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2005-03-30(Wed)

★最近の読書★吾妻ひでお「失踪日記」

失踪日記

イースト・プレス

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 ようやく注文しておいた「失踪日記」が届いた。
 届いてすぐに読み始め、あまりの面白さにイッキに読んでしまった。最近の若い人には吾妻ひでおという漫画家がどういう位置づけなのか知らぬが、我々の世代にとっては極めて重要な漫画家さんである。(「失踪日記」には吾妻さんの漫画家としての歩み…自伝的な漫画も描かれているから、知らない人は読んでみるといい)

 本書には吾妻さんの、アル中〜漫画連載を放り出しての失踪〜ホームレス生活〜ガス配管工時代〜漫画家に復帰してから再度の禁断症状〜強制入院…という壮絶な体験が、あの軽妙な筆致で明るく「漫画で」描かれている。そのおかしさに時折爆笑を禁じえない箇所も多々あったほどだ。
 だが、最初のページで吾妻さん自身が書いておられるように、これらの逸話は全て意識的にポジティブに描かれているのだ。「リアルに描くと辛すぎるから」ということであって、現実にはそれこそ「筆舌に尽くしがたい」日々だったと思う。さらに、ご家族にとっても地獄の日々であっただろう。「アル中は精神依存から肉体依存に移行した時に不治の病となる」という一文はズシリと響いた。
 この業界、アルコール依存に陥る作家さんは非常に多い。担当の信頼を失い連載を無くし、家族さえも失う…そして失意のうちに体を壊し、早すぎる死を迎えた人もたくさんいる。創作という自己を削る作業を常に続けることが、時には逃避に、時には潤滑油に、燃料に…と酒への依存へ向わせるのだろうか。
 実は俺も、ごく近い人にアルコール依存の人がいた。その人は俺の先輩で、公私ともに本当にお世話になった人だ。手取り足取り仕事を教えてもらい、私生活でも、年齢が八つも上だったにも関わらず、親友のように家族ぐるみで付き合っていた。歌舞伎にも一緒に行った、落語にもでかけた。ライヴも見に行ったし、飲みに行った回数は数え切れない。
 彼も酒が好きな人だった。俺とて嫌いではないし、当時は若いからいくらでも飲めた。だが十年ほどしたある日、「調子悪くて医者行ったらガンマが(γ-GPT)が400あってさ、このままだと入院って言われちゃったよ」と悪びれもせずに言われた。通常の十倍近い数値だ。「このまま習慣的な飲酒を続けると、間違いなく肝炎、肝硬変ときて、肝臓癌になる」と言われたそうだ。
 けれど、彼は飲酒をやめなかった。
 そのうちしょっちゅう遅刻するようになり、仕事中に酒の匂いがするようになり、さらにはたびたび欠勤することも増えた。そうして別会社の知り合いに「○○さん、そこの公園のベンチで酒飲んでたよ」と目撃されるに至って、職場を追われるように退職していった。
 退職する直前、取材の担当だったにも関わらず会社に出てこない彼に、先輩である女性社員が電話をかけた。彼女が「酒飲んでんのか!?」と詰問すると、なんともすっとぼけた口調で「ちがいまぁ〜す」と言ったそうだ。彼女は電話のあと、その口調を真似て「ちがいまぁ〜す」と言って皆の爆笑を誘った。極限状態は、時折周囲の人間から見ると滑稽なこともある。そして間もなく、彼は会社を去った。
 日中から明らかに酒の匂いを漂わせ、ロレツはまわらず、記憶も飛び、論理的思考がうまくできずに話がかみ合わないこともしょっちゅうだった。そんな状態ではとても会社勤めはできない。

 その後ずいぶん経って…五、六年経っただろうか、突然彼から自宅に電話があった。
「久しぶり、こないだ会社時代の夢見ちゃってさ、懐かしくなってどうしてるかと思ってさ」
 電話の向こうの彼の口調は、やはりロレツが怪しかった。飲んでいるのかは怖くて聞けなかった。断酒に成功して、今は契約社員としてどこそこで働いている、と言っていたが。
 彼が酒で転落していく間、俺は友人としても同僚としても、何もしてあげることが出来なかった。それどころか、自業自得だ、堕ちるところまで堕ちないと本人には解らないと、職場のみんなで傍観していた。それが今、残念だし申し訳ない気持ちで一杯だ。あれほどお世話になり、仲良く遊んだ「親友」だったのに。酒は、本当に怖い。

 それにしても、吾妻さんはアル中状態で執筆していた頃の絵は荒れに荒れ、「どうやらもうダメらしいよ」と囁かれていたのが実際。それが、本書では全篇、往年の筆致が甦り、巻末のとり・みき氏との対談でとりさんが驚嘆しているように、ホームレス生活中に朝目が覚めたら一面雪…というパノラマシーンは感動ものだった。何より、全篇を独特のギャグで覆い尽くされているところが嬉しい。つまりは、自らの転落の過程という「極限状態」を「滑稽に見せる」こと、すなわち客観視しエンターテインメント化しているということだ。
 吾妻ひでお、完全復活である。
 もちろん、このまま断酒が続けば、の話だ。一ファンとしても、それが続くことを祈ってやまない。
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コメント

めでたい!

日本漫画家協会賞って「?」という選考が(以下自主規制)…、今回のあじま先生の受賞はめでたいですね!
http://www.yomiuri.co.jp/culture/news/20050511ic21.htm" target=_blank>http://www.yomiuri.co.jp/culture/news/20050511ic21.htm
「失踪日記」は凄い反響で、売れ行きも好調、10万部も近いと聞きました。過去の作品の再評価も、若い人に読み継がれていくであろうことも、作家にとってはいいことづくめだと思います。
筒井康隆の初期のハチャメチャSFとかの匂いがする作品もいいんですよね…
筒井SFは兄貴に教えられて中学生の頃にはまりました。星新一、小松左京、石川喬司、平井和正、豊田有恒…あと横順とか読みまくったなあ。ってあぢま先生から話が逸れた。

祝!大賞受賞

本書であじましでおさんは、漫画家協会賞大賞を受賞したと、5月12日の朝日新聞に出ていた。
オールドファンとしては、感慨深い!!

裏失踪日記

裏から読むとはナカナカのテダレ(?)ですね! 何と言っても本編が面白すぎますのでゼヒご覧ください。
「芸術新潮」、見てませんでした。見てみよう…

「裏失踪日記」

はじめまして。
まだ、「裏失踪日記」しか読んでません(笑)
「芸術新潮」で見た、小金井公園に立つあじましでおの姿は悲しかった。

お酒には…

気をつけましょう(笑)。
いや笑い事ではないか…。「あの軽さで表現できる」というところがまさしく吾妻さんの吾妻さんたる所以なので、そうした相対化・客観視が出来ていることで、本当に今後の作品、それは創作ですが、楽しみであります。

私も

読みました。
重たい話なのに、あの軽さで表現できるって凄いですよね。

それからこの日記に、感動しました。
お酒には気をつけます。

Re:あああ!

当時の「ガロ」を読んでいた人なら、想像がついちゃうかも知れないですね…。でも正直な気持ちです。ずっと胸につかえていて、今でも気がかりなんで。
あと毎月の4コマは凄い楽しんで描いてました。後でプロの作家さんにまで「似顔絵がそっくり」と誉められて嬉しかったこともあったなあ。

Re:Unknown
いや、感動は「失踪日記」を読んでしてください。吾妻さんは日本のサブカル、オタクの系譜上その始祖にあたるような人ですが、「アル中から復帰した人」とかブームになって変な色を付けられるのはどうかと思いますが。

Unknown

なんか最近一番感動シタ書評かも

あああ!

白取さんが書かれた「先輩」とは、あの人ですね!?
「ガロ」の編集後記の白取さんの4コマ漫画「ガロな人々。」でもよく登場していた。。。
知らなかった。。。そうだったんですか。。。なんか読んでいて泣けてきました。。。「失踪日記」、僕も書店で買って読んでいましたが、笑ったり、泣かされたり。。。(警察でオタクの刑事が「先生ともあろう方が!」というような場面では何故か泣けました)
アルコールは怖いですね。。。僕は下戸に近いので、酒に溺れようがないので今のところは心配ないですが、何かこうやりきれない気持ちになりました。。。
「ガロ」に白取さんが連載(?)されていた4コマ、凄い好きでした。長井さんの似顔絵とか、くだんの「先輩」さんの似顔絵とか、青林堂に本を買いに行った時にあまりにそっくりだったので凄くびっくりしたのを鮮明に記憶しています。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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