさんの連載はすぐに自分も目に留めて、全て拝見しておりました。

実はここでそのことをご紹介しようかと、迷っていました。
色々な方がそれぞれに「やまだ紫」を悼み、慕い、尊敬をして下さり、また救われたと感謝をして下さっていました。そういう方々のサイトを逐一ご紹介するのは大変な作業ですし、漏れた方が出ればそれはまた変な誤解を生むでしょうし。

けれど先日来、複数の方から「ここにやまだ紫評が載ってますよ」と、吉田アミさんの連載を教えていただき、それだけたくさんの方が納得できる内容であるならば、では知らない方がおられれば読んでいただきたいと思いました。
自分が常々、やまだ紫について思っていたこと。書いてきたこと。声に出してきたこと。
そのほとんどが、整理されて、俺なんかよりももっと的確に書かれています。
たった一つだけ、俺が付け加えて言いたいことがあるとすれば、吉田さんに対してではなく、世間に、いや出版界・漫画界に対して
「生きているうちに、なぜもっと評価しなかった?」
それだけです。
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コメント

御礼申し上げます。

吉田アミ様

こちらこそ、わざわざコメントをお寄せいただいてありがとうございます。
吉田さんの3回に渡るやまだ紫論と、このコメントで、もうこれ以上自分が何も言う必要はないというほど、じゅうぶんだと感じました。

90年代の「ガロ」につては、やはり97年の「事件」の影響があって、アンタッチャブル的な扱いを受けています。
このことも何度か述べていますが、新資本が入ってから数年のうちに、瀕死だった「ガロ」を部数的にも立て直した功績は大きく、また「コミックCue」や「エロティクス」などの流れの源流にもなったと思います。
元々「ガロ」は80年代後半から90年代にかけて「サブカルチャー」的なものの元締として存在感はあって、単なる漫画誌とは見られてなかったですよね。大手コミックの世界しか知らない人が勝手に「あの時代は死んでいた」と思っていただけで。
「ガロ」で先駆的な作家が作品を発表する、それを中資本クラスが自由に起用しギャランティを払って支える、それから大資本=メジャーが商売に乗り込んでくる。
こういう構図、つまり経済みたいな部分と「創作」をリンクして考えると、また「ガロ」の違った側面が見えてきますね。
これほどのネット社会まではさすがに予想しきれなかったとはいえ、96年はじめから、マンガもネットやデジタルで見るようになると確信して実践しようとしていたのも、(「デジタルガロ」が部数拡大で失敗に終わったとしても)誇っていいことだと今は確信しています。
そのあたりのちゃんとした総括をきちんと俯瞰して行われていないのが、心残りですよね。
外部の人がやるとだいたいが「憶測」とか「想像」が入って、頓珍漢な論評になるものですし、実際「事件」のことに何も触れずに「ガロ」の休刊を「時代の流れ」と総括する「研究者」が多いのにも驚かされます。当事者というか生き証人の片方にだけ聞いて「事件」を「総括」するって、昨今話題の冤罪造りの構図と同じじゃないかとさえ思います。

吉田さんが90年代の「ガロ」を読まれていたということには大変驚いておりますが、であるがゆえに、そこから昔の「ガロ」や「COM」へたどるという方法が出来たのかも知れません。
「COM」は知っていて、同時代の「ガロ」は知らず、そこから無理矢理現代へ時系列に持って行こうとすると、ぼろぼろと落っことすものがあるような気がします。
「やまだ紫」の作品は、そうやってぼろぼろと落として行っては決していけないものですし、そのことをこの時代に再認識させて下さって、本当に、心から感謝申し上げます。

やまだの写真も笑っています。

ありがとうございます

白取千夏雄さま

はじめまして。吉田アミです。
ブログで連載をご紹介していただき、ありがとうございます。
こちらから連絡するのが筋だとは思っていたのですが、
いろいろ考え込んでしまい連絡が遅れてしまい申し訳ありません。

白取さんのブログを読まずに執筆したので(書き終えてから答えあわせのように一気に読みました)、
「納得」していただけたという言葉にほっと胸を撫で下ろしております。

私は白取さんが編集をされていた90年代の『ガロ』を愛読していたので、
やまだ紫さんの作品にも当然、触れていたのですが、当時はまだ高校生ということもあり
読み込めていなかった部分が多々あったこと、今回執筆するにあたっていろいろ発見がありました。
それは幸福な読書体験でした。

もともと連載をはじめる時に、「女流作家」の系譜については書くつもりでおりました。
少女マンガではない女性マンガというと、岡崎京子、内田春菊、桜沢エリカを上げる人が多いのですが、
当時を知っている自分からすると若干、違和感がありもやもやしていたので、まず岡田史子だろうと思い、
『COM』→『ガロ』を調査しました。

そして、雑誌でやまださんの作品を見て驚きました。
少年マンガ、少女マンガ、劇画しかない時代にあの作風ですから、まるで未来から来た人が描いたみたいだな、と思いました。

この作品をきちんと「評価」できた手塚治虫さんも凄いと思いました。これは想像ですが、手塚先生は男性マンガ家に対しては、嫉妬心が湧くけど女性作家に対しては素直に「凄い!」と思えたのかもしれないな、などと思いました。

なので連載では単行本だけで読んでいる人や当時を知らない若い人にも届くようにと苦心した結果、どんどん長くなっていってしまって……。

90年代の女性向けマンガというのは、こういっては何ですが、女性が女性の内面を描くだけで価値があったので、今読むとつまらない作品が多いんですよね。でも、やまださんの作品は、まったく色あせていない。
むしろ、2009年の現在こそ読まれるべきだし、現在の読者の価値観に合うと思います。

やまだ紫さんをきちんと評価できなかった件は、おっしゃるとおり、
出版社や批評家の怠慢ももちろんあるとは思うますが、それほどやまださんが時代を先取りしていて、
凄かった証でもあると思います。
あと、もう一つ理由があるとすれば、90年代に女性マンガ家が急増し、過剰に評価されたゆり戻しがあったせいではないかと。やまだ紫さんを正しく評価するなら、「私マンガ」や「ヤングレディース」と同じに読んではならない、というのが調べて、執筆してみて分かったことでした。

なのに作品がすぐに手に入らないというのがもどかしくて仕方ないです。
今の若い読者にこそ読んでほしいし、私のように大人になってからもう一度出合ってほしいと切に願っています。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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