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2009-06-20(Sat)

東京へ向かう

6月20日(土)

連れ合いである三津子の納骨で、京都から東京まで行く、辛い度だ。前の晩も普通に晩酌をして早めに寝た。朝は8時ころにはいつものように起きたと思う。(思う、というのは今日23日にメモを見ながら思い出しているから)
猫のカリカリを皿にたっぷり盛って、水も入れ換え、さらにボウルにたっぷりの水を2カ所に置いた。1日半開けるだけだから、これで水とご飯は大丈夫だろう。それから猫のトイレを綺麗にして、火の元など確認し、11時ころに家を出た。

コンビニでお金を下ろしてから、タクシーで八条口まで向かう。道は空いていて、2000円行かずに着いて驚いた。
京都駅に着いてすぐ、切符を自販機で買う。乗車券は武蔵境まで、11:53発のぞみ16号東京行き。
ホームで週刊誌を買い、待っていると十分ほどですぐに入って来た。席番を見ながら席へ着くと、俺の前の席には女性が一人座っていて、その後ろが自分の指定席だった。上の棚に喪服のスーツ、黒革靴などが入った袋、それからタオルや数珠などが入ったショルダーバッグを置いて、窓側に座る。
新幹線はすぐに動き出した。俺は風景などを見ていると、どうしてもいつも一緒に旅行や移動をしていた三津子を思い出す。なのでほとんど車窓からの眺めは見ずに、週刊誌をゆっくり読んでいた。

定刻通り、2時15分ころには東京駅に着いた。さすがに「週刊文春」はいくらゆっくり読んでも、ふだん絶対に読まないページまで熟読しても2時間は持たなかった。品川あたりからは仕方ないので少しだけ車窓からの眺めを見た。たった1年半しか経っていないが、ずいぶん帰っていない気がした。
東京駅ですぐに中央線快速のホームへ行くと、ちょうど特快立川行きが入ってくるところで、しかもうまく空いた列についたので、座ることも出来た。
神田からお茶の水、新宿から中野高円寺阿佐ヶ谷…と、本当に若い頃は何十回行ったか解らないほど馴染みのある場所を通る。快速が通過するが、途中の水道橋はもちろん、少し歩けばあの青林堂があった場所だ。
通勤していた当初は団地のあった三田線の西台駅から神保町まで行き、折り返すかたちで地上を歩いて会社へ通っていた。けれど途中から気分で水道橋で降りてそのまま進行方向へ歩いて通ったりしたものだ。
「同じ日の繰り返し」が嫌で嫌で、漫画界を目指したのに、結局はサラリーマンとして毎日通勤しているのが嫌だった。なのでちょっとでも何かしら変化をつけたかったのだと思う。
そういうことを思い出せば、当然当時から一緒に暮らしていた頃の三津子も思い出す。だからやはり電車の中では、ずっと下を向いて、新幹線のシートに差してあった雑誌を読んでいた。

三鷹駅に着いて、乗り換えのために一度降りる。ホテルを取った武蔵境は特快が通過する駅なので、乗り換えるのは普通の快速だ。すると同じホームの反対側に快速が入口を開けて、俺が乗ってきた特快の通過待ちをしていた。降りてそのまま、快速に乗り換えることが出来た。特快が出た後すぐに快速も発車し、次の駅が武蔵境。

今回の四十九日法要と納骨に行くにあたって、当初はゆうちゃんかももちゃんの家に前の晩寄せて貰って、当日車でそのまま向かうということを勧めてくれた。こちらもそうしようと思っていたが、日にちが近付くにつれ、ゆうちゃんの車にはお姉さん夫婦が乗り、ももちゃんの方には旦那方のご両親が乗るということが判って、それじゃあ迷惑かなと判断し、割合早めにホテルを取っておいた。
ホテルを取る際に、多磨霊園の場所をgoogleで確認し、一番近い駅が武蔵境から伸びている西武線だと解った。最悪電車でも行けるということは、絶対に迷わないという判断だ。タクシーで行くにしても、2駅程度の距離ならどんな渋滞になっても30分はかからない。そう思って予約したのがこのホテルだった。
その際googleマップとストリートビューで駅前やホテル周辺も確認済だったから、3時少し前に武蔵境駅に着いても、何の迷いもなく南口へ抜けることが出来た。駅舎が今工事中だということも知っていたから、反対口へ行くのは大変そうだなと思った。
南口の交番の手前に抜けると、風がさあっと吹いてきて、思ったより涼しく感じた。もっとムシムシするかと思っていたが、ずっと空調があった新幹線の中よりも、むしろ風がある分快適で爽やかに感じた。
ホテルはJRが経営しているもので、以前お袋を泊めた赤羽のメッツにしてもここにしても、駅から徒歩何分というより、駅の一部がホテルだというほど近い。名前を告げるとすぐにチェックインすることができた。

部屋は604。シングルなので狭い部屋だが、寝るだけなので充分。南向きに窓があって、見下ろすと眼下にはロータリーがあって、さっき自分が出て来たところにある交番も真下にあった。ちょうど3時だった。
ずっと下げてきた荷物をおろし、とりあえずクローゼット、いや入口の脇にある幅40〜50cmくらいのへこみにしつらえてあるハンガー掛けに、スーツをかける。それから着てきたシャツを脱いでかけ、Tシャツ一枚になる。
喪服の黒スーツを出してかけておくが、やはり今の時期は暑そうだ。
一息ついて、すぐシャツをまた羽織って、フロントへ降りる。落ち着いてしまうと、動くのがおっくうになる。
イトーヨーカドーが南口ロータリーから伸びる武蔵境通りを挟んで二軒あり、フロントの女性に「ワイシャツやネクタイはどっちで売ってますか」と聞くと、何かを出してきて調べて、「東館でございますね」と教えてくれた。
キーを預け、ホテルを出てそのままヨーカドーでワイシャツとネクタイ、靴下を買った。ヨーカドーは親子連れで賑わっている、そういえば今日は土曜かと気付いた。「父の日フェア」とかで、甚平やシャツ、財布や小物などの特設売り場がこしらえてあった。
ヨーカドーを出て、そういえば朝から何も食べてなかったと思い、簡単なものを食べて戻ろうと、南口を探すが、ケンタッキーくらいしかなく、思案した結果駅舎へ戻った。ホテルの西側に店がいくつかあって、揚げ物、おこわ弁当類、パン屋、奥はスーパー。
結局決め手がなく、北口へ出ようかとエスカレータを上がる。これが今工事中のせいでけっこう高くまで上らされ、下りは階段だった。
北口は王将や吉牛など何でもあり、結局久しぶりに吉牛へ入って「牛丼並つゆだくに味噌汁」という俺の定番を食べた。久しぶりの上、今日は何も食べてなかったので、本当にうまかった。うまかったはいいが滝のように汗が出た。
俺の病気の特徴の一つに盗汗といって、寝汗を尋常じゃないほどかくというものがある。だが寝汗だけじゃなく、普段から俺はモノを食べると必ず汗なり鼻水なり、体から多量に水分が出るので往生する。単に北海道生まれだから暑がりなのだ、というレベルではない。これも白血病と関係あるのかも知れない。

吉牛を出て、ハンカチで汗を拭いながら、駅舎を見上げる。さっきの高さの階段を上まで上るのはかなわんな、と思った。南口はヨーカドーがドカンとあるくらいだから、北口のようなこまごました商店街ぽいのはないのだろうと判断し、こっち側で夜のものを買って、東側の踏切を渡って迂回して戻ろう、と決めた。階段よりはましだ。
そのまま北口を線路沿いにセブンイレブンへ歩いて缶ビールと冷や奴などを買って、踏切を待って南口へ抜ける。右へ折り返すように線路沿いを今度は西へ向かって歩き、少しすると「酒」という文字とファミリーマートが見えた。ホテルのすぐ隣のへこんだところに小さな店が数軒あって、そこにコンビニもあったわけで、脱力する。まあ吉牛を食べるなら北口しかなかったから…と思いつつホテルに戻る。

ビールや豆腐を冷蔵庫に入れ、すぐに服を脱いでシャワーをし、それから明日の支度。買って来たシャツやネクタイ、靴下などの包装を開けて、明日着て行くだけに整える。今日着てきた上のシャツとジーンズ、靴下や靴は明日履く革靴を入れてきた袋や箱に収める。
袋一つに突っ込んだはいいが、ずいぶんと重くてかさばる。明日はこれ持ってチェックアウトから待ち合わせまでうろうろしてたら大変だな、と思う。
パンツ一丁でテレビをつけるが、外のロータリーでは都議選の演説なのか、政治家がやかましい。ここまでで5時11分、とホテルのメモに書いてあった。

それで一息ついたら、携帯のバイブがブーと動いて、見ると明青のおかあさんからだった。明日四十九日の法要、京都から手を合わせてくれるとのことだった。有り難い。

その後はNHKのecoがどうしたとかいう「SAVE THE FUTURE」というスペシャルを眺めていた。合間にニュースなどを挟みつつ、この「スペシャル」は続いていくらしい。
途中、アニメ『川の光』というのも見た。川に住んでいたネズミの親子が、川が環境破壊で潰されるというので別な川を目指す、という話だ。そのメッセージは非常に解りやすく、善や悪も直感的に解る作りになっていて、おそらく親子で、あるいは子供に見せることを念頭に作ったものだろう。

<以下ネタばれありなので未見の人は注意>
丁寧に作ってあって、それなりに面白く見られたし、「ああ、ここでこの父ネズミは死ぬんだな」と思ったが親子はちゃんと最後まで決定的な「死」の直裁な描写がなされずに、ラストを迎える。
ラストは雪の中で疲れ切った父ネズミと兄弟が寄り添って寝てしまい、雪が降り積もるというもので、これは親子の死を直感させるもの。しかし予想に反し次のシーンがあり、周辺に住む同じ種のネズミたちが助けに来て、それから成長した子ネズミたちのシーンがつながっていく。
だから見ている大人はそれをそのまま受け取ってもいいし、本来こうあるべきなのに…という「悲しい理想像」として見てもいい。子供には、見ている通り「ネズミさんたち助かって良かったね」と言えばいい。

そんなこんなでレンドルミン2錠も飲んで10時前には電気を消した。しかし全然眠れず、むしろ頭が冴えてくるばかり。ホテルのエレベータ裏にある販売機でビールの350ml缶を2本飲んで、ようやく寝られたのが12時だったか。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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