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2009-07-09(Thu)

映画「エージェント」

7月9日(木)

夕べは12時ころに電気を消して、目が醒めたら4時。参ったなあと思いつつ寝ようとするが、その後浅い眠りで8時過ぎまで寝ては醒めての繰り返し。どうにもこうにも、以前のような「一回寝たら朝まで」という眠りが得られなくなった。レンドルミンを2錠飲んでもこれなので、どうしようもない。
今日も外は曇り。
花のしおれたのを取って活け換えたりして、三津子にいつものように、冷たい水と氷入りのお茶を入れ換え、線香をあげて手を合わせる。謝罪と感謝と愛を心から伝えるために祈る。毎朝、こうしている。
新聞を取りに行くために玄関を出ると、比叡山の山頂は煙っていた。いつの間にか、俺も比叡山の山頂に向かって自然に手を合わせるようになった。「明青」のおかあさんがいつも、橋を渡るたびに比叡山に手を合わせて、俺たちの健康もお願いしていくれていたという話をよく聞いた。有り難かった。
祈りの「効力」とかそういう話ではなく、自分たちだけではなく、他人の幸福や健康を素直に祈ること。それはきっと自分に返ってくると思う。ただ自然に比叡山様、ありがたいな、という気持ちでただ、合掌。
三津子は逝ってしまったが、それはそういう運命だったのだろう。そして先に逝くとばかり思っていた癌を患う俺が遺され、生かされているということは、それも何かの意味があるのだろう。

新聞はほとんどはネットやテレビで見た既知のニュースが多く、こういうところからも「新聞不要論」というのは理解できる部分はある。感覚的には朝刊のみ2000円程度だとちょうどいいという感じだろうか。時折、新聞の取材力でじっくり読ませるいいコラムが連載されていたりして、そういうのはネットという「自らそれを読みに行く」メディアとは違うから、まあ良しとしている。
昨日コンビニで買ったハムタマゴドッグを食べつつ新聞を読む。母親はたまに電話してきては兄貴にプリントして貰って、このブログを読んでいるという。「コンビニとかろくなもの食べてないね」と言うが、品質管理が厳格だし競争も激しいから、最近のコンビニはバカにしたものではない。
それに「サンドイッチが食べたい」と思っても、一人だと食パンを切ってバターを塗りレタスを置いてハムを敷き、ゆで卵を作ってトマトも薄切りに…と考えただけで買った方が早いし経済的でもあると思う。もう、仕方が無い。

その後パソコン作業をしていると、11時頃に明青のおかあさんから電話があって「トマトを取りに来て」というので、お昼の邪魔にならないよう1時ころ伺うということにする。
ちょっと仕事が立て込んでいて、あっという間に1時になってしまい、慌てて支度をして出る。

バスの時間に合わせたつもりが、車の切れ目を待っている間にバスが反対車線を通り過ぎたばかり。仕方なく自転車にするかと思ったが、今日は膝が腫れ気味だったので、歩きで行くことにした。
ガスの支払い伝票と、昨日ネットで注文した猫エサの払い込み票をプリントアウトしたのを持ってコンビニで支払い、歩いて?野川方面へ向かう。
曇り空だったのが、歩き始めると日が射してきて猛烈に暑い。両膝も、膝蓋の両側に重りがくっついているような感覚でしんどい。思わず交差点のバス停から停留所2つだけでも乗ろうと思ったら、信号でまさしくバスが左折し、バス停を走り去ったところを目撃。
余りの暑さに木の影で信号待ちをしてバス停へ行くと、次のバスは来ない様子で、仕方なくそのまま歩き出す。結局1時過ぎに明青さんに着いた時には汗だくのヘトヘトで、階段を登るのもやっとという体たらくだった。
おかあさんは「ごめんねえ、持ってけば良かったのにねえ」と言ってくれるが、いただき物を「もってこい」なんて非礼もはなはだしい。「とんでもないです」と言ってトマトをいただいた。
このトマトは冷やして(冷やさなくてもいいが)スライスしただけで甘くて美味しい。教えて貰った八百屋に朝から並んだこともあったが、結局俺の前で売り切れという経験があるほど人気のトマト。さらに明青特製のポテトサラダもいただいた。もうほんっまにいつもいつも申し訳ないです。ていうか嬉しいです。
御礼を言って階段を降りるが、どうも膝が固い感じで、しんどい。首まわりのリンパが腫れる日もあれば、両手首だったり縦隔だったり脾臓だったり鼠蹊だったり膝蓋だったり…もう、この病気は朝起きて「今日はどこだ?」と体に聞かないと解らない。
どこも痛くない、という日は稀だ。因果なものだと思う。

そのまま北大路がちょうど車が切れてくれたのでそろそろと渡り、ゆっくり汗を拭きながら京都生協へ入る。買い物ではなく、冷房の効いた店内で携帯で市バスの時間を調べるため。
するとまだ10分くらいあるので、店内でゆっくりピーマンや玉子、などを買う。それから頃合いを見て外に出たのに、バス停の「まもなくきます」表示は俺の家の前を通るバスではなく、なぜか右折して京都駅へ向かうものだった。それがすぐ来たので、膝も痛いしもういいや、と乗ってしまう。帰宅するとまた汗だくのへとへと。
何だか今日は本当に「膝の日」らしい。
「膝の日」だと歩くのもしんどいから困る。暑い中ゆっくり歩かねばならないので、よく道を老人が同じような感じで歩いているが、気持ちが解る。暑いからとっとと行きたいが、進めないのだ。健康な頃は解らなかった。

ポストには都民共済の割戻金の連絡が来ていて、8月に振り込まれるという。東京に居た頃から入っていたので都民共済だが、全国にある府や県民共済は掛け金の割に保証も手厚いし、割戻金があるからかなりお得だと思う。俺が死ねば死亡保険金が遺族に下りる契約にしてあるから、母親や兄より先に死んでも、ここの後始末くらいはしてもらえるだろう。
死んだ後のことも、大人ならちゃんと考えておかねばならない。後に遺す人に迷惑をかけるような死に方はしたくないと思う。

その後、今日は仕事を切り上げて、DVDで撮っておいたトム・クルーズの「宇宙戦争」を見てすっかり脱力して、気を取り直してトム・クルーズつながりで「エージェント」を見る。
その間に晩酌の支度。生協で買った小さな鯛の柵を薄切りにして、カンパチの刺身と盛りつけ、それから明青さんからいただいたポテサラ、トマトは湯むきして切った。それで映画を見ながら三津子と晩酌。
「エージェント」の途中、思わず「ワッハッハ」と声を出して笑ってしまう場面があって、そうしたらシマが二階からギシギシドンドン、降りてきた。
俺が笑うということは、きっと「ママ」が一緒に居るのか、帰って来たのかと思ったのだろうか。そう思ったらいきなりブワッと涙が出てきた。シマはずっと二階で寝てばかりいるが、こうして下で俺が独り言を言ったり笑ったりすると、階段を降りてくる。
三津子が生きていた時から、俺が喋ったり笑ったりする相手は「ママ」しかいない。ひょっとしたらと思って降りてきたと思うと、不憫に思える。シマをなでながら「ごめんな、ママはもう戻って来られないんだよ」と言うとまた涙が出た。

『エージェント(1996)』は昔何気なく見た印象では、アメフトの黒人選手役のキューバ・グッディング・Jrがとにかく素晴らしく、ハートフルな箇所もあるが全体としてはハリウッドお得意の笑いあり涙ありで、どちらかというとコミカルなところが多かったと思う。
今回改めて見ると、夫婦愛とか子供を抱えた再婚とか、家族愛を描くところで、何となくやっぱり涙が出る場面が数カ所あった。この類の映画を見て泣いたことなどただの一度もないのに、三津子を失ったからだと思う。夫婦が素直に愛し合い、心通じ合わせる場面では、素直に涙が出る。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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