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2009-07-03(Fri)

やまだ紫作品の復刊の見通しがつく

7月3日(金)

夕べは11時半ころ上へ上がり、12時過ぎまでテレビを見ていたが、1時前には寝た。朝はまた6時前にユキがベッドの上に乗ってきて起こされ、その後ずっと朦朧。足元に座り、しかも時折けっこうな音量で鳴いたりする。こっちも寝返りをうつたびに足元のユキを蹴飛ばさないように気にしなければならず、疲れたかたちで起きねばならないのがしんどい。
だからといって猫は「家族」だ。
耳の聞こえない猫に「しつけ」はほとんど無理だし、仕方が無い。捨て猫だった母猫と七匹兄弟で生まれたユキは、生まれつき耳が聞こえなかった。幸い、団地時代からの知り合いだった「猫おばさん」のMさんがすぐに保護してくれたから、命が救われた。野良で耳が聞こえなかったら、生きて行くことは絶望的だったと思う。その子が縁あって家に来たのだ。
悪意のある人間の怒声や威嚇を全く知らないユキは、撫でるとすぐに喉をゴロゴロと鳴らし、両手をいじいじと握り開く。
必ず俺たちの側で寝て、時折俺たちを確認するように目を覚ましては「ニャア!」と鳴く。「はいはい」と撫でてやると安心してゴロゴロ言いながら寝る。姿が見えないとそのまま大音声で鳴きながら探し歩く。
人間の保護がなければ消えてしまう命なのだ。
…本人(猫)はそんな「宿命」など知らず、すっとぼけているのだが。

昨日は一日脾臓側の腹部が張って、嫌な感じだった。幸い今朝はそんな感じでもないようす。そのかわりなぜか肩こりがひどく、眠だるい。足元を無意識に気にしながら寝ていたので、凝ったのかも知れない。
外は曇って雨が降りそうな天気だが、予報では今日はこの後降らないはず。ただ、子供たちが京都へ来る明日は雨だという予報だ。「涙雨」はもう降らせないはずなのに、今日まで持った天気がよりによって…と思う。

洗い物をして三津子に朝のお勤めをする。お勤めというより、水とお茶を替えて線香をあげ、いつものように謝罪と御礼と愛を告げる。まだ、そのたびに涙が出そうになる。
花の水を替えようと思ったら、もう「すかしユリ」がぐったりと首をうなだれており、触ったら花びらがポトリと落ちてしまった。
花を買わなきゃ。
そうだ、ついでに朝飯は久々に吉野家の牛丼でも食おうと思い、9時半ころ外に出た。バスは5分ほど待つとすぐ来て、R高校前の吉野家に入る。「牛丼並つゆだく味噌汁付き」430円を食べて、一息ついてバス停へ。
うちの近くの交差点へ戻ってスーパー前へ行くと、入口の前に客が数人待っている。携帯を見ると9時56分。客が待ってるんだから開けりゃあいいのに、と思うがレジや何かも全部今はタイムスタンプがつくし、そうすると営業時間を守らないということになったり面倒なのかも知れないな…とぼーっと考えつつ待つ。
10時きっかりに開いたので、食品売り場で今日、明日のものを買う。明日は子供たちが来るんだっけ、と会計をする直前に気付いて、簡単な総菜ばかりにする。
それから花屋でいつもの薄紫のすかしユリと、小菊が白黄赤の三色ミックス束があったので買う。そのまま徒歩で帰宅。曇っていた空は明るくなって、しかも気温が上昇中。家に着くと汗だくだった。これは俺の体質に加えて、病気のせいもあると思うが、夏に向かうとこうした「極度の発汗」が本当に自分でもうざったい。

その後、一休みしてから中野晴行さんからいただいた『マンガ進化論』の続きを読む。
つくづく、こういう「『論ずる』という行為」は若いうちからその基礎をきちんと習っておかねばならんなあ、と思う。
俺は三十代までならともかく、もう先も短いようだし、その意味での向上心はなくなってしまった。いや、無いことはないが、何となく「無駄だ」と思う気持ちがどこかにある。自分ほどの頭脳程度の人間ならごろごろいるし、もっと優秀な論者もたくさんいる。そっちへ任せておけばいい、と思ってしまうのだ。
しょせんは自分は「経験したこと」を記録することに軸足を置いているだけの人間だ。才能もない、だから編集者になった。
ということは、まさしく、こうした「日記」や「記録」こそが、俺の経験した事実の蓄積なのであって、しかも継続し俯瞰できる状態にあることは、それなりに強みではあると思う。つまりそういう「論」文を書くことが得意な人でも、個人の日記・記録を継続して蓄積しているかというと、案外「自分」にはズボラな人も多いようだ。
そういう人は論文を書く行為のために大量の資料や書籍などに目を通さねばならず、また資料や統計は「そこから何を読み取るか」という知的作業が重要だ。なので、おそらくまともに何かを論じている人なら、その上で個人の記録を詳細につける時間などないだろう。簡単な備忘録程度のものはつけられても、詳細かつ長く続けていくというのは、ある意味「病気」でなければ稀なのではないか。
俺の場合は「記録魔」というその「病気」的な部分があるので、こんな案配になっているというわけ。
もっとも十代の頃のアナログのものは、俺の寿命がそう長くないと知ってから全て処分した。「日記とは人に見られることが前提である」という簡単かつ重要な真理を知らなかったからだ。
だから十代の頃のものは赤裸々にその時々の「自己」を叩き付けてあり、とても人様に見せられたものではなかった。それこそ他者に見られたらそいつを殺すか自分が死ぬかというレベルの恥部である。
今はブログ時代なので、誰でもどんな人間でも、多少の思い・つぶやきや日記、「論」は簡単にネットにアップ=公表できるし、それが後で恥ずかしければ削除すればいい。ただ、何となく「ただ書く」「記録する」「論ずる」という行為がいっしょくたになり、しかも敷居が低く同時に相対的なレベルも低下したような気はする。

話が大幅に逸れたが(これがアタマの悪い人の特徴でもある)、中野さんの『マンガ産業論』は、そういう意味つまり「本を読む」ことの重要性を訴える意味で、まずネットにテキストを公表した上で、敢えて本というかたちで出版をした。画期的な試みだと思う。ケータイ小説やブログ本というお手軽な意味とは全く違う。


この記録をつけていると、メールの着信を知らせるチャイムが鳴る。見ると某出版社のKさんからだった。

三津子の、いや、やまだ紫の代表作からぜひ出させて欲しい、それ以降についてはまた相談させて欲しいとのこと。
いずれにしても彼女の代表作…「性悪猫」や「しんきらり」は確実に再び「本」というかたちで世に出ることが決まった。
嬉しい、本当にありがたい。
(詳細は決定次第、お知らせします)
「代表作」といわれる作品の他もたくさん、いや俺にとっては全てが、愛しいあの人の素晴らしい作品たちだ。作品は作家にとって子供のようなもの。出来の悪いのもいいのもある。でも、出来ればなるべくたくさんの作品を再び世の中に送り出してやりたい。途中で消えることなく、ずっと生きていてもらいたいと思う。

夕方中途半端な時間に弁当を食べてしまったので、夜は7時頃、三津子に酒とニラ玉の薄く焼いたものを出し、俺はビールだけ飲む。「本がまた出るよ、良かったね」
そう言って乾杯した。

それから前に撮っておいたDVDで小津の『お茶漬けの味』と『秋刀魚の味』を見た。
もう何度も何度も見た映画だけど、『お茶漬け』では解っているのに、小憎らしい生意気な妻(木暮美千子)と夫(佐分利信)の和解のシーンで泣けてしまう。これまでこんなことは一度もなかった。夫婦で笑って見たことは何度もあったのに、涙もろいあの人の性格が乗り移ったようだ。
佐分利の抑えた、田舎育ちで純朴で仕事一筋の静かな男の好演が生きている。夫婦は二人居るのがいいものだ、それが当たり前だ。二人いれば、例えケンカしたって和解が出来る、わかり合うことが出来る。自分が悪かったと思えば謝り、その後の生活で仲良く暮らそうと思えば出来る。
相手が生きてさえいてくれれば。
俺はこれまで、三津子に夫婦ゲンカで自分から謝ったことはほとんどない。だから、今は毎日彼女に謝っている。

『秋刀魚』の方も何度も見ていたが、いつも通り面白く見る。当時の岩下志麻の美しさには、何度見てもハッとさせられる。
小津やあの時代の成瀬の映画には「家族」や「夫婦」「親子」をテーマにしたものが多く、三津子の死の直後はとても感情的に見られなかった。だからアクション物や他愛のないハリウッド映画で時間を紛らわせたり、映画の中へ没入するようなもの、例えばトム・ハンクスの一連の作品などを見た。
ようやく二ヶ月経って、小津の映画が見られるようになった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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