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2009-06-23(Tue)

脱力

6月23日(火)

昨日の夜、9時ころにソファでうとうとしてしまい、10時前にハッと起きて、朦朧としながらレンドルミンを飲み、ふらふらと二階へ上がって寝てしまった。3時過ぎに目が醒め、ふらふらと下へ降りてトイレへ行き、どうしようかと思ったが朦朧としているので、もう一回二階へ上がった。
ベッドに転がってチラと時計を見ると333。「三津子、三津子…」と声に出しているうちに寝てしまう。
朝は7時前に目が醒め、8時ころ起きて洗顔など。
夕べ、函館のお袋から夜8時ころにまた電話があった。俺はその時はじめて父親の戒名を聞いてメモしたが、その字の中の一字がどうしても自分の字なのに判読できない。
朝おふくろにメールをすると、親父の戒名は「普光院純誉秀道居士」だった。解らなかった一字は「秀」の字だった。

10時半ころ、冷凍してあったご飯を温め、レトルトの中華丼をかけて、ミニワンタンと水。食べ終わるとぐったり。何だか今日は力が出ない、脱力する日だ。
仕事をした後、3時ころにベランダの苔や木に水をやった。ベランダの戸を開けておいたらユキが出て、その間に中途半端に腹が減ったので、どん兵衛の「鴨だしそば」にお湯を入れる。ユキが戻ったので戸を閉めようとしたらシマもいつの間にか出ていて、ててて!と慌てて入ってきた。梅雨なのに晴れ間があって、暑すぎず、いい陽気だよ…三津子。猫を出せるベランダ。窓からは素晴らしい景色が見える。一人で見ていると、じんわりとこみ上げるものがある。
食後に一息ついていると、ユキがダイニングテーブルの横でゲロを吐いた。ベランダに出した時、見てない隙に植木を食ったらしい。
それを拭いてからまた一息つくと、今度はユキがトイレの下に敷いた新聞をバリバリとひっかいている。どうやらトイレを替えろと言っているようなので、食後で苦しかったがハイハイと立ち上がって掃除をする。
このトイレ掃除は毎回毎回本当に難行苦行で、重労働。途中から汗が噴き出し、口から自然に「うう、うう」と苦しい声が漏れる。拷問みたいなものだ。それでも必死で十分くらいかかって何とか終えて、ゴミ袋に入れると袋が一杯になった。今度は下までゴミ出し。
本当にこんな些細な「労働」でもくったくたになるが、一人なんだからずっとこうして暮らしていくしかないのだ。

夜11時ころ、明青のおかあさんから電話があり、マンションまで来てくれるというので、こちらは桑原さんに送っていただいたさくらんぼと筑摩のやまだ紫作品集の5巻を持って下に降りた。
いただいたサクランボはすこぶる高級品で、美味しいのだが一人では食べきれない。そうだと思って夕方明青さんにメールしたが、今日はお店が休みなので、たぶん午後から飲んでるだろうな…と思っていたが、わざわざ来ていただいた。

11時ころ下の応接セットで待っていると、おかあさんが自転車で来たのが見えたので、すぐに迎えて応接セットに座って話した。
とにかく、悲しいんやったら泣いたらええんやし、そんなん我慢することはないよと言っていただいてるうち、やっぱり涙が出た。こないだお袋を連れて行った時には憂鬱だったが、とにかく三津子の母親が、今回の納骨と四十九日の法要を全部やってくれ、しかもその後の会食も和やかで良かった、やはり三津子がそう導いてくれたのだと話した。
おかあさんも、行く前と行った後とでそれだけ気持ちが違うんやったら、やっぱりそれは良かったんやね、と言ってくれた。
本当に、京都で知り合いというかこれだけ親身になって下さる人はいないので、有り難いと思った。涙と鼻水が、我慢していたけどやっぱり出てしまった。
「次は東京から彼女の娘達が来ますから、そうしたら伺います」と話した。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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