--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2009-06-14(Sun)

咳しても一人

6月14日(日)

夕べは11時過ぎに二階へ上がった。例によって夜も気温が19℃と下がらず、二階は熱がこもっていて暑い。クーラーをタイマーで、足元には送風機をやはりタイマーでつけていったんテレビをつける。
そのまま寝てしまったようで、1時ころ朦朧としたままテレビを消して寝た。2時過ぎから何度か目を覚まし、朝は6時前にはまた目が醒めた。どうも最近眠りが浅い。変な夢もたくさん見た。
それから頭が冴えないまま、ベッドの上で姿勢を変えながら寝ようと試み、結局8時半過ぎに起きる。
朝のルーティンを終え、花瓶の水を取り替えようとすると、薄紫のユリの花びらがぽとぽと、と落ちた。それでもまだ二輪も咲いている。三津子の月命日だと勘違いして4日に買ってきた花だから、もう十日も持っている。もう一つの新しい黄色いユリの方はまだつぼみのままで一輪も開いていない。うまいこと色違いで咲くのを見たいのだが。

今日は薄曇りで日が射している。このところ朝はカラスがうるさい。あちこちに家庭ゴミが収集までの間、けっこう長く放置されているので、確実に去年あたりより増えたと思う。こないだなんか、早朝に新聞を取ろうと玄関を出たら、あちこちのマンションの一番上の給水塔の上に巣があるらしく、点々とカラスがいるのが見えてギョッとした。何せこちらも6階なので、けっこう近いところにいるように見える。

朝はイチゴとレモンの残り半分でイチゴジュースをまた作った。イチゴは半分凍っていて、ミキサーでジュースにした後は冷たくて美味しかった。三津子にももちろん、ワイングラスであげた。
その後はBSでシアトル対コロラドのインターリーグ。雨で順延している間、野茂がここで達成したノーヒットノーランの試合のダイジェストをやっていた。
それから試合が開始され、ベーコンと目玉焼きを焼き、レンジで野菜スープを温め、トーストを焼いてバターを塗って食べた。

午後は休み休みながら、ずっと仕事をしていた。

その後夕方6時を過ぎたので、支度をする。麻婆豆腐の下ごしらえに豆腐の水は切っておいたので、まずは野菜不足なのでレタスをオイスターソースで炒めようと思ったらオイスターソースが切れていた。しょうがないので中華鶏ガラスープとガーリックパウダー、塩こしょう、紹興酒で軽く炒める。それからその余り汁を少し足して市販の麻婆豆腐を作り、あとは三津子の卵豆腐と梅干しを用意し、酒とビールで乾杯。写真もいつものように撮った。もう日々のルーティンのようなものだ。
ご飯だけ自分のを作るなり弁当なりで済ませて終わりでもいいが、三津子が寂しいだろう。陰膳というよりは自分のためでもある。写真と差し向かいだと、なぜかもりもりと食べて飲める。日中はいい加減なものしか食べられないのにな、と思う。

その後ももちゃんからメールで「車は大きいのに買い換えたから乗れるよ」「忘れてるわけじゃないから」とメールが来る。「毎日仕事をしているとどうしても…」みたいなことも書いてあって、苦笑する。いや、仕事はこちらもしているが俺は一人なのに比べて、そっちは家庭があり、日々子供たちに手がかかる状況だからしょうがないんだよ。

ゆうちゃんからはメールで、携帯の調子が悪くて、メールがなかなか受信が出来ず、なんだかんだで一日終わってやれやれとなるのが10時ころになってしまうという。詳しくは聞かないが、寝る前になって子供がまとわりついてきたり、旦那が晩酌してたりすれば、まあ遠慮がちになるよ。
みんなそれぞれに家庭があって、一番辛いのは「一人でいること」なのだと痛感する。
けれど三津子以外の人と暮らす気は毛頭、ない。
だからこれから、この暮らしに慣れないといけない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。