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2009-06-16(Tue)

何もしない日々

6月16日(火)

今日も朝はいい天気だ。関西古紙の軽トラックが走りながら流す映画「誇り高き男」のテーマがあっちこっちで響いては消える。三津子は京都へ来て最初にこれが聞こえた時、すぐに「何コレ〜、ずいぶん懐かしいなあ」と言っていた。
1956年のロバート・ライアン主演の西部劇の主題歌、である。俺はずいぶん後になって、何かで見た覚えがあるが、世代的にはずいぶん後だ。
そういえば三津子の葬儀と火葬を終えた後、東京へ帰る三津子の「おんちゃん」とお姉さんの旦那さんを西大路の駅へ送っていく時、おんちゃんがやっぱりこれを聞いてすぐ「あれえ〜、懐かしいのが聞こえるねえ」と反応されていた。

今朝はまた5時あたりから何度も何度も目を覚ました。その都度何かしら夢を見たが、印象的なもの、覚えているものはない。あるような気がするものもあるが、今はもう思い出せない。だから三津子は出て来なかったと思う。

その後、「明青」さんののおかあさんが「ブログの更新がないとどこか具合が悪いのかと思った」と心配いただいたので、8日からアップしていない日記の記述をブログ用に整形した。
気が付くと昼を過ぎていたので、カップのそばを食べて、それからまた続ける。整形してアップ、たった一週間ほどの更新分だが、テキストが長すぎて時間がかかった。昨日までの分を全部アップしたら、もう午後の2時半を過ぎていた。

その後、自転車で近くの大型ショッピングセンターへ買い物に行く。夕方から雨という予報だが、まだ暑く日も照っている。途中ポストにDMMからレンタルした『アポロ13』と『太陽』を返却。『アポロ13』は何度か見ているが、アレクサンドル・ソクーロフの『太陽』は未見。どちらもとりあえずダビングしておいた。

食品売り場で、またイチゴジュースの材料を買う。それから冷凍しても大丈夫なイカソーメンとタコの刺身をスライスしたものに総菜類、野菜も買った。それらを自転車に積んで、コンビニにも寄ってから戻る。
荷物を持って駐輪場からいったんポストを見て何もなく、エレベータで部屋に戻ってくると汗だくになっていた。

その後リッピングしてあったデータをDVDに焼き、まず『太陽』から見た。見てる途中、外が光ったような気がして見ると、雷だった。
映画をいったん停めて「三津子、雷だよ」と呼びかけて窓の外を見る。5時前だというのに雲が灰色に出て来て、吉田山の向こうで時々ピカッと光ったりしている。これからザーッと来るかも知れない。三津子は雷や夕立が好きで、ちょっとでもピカッとなるとすぐベランダへ小走りに出て行ったな…。そういや線路の向こうのマンションがまだ建設中、大きなクレーンに落雷した「その瞬間」をふたりで見たこともあったね…。

その後いったんDVDを途中で止め、買ってきたオードブル詰め合わせみたいなのを用意して、空豆をレンジでほくほくにし、アジフライをオーブンで焼いて、三津子と乾杯して食べる。
アジフライをまさしく「辛し醤油」(京都に来てから、この食べ方を知った。もうソースには戻れない)で食べよう…と箸を入れたところで、6時過ぎにゆうちゃんからメール。
「婦人公論みた?」とのこと。思わず「何のこと?」と返すとすぐ電話が来た。
今出ている「婦人公論」に、やまだ紫の追悼コラムみたいなものが載っていると、知り合いの母親が見て教えてくれたそうだ。もちろんこちらには何の連絡もないし、追悼記事は別に遺族の了解などなくても書ける。しかし全く知らなかったので驚いた。ゆうちゃんとはついでにしばらく今後の話や四十九日の話などもして切った。ももちゃんと相談して、こちらへ来るのは7月になるということ。

アレクサンドル・ソクーロフの『太陽』は最初、映画としてはどうかと思うほど退屈であった。イッセー尾形の例の一人芝居のレパートリの一つが「昭和天皇」であるかのような錯覚を覚えるほどと思ったが、東京大空襲(このイメージもどうかと思うが)を経て、日本が米軍の占領下に置かれた後の方が興味深かった。
しかしイッセー尾形をもう20年ほど前、つまりその「売り出し時期」だった「バーテン」とか「アトムおじさん」から見ており、さらに「今上天皇」が後半3分の1とはいえ昭和天皇だった世代とすれば、やはりイッセー尾形が「ネタで昭和天皇を演っている」と見えて仕方がなかった。イッセー尾形を知らない人が見たらどうなのか、でもそれは想像がつかない。
それでも一瞬、マッカーサーとの会食のシーンで、マッカーサーが席を外し、その後一人になった天皇の様子…それをマッカーサーは隠れて観察しているわけだが、そのシーンでのやや引きで映されたイッセー尾形は、もう「昭和天皇その人」にしか見えなかった。

その後『アポロ13』を見ているうちに、いいところで寝てしまう。飛び立ってすぐに異常が出たというあたりで寝てしまい、気が付いたらもう帰りの大気圏突入のところになっていた。これじゃあ仕方ないと思って止めて、ふらふらと薬を飲んでそのまま二階へ上がってしまう。
テレビのニュースをつけてしばらく見ていたが、11時過ぎには寝る。
何だかだらしのない生活のように思えて仕方が無いが、四十九日を終えるまで、何だか何もする気が起きない。かろうじて自分のルーティンの仕事はやらねばならないので、それはキッチリとやってはいる。しかしそれ以外は脱力しているのが実際のところだ。
脱力しては、時折脅迫観念のように三津子の原稿や原画を整理せねばと思い、箱をまさぐったりする。そうすると必ず、画稿以外の写真やメモ、ちょっとしたものに思い出をざっくりとほじくり出されて、途方に暮れる。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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