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2009-06-11(Thu)

わすれな草

6月11日(木)

夕べは12時過ぎに薬を飲んで上へ上がった。シマが寄ってきたのでなでてやると、ゴロゴロと喉をならしながら、俺の腕にズシリと体重を預けてきて、しばらく腕枕をする格好になる。しかしその間ずっとユキが下で鳴いており、なかなか上がってこない。しょうがなく降りて行って止めさせる。
そして寝るタイミングをまた逸したので、ベッド脇の本棚を整理し始めた。東側の壁面に並べた本棚は、部屋の中央に積まれた二人の本の段ボールを、とにかく片端から開けては突っ込んでったものだ。いらないものも当然あるが、選別は後だと勢いでやった。
ベッドを挟んで反対側・西側にはガラス戸つきのやや大きな本棚が二つ並べてある。これは一人ずつ、大事な本や残しておきたい本をしまうために置いたが、結局未整理のまま雑然としている。
ここ数日、三津子の著書を押し入れや納戸で見つけては、階段の下に集めておいた。階段を上がるたびに一つずつ運んだその本の束や箱を開けて、この本棚のガラス戸の中に納めていく。

またこうして改めて並べてみると、三津子の本の残りが本当に少ないことが解る。二つの本棚のガラス戸部分をほとんど三津子の保存用の著書を並べて整理を終え、いったん下へ降りて手を洗い、薬を飲んでからベッドに戻って電気を消した。1時半ころだったか。

今朝は8時前に目が醒めた。
8時半ころ起きるとユキはもうベランダ側の窓のところに乗っかって、いつものようにじっと外を見ていた。今朝は曇り、比叡山はガスっている。
それから下へ降りて朝のルーティンを済ませ、半袖シャツだけを羽織って下へ降りて新聞を取って戻る。

朝は食べず、昼前にずっと冷蔵庫に入れっぱなしだったざるそばを食べた。いつ買ったのかもう覚えてないが、賞味期限を見ると「11日」だったので食べた。最初麺を持ち上げると全部くっついていたので、流水でほぐして水を切ってから食べたが、「本わさび」と書いてある小さなパックがついていて、つゆにネギを入れてわさびをつけると、プンと本わさのいい匂いがした。そばも「スーパーで売ってる弁当パックみたいなやつ」にしては食えたが、空腹だったせいだろうか。

その後メールをチェックすると、ブログにコメントが入っていた。「WebDice」でやまだ紫について3回に渡って異例の連載を書いて下さった、吉田アミさんからだった。

吉田さんの「やまだ紫」論は、これまで読んだ中で一番、俺にとっては納得がいくものだった。なぜなら、知り合いが書いて下さったものと違い、やまだという個人の人となりへの過剰な思い入れがなく、それでいて描かれた作品からちゃんと個人像までを的確に捉えている。(過去に、佐野洋子さんがそういう「見透し方」をされたと思う)
それと「私マンガ」「私小説マンガ」と呼ぶことをきっぱりと否定し、その愚を論理的に明かしてくれている。単純に90年代前半の「女性作家」いや「女マンガ」ブームの元にあるとか、もしくは愚かにも少女漫画の系譜上の端っこに置くという「大変な誤解」もない。この誤解というか錯誤はけっこうな「評論家」や「マンガ読み」を自称する人たちも陥っている落とし穴なのに、そういう部分もきちんと「ガロ」や「COM」を読まれた上で正しく捉えている。
吉田さんは90年代の「ガロ」の読者でもあったというから、つまりは、女性が女性であることをある意味「売りに」して、作品をどんどん自由に描けるようになった状況を、リアルタイムで見てこられている。
むしろそこから逆に時間を遡ることで、我々よりも上の世代が00年代までを含めてうまく捉えられない「女性作家の系譜」の全体像を見事に捕まえたのだ、と思う。
だから、これからは吉田さんの「やまだ紫論」を参照して貰えれば、俺にはもう何も付け加えることはないと思った。

その後、三津子が倒れてからの日記が膨大に長くなってきて、何がいつあったのか不明になってきたので、以前のようなエクセル形式の日記にしようかと、まず一日一日をテキストファイルに分割し、日付名で保存していった。
けれど途中で、この一日だけでも膨大な量のテキストをセル一つに貼り付けられるのかと思い、やってみると果たして許容量を超えていた。かといって途中でやめるのも何なので、黙々と作業をする。
三津子が倒れて数日の間のテキスト量は20kb〜30kbくらいだった。日本語は一文字2byte、単純計算で毎日10000〜15000字書きまくっていた。「書く」というよりはパソコンで打ちまくっていたのだが、もし、あの時、俺がこの記録という手段が無かったとしたら、本当に頭がおかしくなるか、後追いで自殺していた。


その後、野菜が不足しているので自転車で買い物に出る。今日はうす曇りで雨はないが、その分蒸している。時折日が射すと暑い。
いつもと違うスーパーへ行き、野菜や果物を物色する。
そうだ、イチゴとレモンを買って、いつも二人で飲んでいたいちごジュースを作ろう、と思った。それらをカゴに入れて、あとは晩飯用の総菜などを二日分ほど買い、レタスをまるまる1つ。
それから改めて買い残しがないか、総菜売り場を「三津子の好きなものはないかな」と思いつつ見ていると、何とカリカリ梅の小パックがあった。
びっくりした。京都のスーパーで普通に売っているのを初めて見た。関東なら当たり前に売ってるが、こちらではたまに弁当の真ん中にちょこんと乗っかってるのがあるかないか。梅干しと言えば本場はこちらだし、大粒で果肉の柔らかいものが上ものだ。それはそうなのだが、人には好き好きがある。本物のラーメンが食べたい時もあれば、チープなカップ麺の味が欲しい時もある。
三津子はカリカリ梅が好きで、よくあれを前歯でカリコリと噛んでいた。刻んでご飯にまぜたりもした。京都へ来てから何度も「カリカリ梅、売ってないなあ」と言って探していた。
こんな近くにあったとは…。思わずその小さなパックをカゴに入れた。
何となく嬉しいのと泣きそうな気持ちでレジへ向かい、清算して出て、そのまま帰宅。
ポストには俺がヤフオクで3000円ほどで落とした筑摩の作品集5巻(『性悪猫/鈍たちとやま猫』)と、DMMから「グリーンマイル」「ツインズ」のレンタルDVD、ももちゃんの旦那のご両親から、ストラップへの御礼のハガキが届いていた。
レンタルの映画は、夜にせめて時間を潰すものが欲しくて、借りたもの。シュワちゃんの「全盛期」、コメディとアクションを交互に演じていた頃のは他愛もなく純粋に楽しめていい。『グリーン・マイル』などトム・ハンクスの映画は夫婦ともに好きだった。

部屋に戻り、いろいろな雑事をこなし、そうして夜になると、どうしてもまた考えてしまう。
本当に三津子は俺と一緒に暮らして幸せだったのだろうか。

わすれな草こないだ箱を整理していたら、どこからか植物の種の袋が出て来た。ずいぶん昔に買ったものだと思う。
「わすれな草」の種で、裏を見ると
「花言葉…私を忘れないで」と書いてあった。
それを見て号泣した。忘れるわけ、ないじゃないかと。
それどころか、俺は後悔と自責の念で毎日君に謝っては泣いている。
確かに君が倒れることを正確に予知することは出来なかったし、あの状態ならどこへ運び込んでも助からなかっただろう、と医師も含めてたくさんの人が慰めてくれる。だからそれは「運命」であり、仕方が無かったのだと思うしかない。
でなければ生きて行けない。
けれども、一緒に暮らしていた時間、ほんとうに俺は君を幸せにしてあげられたか。
それを考えると、申し訳なく、悲しく、辛くて仕方がない。
去年の夏くらいからの日記を見ていくと、けっこう細かいケンカもしている。もちろん口ゲンカで、それもすぐに普通に戻るのは、長年夫婦をやってきたからだ。なにしろ、京都へふたりきりで来てしまって、ガス抜きをする相手もお互いふたりきりだ。
「私があなたの病気でどれだけ辛い思いをしているか知ってるの」とあなたは泣いた。
俺も「俺は自分がこんな病気だということだけで辛いのに、そのことを辛いと言われたらどうしたらいい」そう言って涙が出た。
こんな出口のないケンカをして、たった二人しかいないのに、家の中で無言で過ごしたりした。
今なら土下座をしてでも、俺が謝って許しを請う。全て俺が悪いに決まってる、許して貰えるのなら何でもする。そう思っても、もう遅いのだ。
「わすれな草」の種の袋には
「特徴 花は小輪で可愛く、紫色の美しい花です。」とも書いてあった。
何年前のものかももう解らない。なぜ彼女はこれを植えなかったのだろう。詩や漫画などにはよく、彼女が花や草木を愛でる描写が登場するが、作中のああいう描写は彼女の願望も多分に入っていた。可愛らしい花の小鉢を買ってきて「綺麗ね」と言って水をあげたり世話をするのが好きだったのに、不思議なことに俺たちが暮らした環境がひどかったのか、ほとんどがその甲斐もなく枯れた。
たまに緑が育っても、彼女が入院したりすると、その間の世話がおろそかになって、枯れてしまったこともあった。それは、俺のせいだった。
結局京都へ転居する前の住まいはその全て…つまり環境と彼女の病気と俺のズボラが連鎖して、まるで花を買ってきては「殺している」かのような気持ちになった。「もう鉢を買ってくるのはやめよう」と話し合った。
強い枇杷の苗木でさえ、葉を出した後は倒れんばかりに弱ってきた。けれどもここでも書いたように、京都へ引っ越してから、枇杷の苗は立派に実をつけた。
「わすれな草」も、ここ京都でなら育つかも知れない。
でも、
「私を忘れないで」
そんな花言葉の花を、君を失った後にを育てるなんて耐えられない。花に水をやるたびに自分の目からも水を出すなんて、シャレにもならないじゃないか。それに、俺は花を見る度に思い出すのではなく、俺は君のことを絶対に忘れない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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