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2009-06-28(Sun)

やまだ紫初期イラストや画稿の美しさ

6月28日(日)

夕べは寝室へ上がったのは11時半ころ、ニュースを見て寝ようと思ったが、土曜なので定番のニュース番組がなく12時過ぎに寝てしまう。
今朝は6時過ぎに目が醒め、比較的よく寝られた。そこから少しまたうとうとするが、蒸し暑いのでタイマーで切れていたクーラーをまた入れる。起きたのは8時半を過ぎてから。

朝のことをして片付けをして、洗い物は食洗機で済ませる。もう9時半。外は曇っているが、日射しが多少あって明るい。昨日も32度だかあったらしいし、今日も同じくらいだという。梅雨なのにと思うが、明日くらいから曇って雨になるという。

昼頃、そういえばもうご飯がないなと思い、米を4合研いで炊飯器にかけた。とぎ汁はペットボトルに入れて、二階のベランダに移した枇杷の木にあげる。クーラーの排熱がきつそうだったので移動したのだが、元気になったようだ。
それから下のベランダの苔たちにも水をやり、着替えて自転車で買い物に出て、切れた洗剤や今日・明日の食事などを買って帰宅。
部屋に戻って「暑かったよお、三津子…」と思わず遺影に声をかける。荷物を置いて着替え、仕分けをして一息つくと、炊飯器がもう保温になっていたので、慌ててしゃもじでかき混ぜ、熱いうちにビニール袋に小分けをして荒熱が取れたら冷凍して、ちょっとずつ食べるのだ。
それやこれやを終えるともう1時40分。外はかんかん照りだ。

…それから5時間以上、机とパソコンに向かっていた。時折資料を取りに動いたが、気が付いたら7時近く、外は西日が消えかかり、空の青と薄い赤が混じって紫色になっている。
午後はずっと、三津子の原稿リストと単行本リストにかかりきりだった。
やまだ初期イラスト

やまだ初期イラスト

途中、先日発見した70年代初期に描かれたと思われるモノクロイラストの余りの美しさに思わずスキャンしたり、寄り道もしつつ作業を進めるが、先が余りに長くしばしば呆然としてしまう。

やまだ紫というと、極限まで研ぎ澄まされた、省略の線の美が賞賛される。けれど初期の作品はかなり描き込まれたものも多く、『鳳仙花』所載の作品でも最初期のものは画力も不足しているところもあれど、巻頭の「落花生」ではほぼ完成の域に達していることが作品の並びでよく解る(タイトル画など、後の「しんきらり」やそれ以降の画風にも重なる)。
彼女の画力は相当なものであることが、もうこの段階で証明されている。
その上で、ストーリーテラーとしての個性は画力よりも先に遥かに高いところへ達していて、そういう意味では『鳳仙花』は本当に貴重な作品集になっていよう。
(…それにしてもブロンズ社は倒産し、彼女は一銭も貰えなかったというのはひどすぎる話だ)
やまだ紫は、言うまでもなく、非常に絵のうまい作家で、そのことは描き込みが多い初期でもちゃんと個性が煌めき、その個性が線を省略していく課程で、どんどん輝きを増していくのが「クロニクル」を作成しているとよく解る。
本当に、絵「も」、素晴らしい。

発見といえばこれも先日、スケッチブックに本人が原稿を切り貼りしたものが見つかった。「天空(そら)への詩(うた)」という「COM」に入選した翌年に、漫画とは別に掲載された1頁ものの詩画作品だ。
原稿を渡すと、版元(出版社、この場合は虫プロ商事のCOM編集部)の担当編集者が、原稿に書かれた著者の鉛筆書きのセリフやナレーション(総称して「ネーム」と呼ぶ、下書きのネームとは違う意味なので注意)を元に、写植を発注し、当時は直接原画にそれを貼り込んでいた。
俺も「ガロ」に勤務していた頃は、神経質な人で「直接写植は貼らないで」と言われない限り、そうするのが常識だった。
(写植とは写真植字の略で、フキダシの中なんかの文字を昔は印画紙で打ち出して貼っていた)貼るのは糊を使う人もいたし、「ガロ」ではペーパーセメントといって溶剤で溶かすゴムのような強力な糊を使っていた。その代わり石油系だったと思われ、時間が経つと変色したり、脱落したりするのが難点だったが、打ち出された大きな印画紙の裏一面にハケで塗り、乾いたらカッターマットに貼って、あとは一つ一つのフキダシなどに合わせて切ってシールのように貼るだけだったので楽だったのだ。
性悪猫「日向」の原型
「天空への詩」は、戻ってきた原稿(失礼な人は原稿を版下と言う)を三津子が丁寧に切って、スクラップブックに貼り込んだものだった。1回目は何かに使ったのか、あるいは気に入らなかったのか、絵の右下半分がざっくり切り取られている。
写植が時間が経って脱落したり変色していたりしているのは経年劣化としても、「COM」は漫画にしても原稿を何本も紛失させているし、この詩画連載も半分ほど抜けていたりと、当時の出版社いやCOM編集部いや担当編集者のいい加減さが解る。
その中のシリーズNO.4つまり第4回目が「おひさまいっこ」というタイトルで、「COM」1970年7月号に掲載されたものが、後の『性悪猫』の名作『日向』の原型であることが解った。
連載当時を知る年齢の読者の方であれば、「そんなの常識」と思われるかも知れないが、実は70年に「COM」に掲載された「おひさまいっこ」の方は、知らなかった。単行本にももちろん未収録のシリーズで、だいたい原画も揃っていない。
けれどそれから十年後に単行本『性悪猫』に収録され、多くの人を感動させたあの一篇。その原型が生原稿で残っていたというのが、感動的だった。
そのスクラップブックには「COM」に8回連載された「天空への詩」シリーズが最後のNO.8「紅茶」(COMではなぜか「No.9」となっている)まで、数回分が貼られている。それをひとつの「作品集」のように構成したようで、片方にはイラストがやはり切り取られて貼ってあったりする。
最後の方はデッサンや淡い花の水彩画が、やはり切り貼りしてあって、この水彩画が非常に綺麗だった。
とにかく彼女の画業は40年に及ぶ。その間の全てを補足することは恐らく不可能で、何しろ原画が散逸しているものも多い。それに「離婚までのレジスタンス」時代に描いていたカット類はもちろん、描かれた年代や掲載媒体すら不明なものも多い。
解る範囲でいろいろ調べながら進めるが、これは一人でこの調子だと完成するまでそうとうかかりそうだ。いや、「完成」は出来ないわけだから、完全なものに近付ける努力はどこまで行っても終わらない。
それまで生きていないといけない。
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コメント

おひさまいっこ。

以前、私立の中学校に勤務しておりまつた。

独断と偏見で、手塚治虫氏の「ブラックジャック」や、紫さんの
「性悪猫」を図書館に入れました。

なんでも職員室で、物議かもしたらすぃでつ。
漫画を学校に持ってくるなと言ってるのに、なぜ図書室に
入ってるのか、だとか。

それをどなただったかから聞いてもしらんかお、しまつた。

おひさまいっこ、ありゃぁ、いいんでつよね。

やまだ先生の線

やまだ紫先生が、いかに線を抜くことに注力し、それを完成させたかということが再確認できました。
「マンガは芸術ではない」という考え方は正しいとは思いますが、やまだ先生の作品は例外で、マンガでもあり芸術でもあると言えると思います。
先生の残した素晴らしい絵が、少しでも多く再び世に送り出されますように。

しっぽのない犬

やまだ紫さんの作品はデビュー第二作目「九つの春」『COM1970年2月号』「シリーズ天空(そら)への詩(うた)1 しっぽのない犬」『COM1970年3月号』から読んでいました。
やまださんの作品は『COM』と『ガロ』でしか読んでいませんでしたが、昨日『ときどき陽溜まりで』1978年12月号、『性悪猫』1979年「ガロ」2・3合号から79年連載分の切り抜きを書棚を整理していて発見しました。
若い頃に繰り返し読んだ跡があります。
初めて読んでから40・30年近くがたちますが書棚を整理する手が止まり改めて見入ってしまうのでした。

やまだ紫先生の作品

初めて作品に触れたのは、高校のときでした。
猫の絵が表紙にある「性悪猫」が学校の図書館にあり、
猫好きで手に取った作品でした。
やわらかい作画に、鋭い言葉が好きでした。

多くの作品が絶版になっていて、
手に入るのだけを無作為に注文したこともあります。

あるブログでの訃報を聞き、ショックを隠せません。
やまだ紫という漫画家の作品に出会えたことを幸せに思います。 ありがとうございました。

すごいです。

やまだ先生の作品が大好きで何度も読んでいても、改めて初期の絵を見せて頂いて、白取さんのおっしゃる「本物の凄み」を見せつけられた思いです。
芸能人がネームバリューを利用してしょうもない絵や書を高く売り付けたりしてますよね。
絵は誰が描いてもいい、だがナリワイにするのは天に選ばれた人だけにしろ。
そう思いました。
改めて凄い才能を失った、新たな悲しみに酒を持つ手が震えました。鳳仙花買っておいて良かったです。「落花生」見ていつも涙が出ます。
やまだ先生、本当にありがとうございました。作品に出会えて幸せです。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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