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2009-06-27(Sat)

性悪猫の口絵を発見

6月27日(土)

夕べは12時前に二階へ上がり、ニュースを見ていたがすぐに寝る。今朝は何度か目を覚ましたものの、6時ころまでおおむね良く寝られた。このところ寝苦しいのもあるが、とにかく4時前後に目が醒めてそこから浅い眠りが続いて起きると疲れるという状態が多かったので、今日は6時間でも「寝られた」という感じ。
今日も雨はなし、外は薄曇り。
朝のいろいろを済ませて、BSでアトランタ・ボストン戦。
10時過ぎに昨日スーパーで買っておいた弁当を暖めて食べた。レンジにかけている途中、新聞を取りに行った。

何か見るものはないかと新聞のテレビ欄を見るが、何も見たいものがない。HDDレコーダに録画された番組のリストを順番に見ていくが、ここまではまだ三津子が生きていたんだな。ここからはもう、彼女の居ない生活が続いているんだ…と、何もかもが三津子を基準にしか考えられていないことに気付く。
もう俺は一生そうやって生きていくしかない。いや、そうしていたい。
彼女を忘れたくない。忘れないし忘れるわけもないが、あの人の声をすぐ傍で聞けなくなってから、もう60日以上が経つ。寂しさは募るばかりだし、恋しい、愛しいという思いも大きくなるばかりだ。それでも確実に、認めたくはないが、あの人の声や、手や髪の感触を忘れていく。
一年後はどうなんだろう、もし俺が生きていたなら、三年後は。五年後は。
俺が生きていられる限り、彼女は死んでもずっとずっと俺の最愛の人であり続ける。だがその記憶が自分の中で薄れていくことを、今からもう恐れている。

その後結局何も見ず、午後にポストを見にもう一度下に降りた。
先日無料視聴を申し込んだら、さっそくWOWOWの視聴勧誘の冊子が送られてきた。
それから旧知のライター・神田ぱんさんからのハガキが届いていたので、取って戻る。
ぱんさんが救った仔猫は、その後順調に育っているようで、良かったと思う。三津子が死に向かっていた時に、ぱんさんは仔猫を数匹保護した。三津子の死の前後、奇跡的に仔猫を救うことが出来た。
あとで、「やまだ先生が助けて下すったんだと思って」と、ぱんさんも泣いていた…。お送りした『性悪猫』のイラストをモチーフにしたストラップに、仔猫がじゃれているそうだ。

それから、やまだ紫の作品リストを作らねばと思い、「COM」時代の作品を集めた『鳳仙花』収録の作品からリストを作っていく。
エクセルで、タイトルや発表媒体やページ数、原稿の有無などを記入していく。「COM」は原稿管理がいい加減で、3本も紛失されている。
『鳳仙花』は彼女の処女作品集で、「COM」発表時からは十年経っていない。それでも、原稿を無くされるというのはどういう管理だったのだろう。
もっとも、彼女はずっと自分のデビューを19歳の頃だと思い、処女作品集は『鳳仙花』だと思っていた。実際は「COM」への投稿が19の頃で初掲載は21歳。それから『鳳仙花』収録作品群がもちろん『性悪猫』より古いが、単行本としては『性悪猫』の方が初版発行時の日付では早い。これは俺が一緒になってから気付いたことだった。
作家というものは、作品を創る、それが発表され人々の手に渡ったら、その後の細かいことは気にしないものなのか。それとも、彼女という人がそういうタイプだったのだろうか。
そういえば、細かく自分で自分のリストや年譜を作る人もいる。
やまだ紫は、作家としてはもちろん優れた、そして尊敬されるべき才能だと思う。けれども、三津子という女性は、尊敬されるべき人というよりも、愛される人だった。おっちょこちょいで、方向音痴で、クソがつく真面目、バカがつく正直者と言われた。それでも意外とひょうきんで、お酒が好きで、歌の方は音痴どころかめっぽううまかった。寂しがり屋で、大人になっても誰かに頼り甘えたいという一面も持っていた。
正しくありたい、あろう、そう努力することで損な役回りをさせられた。
その瞬間その瞬間に反射神経で対応することが苦手だった。理屈で人を折伏しようとしても、その時にはとうに相手は目の前から消えていた。
料理がほんとうに上手だった。
自分よりもまず家族のことを思い、実際に行動した。
華美な贅沢やブランド信仰を嫌い、自分の価値観を信ずる人だった。
挙げていけばキリがなく、それらを裏付ける自分の記憶が、思い出が辛い。

俺は一緒になった頃、作家としての彼女が余りにも偉大で、個人としての彼女とのギャップに驚いた。ギャップというのは個人としては偉大ではなかったということではない。
あのような若い頃から異才を発揮し、達観したような、人の心に残る作品をたくさん発表してきた人が、実際に目の前にすると、愛らしく少女のような笑顔が素敵なひとだということに驚いた。後輩や年下ばかりの中にいても、常に気配りで立ち歩く、小柄で優しいひとだった。
俺なんか人間的にも才能も何もかも、彼女に比べれば本当にちっぽけでカスみたいな存在だと思った。だから余計に、その代わりにこの人を絶対に守ろう、と思った。
いっしょになった当時、少しずつ周辺へその事実を知らせるようにした。だんだんとそのことが「既成事実」になっていったが、俺たちふたりのことを「ずっと一緒に愛し合って暮らしていく」と思った人は、実は少なかっただろう。
ある人は「やまださんもタチが悪いよな、若い男をたらしこんで」と言ったそうだ。
ある人は「あのシラトリってのも田舎者のくせに、やまださんちへ転がり込むなんてたいした野郎だ」と言ったそうだ。

何とでも言えばいい、と思った。
俺たちは今もこうしていつも「一緒に居る」。

若い頃、「ガロ」のやまだ紫特集号で内田春菊さんが書いてくれたように、俺はそれこそ鎧を着て槍や縦を持ち、彼女を攻撃したり嫌な思いをさせるような奴は、本気で殺してもいいと思っていた。
でも、作家・やまだ紫への尊敬と畏敬の念は忘れなかったものの、いつの間にか、私生活では「三津子」の愛情にどっかりとあぐらをかいていなかったか。作家としての彼女を守ることはしていても、一人の人間としての彼女を守ることを忘れていたような気がしてならない。それを、心の底から後悔し続けている。
だからせめて、まず作家としての彼女の業績をできるだけ遺し、伝えて行きたい。命を賭けて。
それから、個人としての彼女もどれだけ素晴らしかったかを、こんな個人のブログでもいいから残しておきたい。そういう思いで、彼女が倒れてからずっとずっと、この記録に向かっている。
理解できないとか、バカだと嗤う人がいることも知っている。
でも自分の中ではこうして整合性がとれていると、理性でちゃんと解っているつもりだ。

『鳳仙花』のリストはすぐに終え、それから単行本のリストにかかる。奥付の日付が解ればそれをなるべく日単位で記録する。ISBNやカバー類のツキモノも。もっとも奥付の日付は、版元がその時々のスケジュールに合わせて勝手に印刷するから、本当に書店に並んだ日ではない。そんなことは編集者ならば誰でも知っている、だけど出来るだけ詳しく残したい。
それらの作業が一段落して、ツキモノ…業界ではカバーや帯類のことを言うが、そういえばあれの口絵はどうしたんだっけ、あれのカバーに使った絵は…と気になってくる。
『鳳仙花』のカバーに使われた絵は、知り合いの子たちをモデルに描かれたもので、確かお姉さんのところにあったと思う。『性悪猫』の青林堂版の表紙に使われた油彩画は、(長井夫人である)香田さんのところだったか。じゃあ、口絵は…。
考えていくと、本文原稿以外にもいろいろな画稿がある。カット類なども入れると膨大な数になる、でもなるべく解る範囲で記録したい。こういう執念深さと細かさには自信がある。
青林堂版「性悪猫」口絵原画
突然思い立って、先日調べた階段の下の納戸を開けた。箱は基本的に著作物ごとにまとまっている…と思ったが、一番上の箱に作品名が書いてない。ただ三津子の字で「原稿」としか書いていない。
開けてみると、「COM」の頃の未発表の原稿がどっさり出て来た。鉛筆で下書きだけを入れたものが数十枚、ペン入れまでしてあるが、タイトルとラスト周辺の数枚が見あたらない、未完のものなど。
そして、ついさっき「どうしたんだっけ」と思った『性悪猫』の口絵のカラーイラストが見つかった…。
どう考えても、彼女が「ここにあるのよ」と教えてくれたとしか思えない。
しかも一応トレーシングペーパーはかけられていたが、それは彼女自身の手によってテープでかけられたもので、鉛筆で輪郭線をなぞった線が描いてあった。そして当て紙もなく、そのまま茶封筒に入れてあるだけだった。トレーシングペーパーにはくっきりと折れ線がついていたが、肝心のイラスト本体は何とか無事だった。
さっそくそれを手近にあったコルク地の写真用の壁掛けのビニールを開けて、保護した。
あの、青林堂版ハードカバーの『性悪猫』を手にした人なら知っているはずの、美しく、慈愛とぬくもりに溢れたイラストだ。
本当に、彼女の絵は美しい。
『性悪猫』所収「梅雨」のなかのひとコマ、

「砂袋みたいに 抱いていてよ」

の、あのシーンを元にカラーで描かれたものだ。
この美しい絵は残念ながら、青林堂版以降では収録されていない。しかし、この美しく素晴らしい作品を、よくもよくも十年もの間、「品切れ」という扱いで侮辱してくれたものだ。
出版人としての見識、良識をおおいに疑う。というより、はっきり言うが、頭がどこか狂っているとしか思えぬ。
絶対に、手に取り、読んでくれさえすれば、胸に抱きしめて愛おしく思える、心を癒すものだと信じている。
必ずこの本を、もう一度世に送り出す。
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お待ちしております。



白取様がお出しになる、新しい『性悪猫』をお待ちしております。

十数年前、杉浦日向子先生のちくま文庫版コミックスを探していて偶然手にしたのが、同じちくま文庫版の『性悪猫』でした。以来、やまだ紫先生は私の心の深いところで、静かに強く温かく………私を支えてくださっております。

私たちファンのささやかな気持ちが、今度は白取様の支えになれます様に。

楽しみにしております。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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