--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2009-06-12(Fri)

遺影と遺品を壁際へ

6月12日(金)

夕べはダビングした「ツインズ」を見て、その後はテレビでニュース、寝たのは12時過ぎ、今朝は6時前から目が醒めてうとうとを繰り返す。5時間ちょっとしか寝られないのはやっぱり辛く、なかなかベッドから起き上がれない。寝返りをうち、醒めては浅く眠るのを繰り返す。結局起きたのは9時半。
三津子に線香をあげて花を整えたりしてから、三津子が大量に残していった注射針の箱をまとめる。仕事部屋の後ろの箱にごっそりあったインスリン注射用の針の箱と、衣装部屋にも血糖値を測るセンサー、ソファの後ろにはテスターと採血用の針の箱。結構な量だ。こういうものは勝手にゴミに出すわけにはいかないので、医療廃棄物として病院などで廃棄して貰わねばならない。
打った後の使用済みの針なども、ペットボトルのようなものに溜めておいて、通院の際に病院で捨てて貰っていた。今まとめているのは、未使用の針で箱入りのものだ。
これらは三津子が三度三度食事の前に超即効性、寝る前にはゆるやかな効き目のインスリンを打つための注射針と、その都度血糖値を測定するためにセンサーにつける血を出すための針だから、かなりの量が毎回出される。
けれどもそこは人間、忘れることもあり、センサーなどは毎回測定できない環境もあったりして、途中からかなりダブついてきた。けれども主治医に「これこれは今うちにまだあるので少なめで」と言っていいのか解らず、そのまま処方され、いつもどっさり下げて帰って来た。そういうのがちょっとずつ溜まって、大変な量になったわけだ。
注射時に使う消毒用エタノール綿は、俺も免疫力が弱っているので何かと重宝するから、十数箱あるのはそのまま置いておくことにした。
先日I内科へ行った時に針のことを聞いたら持って来てもいいと言っていただいたので、袋に詰めていく。

あと昨日お姉さんに電話で頼まれた三津子の戸籍謄本のコピーをとるのでファイルに挟み、それらとゴミ袋を持って一回下へ降りる。ゴミを出してからI内科へ入ると、三津子の本を買ってくれたという事務の人と看護婦さんが居たので、「こないだお話しした針なんですけど…」と言うと「あ、お預かりして処分しますよ」とすぐ解ってくれる。しかしその量を見て驚かれたようで「けっこうありますねえ」と言うので、「京大に通っていた時のがけっこうありまして…。あと三度三度打たないといけないのが抜けたりしたのが溜まったりとか…」と言うと「ああ〜」と言って、「処分しますから大丈夫ですよ」と言っていただいた。
礼を言って内科を出て、それからコンビニで三津子の戸籍謄本のコピーを取る。合計5枚。
「死亡」とか「三津子」という文字を見るだけで一瞬悲しみが溢れそうになる。そこを堪えて淡々とコピーを取り、弁当と文春、飲み物などを買っていったん戻る。
それからコピーに添えるお姉さんへの手紙を打って出力してから、コピーと手紙、DMMのレンタルDVDの返送を持って今度は自転車で出る。

今日は本当に梅雨なのかという日射しで、暑い。
郵便局でまずDMMの返却を投函してからエクスパックを5枚買い、近くのテーブルで持って来たコピーと手紙を入れて封をし、メモしておいたお姉さんの住所を書き入れて、カウンタ横のポストへ入れた。
それからスーパーへ行き、夜の買い物をするが、やっぱり三津子の好きそうな総菜をどうしても選んでしまう。心の中で「これ食べる?」とか「あなたこれ好きだったね」とか。それから昨日買い忘れたイチゴジュース用の牛乳。久しぶりにパンも3枚入りのを買った。
買い物をして袋詰めをしてから、花屋へ行き、こないだのユリの色違いのを買った。あとガーベラが鮮やかな赤オレンジ色で綺麗だったので2本。ユリは黄色のやつで、まだ開いていないのにした。家のうす桃色のユリは次々に開き、もう一週間も持っている。だから色違いで時間差にしようと思い、わざと閉じているのを選んだ。
他の花を見るが、白いバラはしおれてくると茶色や黄ばみみたいになって可哀想なんだよなとか、これは粉が落ちるやつだとか、この花は日持ちしないんだよな…などと切り花にすっかり目が肥えてしまった。
花を選ぶのってこんなに楽しいことなんだな。今さらそう思っても「綺麗ね」と喜んでくれる三津子はもういない。
家へ戻って着替えてすぐ、新しいユリとガーベラを花瓶に加えた。綺麗だね、と言って写真も撮った。

お姉さんに1時頃、謄本のコピーを送ったとメールする時に花と三津子の遺影を撮影して添付すると、返信に「うちの三津子です」といって、写真が添付されてきた。白い花に囲まれ、あの銀閣寺で井坂さんたちと四人で撮った笑顔の三津子の写真と、俺が送った丸い三つの写真と絵の額が並んでいた。その周りは花だけでなく、ガラスや小さな小物も置かれていた。
うちは遺影の前に思い切り線香立ても置いてあるし、思い切り「ご仏前」だけど、お姉さんの方は明るくて何だか三津子が楽しそうにさえ見える。「仏前ぽくなくていいですね」と返信した。

それから4月30日の日記をなぜか開いて、あの辛い日々と光景を思い出しては嘆いていると、後ろで「カチンカチンカチン…」と音がした。猫のトイレの砂というか丸い球がフローリングで跳ねる、耳慣れた音だ。
「ああ、猫が来たな」と思って振り返ると、誰もいなかった。確かに球が跳ねた、猫がトイレから出て来た時に手や足にひっかかって飛んだのが床に跳ね返る時の音。おかしいなと思って、そういえば猫のトイレ掃除を忘れていたことを思い出す。
夕べ寝る前に「あ、トイレ…」と思ったのだが、明日の朝やろうと思ってそのまま寝てしまった。それほど汚れてはいなかったが、それでも猫にしてみれば嫌だろう。
こないだ買っておいた、使い捨ての透明な薄いビニール手袋をして、ユキがいつも外に飛ばすので置いてある尿で汚れた新聞紙をまず外し、床を拭く。トイレ手前に置いてある足ふき代わりの尿専用薄型トイレというかマットの外枠を拭いて、中のシートを取り替える。
トイレ本体の透明カバーはユキの尿だらけなので、洗剤をつけて丁寧にこそげ取るように拭き、上に跳ね上げ、それからトイレのウンコをシャベルでゴミ袋に入れていく。これは二段の引き出しになっていて、尿は下へ落ちて吸収シートが吸い取るようになっているが、それを引き出すと尿でびちゃびちゃになっていた。
そういえば3日ほど取り替えてなかったか。もの凄い臭いがしてぐっしょりと重いそれらを袋に入れ、洗剤をスプレーして丁寧に拭き取る。一段目のメッシュから漏れた猫砂=直径4〜5mmくらいの丸い球(消臭とか乾燥の役目をする球も混じっている)にも尿がしみこんでいるので、それらも取り除き、新しいシートを薄型のを敷いてから、厚手の「一週間取り替え不要」というのを手前と奥の2枚敷く。これでも二匹いると一週間どころか3日でぐっしょり、この有様だ。
そうしてようやく本体の下に新しい新聞紙を厚めに敷き直し、足ふき代わりの尿取りマットを置いて、立ち上がった。中腰というかしゃがんでずっと作業していたので立ち上がるとギシギシと体中が痛い。けれどもう俺しかやる人間はいないし、三津子が生きていた時だって、重労働なのは同じだから、よほど体調がひどくない限りは俺の仕事だった。
あちこちに散らばった球をほうきでかき集めて捨て、最後にサッシのレールに挟まっている球をハンディ掃除機で吸い込み、ついでにそこらの綿埃状の猫の毛も吸い取る。一通り終わるともうヘトヘトだ。
猫二匹の世話でこれなんだから、小さい子どもが二人だったら。三度三度の食事の世話やお風呂や何やで、自分のことなどどんどん後回しになって、ろくに出来るはずもないと思う。若くて健康で、そして子どもへの愛情があるから、子育てが出来るのだろう。ただそれが健康とは言えない女がたった一人でだったら、どうだろう。安定した収入のない、才能一本で食べていかねばならない仕事だったら。何をしても、思いは三津子のことへ向かう。

壁際に写真を移動そして思い立って、テーブルの上にずっと置いてあった小ダンスとその上の線香立てや遺影、周りにあった花瓶や三津子の化粧道具などなどを、思い切ってテレビ台の上に移動させた。
お姉さんのところの三津子の写真を見たこともあって、家のリビングの上に小さいとはいえドンと桐の小ダンスが置かれて遺影があり、その周りに線香立てや花や写真が置いてあるのも、考えてみれば異様な光景だ。
なのでテレビ台の上、テレビを載せてあるのより一段高い左側に、今三津子の好きだった小さなガラス工芸品や小物を入れたアクセサリボックスとその両脇に招き猫が居る場所をちょっとずらして、アクセサリボックスの隣にテーブルの上にあった小ダンスを移動させた。
その上に遺影を置くと結局ご仏前ぽくなるので、三津子が好きだったアクセサリボックスの上に遺影と、小さな陶製の狛犬ならぬ「狛猫」を並べた。「仏様」への水も遺影の前に置ける。
隣の、これまで遺影を載せていた小ダンスの上には招き猫二対と花瓶、三津子の化粧道具と遺品のシステム手帳を置いた。
小ダンスの中にはもともと、彼女が好きだったアクセサリやジュエリー、遺品などを収めてあるから、これで全てが一カ所にまとまった。さらにその手前に、色々な方からいただいた手紙や弔電、ハガキなどの束を置いた。
線香立てはアクセサリボックスの下側へ置き、テーブルの上は俺が差し向かいで飲む時の小さな写真立てだけになった。
テーブルの上が広くなった。別に狭くてもいいのだが、三津子の遺影や遺品関連が壁面にすべて移動したことで、気持ちをそこへ向けやすくなった。そこへ向かうと、三津子のものが揃っていて、写真も線香も遺品も、そしてご先祖様の遺影も仏様も全てが見える。
カメラで写真も撮った。
それから、テーブルの上の三津子があの白浜の旅館で浴衣姿で小首を傾げてご馳走を食べている写真をじっと見た。
額が小さいな…と思い、その写真をA4弱くらいの大きさに出力して、大きめの額に入れ換えた。そしてその前に改めてお茶を置くと、本当に差し向かいのように思えるほど、大きくなった。これでいい、これでまた君と向かい合ってご飯が食べられる。
そう思って6時過ぎからまた晩の支度をした。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。