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2009-07-11(Sat)

単行本未収録作「太郎」、作品リストは難航

7月11日(土)

夕べは何時頃寝たか、とにかく今朝は最悪だった。
5時前に目が醒め、朦朧としたまま全然眠れなかった。ふらふらと下へ降りたのは6時過ぎ、洗顔などをして三津子の水と茶を取り替えて祈り、下へ新聞を取りに行き、新聞を読みながらカップラーメンを食べる。とても何か作ろうとかそういう気分ではない。そのままソファでうとうとする。
その後1時間かそこいら寝ても、まだ朦朧。もういい加減嫌になるが、その後は起きてパソコン仕事。
その後MLBを見たり、サイト検索などでニュースを拾ったりして気力が回復するのを待つ。そのうちやはり「これはいかん」と思い、階段の下の納戸を発作的に開ける。

ここには「やまだ紫」の貴重な原画・原稿を入れた箱が積んである。ここしばらく、一つずつ開けたり袋のまま立てかけてあったりするのを整理してきたが、次の箱に取りかかる。
箱には「しんきらり」「続しんきらり」「性悪猫」などの原稿がまとまって入っていた。筑摩の「やまだ紫作品集」5巻をまとめたときのものだが、そこから今回の再刊のため、3つの袋をまとめて取り出す。
箱にはその他にも単行本別ではないバラ原稿がいくつかあって、青林堂版の「しんきらり」のツキモノ(本文以外のカバーや帯その他)版下とか、全然見たことのない漫画原稿も出て来た。
また中公の「BlueSky」と「御伽草子」のカバーに使ったカラー原画や、なぜか昔展覧会で売る商品のために作ったモノクロ絵はがきの原画3枚とか、とにかく未整理で時代も全てバラバラで、整理に困った。
それらを単行本のものは別にして、細かいものをまた整理袋へ入れて摘要を書いていく。

「太郎」
今まで読んだことのない漫画原稿は「太郎」という作品で、とてもいい作品だった。隣家に住む「太郎」という名の障害児童を母親の留守の間に預かる母子の話で、恐らくは「COM」の後、「性悪猫」の前後だろうと思う。…と思ってよく見たら、最終頁に「S 53.7.15」と本人の手で書いてあった。

「COM」で次々と作品を発表し、注目されていた女流の新進漫画家であった「やまだ紫」は、1971年「ガロ」2月号で「ああ せけんさま」が入選した年の10月、最初の結婚をしている。
そして1978年に再び「ガロ」12月号で「ときどき日溜まりで」(のちに「背中合わせ」と改題)を発表して「復帰」をする。
この間を、大雑把な漫画研究者は
「結婚・出産による休筆期間」
確かにとしているだけだ。
その間は「風の吹く頃」で超難関「ビックコミック賞」佳作入選(1972年)以外、目立った活動をしていないように見える。
この「太郎」は昭和53年7月に脱稿している。
昭和53=1978年といえば、やまだ紫が「休筆」していたのではなかったのか。
「ガロ」の掲載リストにはないが、もちろん未発表とは限らない。この原稿には写植ではなく、手書きの文字の紙焼きがネームに貼ってある。そのほとんどが年月が経ってほぼ脱落しているが、幸いフキダシやナレーションの鉛筆書きが残っていたので、作品そのものを読むことは出来た。
いずれにせよ何らかの媒体…商業誌か非商業誌かは不明ながら、発表されている可能性が高い。脱落しているが、ノンブルが貼られた形跡がちゃんと残っている。個人が趣味でフキダシに紙焼きは貼らないだろうし、まして何らかの「媒体」に掲載しないものにノンブルまで貼るはずはない。

また「謎」が増えた。どなたか、リアルタイムで「やまだ紫」と交流のあった方にお聞きするしかないだろうと思う。

このところ余りの作業の多さに脱力してダラダラ過ごしがちだったが、こうした三津子の、いや「やまだ紫先生」の素晴らしい作品を見ると、また新たに使命感が湧く…というより尻を叩かれた思いで、中断していた作品作品リストにとりかかる。
とにかく単行本収録作品でも「初出一覧」を掲載していなかったり、入っていても単純に雑誌名だけのようにいい加減なものだと、手がかりがそこで寸断される。
作品名とページ数、収録された作品集しか解らないから、作品そのものが描かれ、掲載された雑誌名も年号も不明になってしまう。作品集から推測して、だいたいこのあたり…として入れておくしかない。
そういう作品がけっこうあるのと、俺の作るリストは詳細なものなので、タイトル以外の情報もけっこうあるから、調べつつ書き入れていくだけでも大変な作業だ。でもやるんだよ。

コミックモーニング連載の「ゆらりうす色」も、初出(といっても連載期間だけしか不明)と、その間の号数に連載回数がどうしても合わず、往生してあちこち調べたら、連載開始の時は隔週刊で翌年から週刊になったのが判明した。
まあことほどさよう…である。もうつくづく単行本を作る時は「初出一覧」を必ず詳細に入れるべきだと、強く思った。
もう部屋は薄暗くなり、気が付いたらこんな時間(午後7時前)になっていた。何時間パソコンに向かったり原画を見たりしていたか。とにかく疲れた。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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