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2009-07-19(Sun)

老いていくこと

7月19日(日)

夕べは11時過ぎに寝室ヘ上がってテレビを見ながら横になっていたが、ニュースも見たし何もないので、DVDレコーダに入っていたマイケル・シェンカーのmp3・CDを聴く。当然ながら寝る前にはふさわしくなく、結局1時半ころまで聴いてしまった。
その後眠れず目が醒めたら6時、朦朧。それから悶々と眠れず結局8時半ころ起きた。このパターンが多く、本当に朝はしんどい。薬も飲まずにぐっすりと泥のように熟睡し、一日8時間はしっかり睡眠を採っていた頃が嘘のようだ。
「あなたはよく寝られていいよね」と三津子は半分呆れて言っていたものだ。若い頃、青林堂に勤めていた頃は編集者などとは名ばかりで、それこそ「肉体労働」が多かった。
団地で暮らしている頃は、家に帰って三津子の手料理で夕飯をもりもり食べて、寝る前に「お疲れ様」で晩酌をした。彼女は冷や酒を一合か二合、俺は350mlの缶ビールをせいぜい1、2本。だいたい12時過ぎには寝て、8時半まで爆睡していた。それこそ目覚ましでは不安で、大事な日は子供たちに「起こして」とメモを置いたり、「目覚まし猫」のジローに優しい声で起こされたりしたものだ。
その後も、数年前に癌宣告を受けたあとしばらくは、ストレスからか睡眠が中断することは時々あった。それでも、まさかまさか、自分が不眠に悩み導眠剤を飲むことになろうとは思わなかった。
そしてそれが効かなくなるということも想像できなかった。
人間にとって、一番の大敵は「ストレス」だと良く聞く。ストレスのない人はいないし、人間生きて行く限り何らかのストレスと常に共存せねばならない。よほどの無神経か傲慢な人間でない限り。
ほんとうに、自分は今生で最大のストレスと今闘っているのだと実感する。

朝のことを済ませて、インスタントのもので朝食。薄曇りに時々晴れ間がのぞくという穏やかな天気だ。連休中のせいか外も静かなもので、何より車のアイドリングの不愉快な重低音がないのがいい。
うちは隣が外車のディーラーなので、車の騒音はけっこう日常的にある。といっても普通の走行音は別に慣れているから気にはならないのだけど、あの不必要な「ブゥゥゥゥン」という重低音は、6階に居るのに後頭部、首の付け根のあたりに不愉快な震動を与える。冗談抜きで何らかの健康被害を受けているような気がする。
もう何年も前、「車のマフラーの直径とその車の持ち主の知能は反比例する」と書いたことがあったが、他人というか周囲に爆音や重低音で不快な思いをさせてまで、「この音がいいんだよ」という気持ちが解らない。F−1などはサーキットでやるもので、好きな人だけが「聞きに行けばいい」。公道では「不快だと思う人間の方が多い」ことを、なぜ想像できないのか理解に苦しむ。

1時すぎ、カレーを食べたら腹が苦しくなったので、ソファに転がってパソコンのモニタをテレビにして、しばらく食休みでネットを見る。WEBカムのライブ映像のリンクサイトがあって、今はけっこう街や道路などを「生中継」しているところが多いのだなあ、と感心。
リンク先のあちこちの映像を見たりしていたが、行ってみたら静止画像が数分おきとか、固定で変化のない風景が映っているだけとか、今一つ面白い「中継」はなかった。
ただどこかの家の猫がすやすや寝ているのと、新宿の東口の路上を映したカメラ(新宿大通商店街振興組合)は面白かった。新宿のタカノなんて何回打ち合わせで利用しただろう。もちろん、ここが歩行者天国になった時も、そうでないときも、仕事でもプライベートでも、一人でも三津子と二人でも大勢でも、新宿は何十回…いやひょっとしたらもう一桁多く来たかも知れない。
こないだ「浦」の女将さんと世間話をしていた時に話したのだけど、いつ頃からか自分は渋谷が「しんどい」と思うようになった。歩いている人たちが若く、低年齢化しているような印象を受けるようになって、街もそのように変わった気がした。
三津子は三軒茶屋の近く・三宿の生まれで、彼女の家は代々東京だ。(関係ないが東北の某県出身なのに「自分は江戸っ子」とずっと嘘をついてきた漫画家を、彼女は「東北に失礼だよねえ」と言っていたっけ)
渋谷はかつて「大人の街だったよ」と言っていた。というより、夜の街は子供が歩くところではなかったし、今のように一晩中眠らない街というのはそう多くはなかった。
渋谷も打ち合わせや仕事で何十回と出かけてはいるが、30過ぎあたりからしんどくなったのは事実。それから40前になると新宿がキツくなった。ずっと楽だったのは池袋。それも、京都へ来る前つまりここ数年は、しんどくなり始めていた。
老いる、というのはこういうことかも知れない。自分の年齢で老いるというのはまだ早い気もするが、老いは確実に誰にでも来る。「アンチエイジング」と良く聞くし、整形だ何だと姿形を変えてまで「老い」に対抗しようとする人たちもたくさんいる。
だが自分が生きて歳を重ねていくことに、それほど「アンチ」にならずとも良いのになあ、とも思う。渋谷新宿池袋、どこでもそうだがそこは「若く健康であること」が前提で、それら「消費する人」を相手にする商売が多い場所だ。だからガチャガチャしていてスピードが速く、結果として病身や老人にはしんどい場所になる。
だが実はこれからはよく言われているように、団塊の世代(こないだ本当に「ダンコンの世代」と真顔で言っていた人を見た。驚愕した)がどんどん「老人」になっていく。
その「老人」たちをターゲットに、良質な「コンテンツ」を与えていくこと、そのことを俺たちは90年代はじめから話していた。文藝春秋が『コミック94』を出した時、三津子…やまだ紫は向田邦子さんの『嘘つき卵』を原作に漫画を描いた。例えば、そうした「人生を重ねてきて一定の年齢になったひとたち」を相手にじっくりと読ませる、心に残るものを、漫画でもゲームでも何でも作っていくべきではないか。そう話し合った。
本人たちが「老人と呼ぶな」「まだ若い」と言い張ったって、現実に年齢は確実に増えていくし、体も衰えるのだ。それを無視して無理をすれば、先日来ニュースになっているように山で遭難したりすることになりかねない。

病人や老いた人間が歩きやすく、暮らしやすく、住みやすい…と思える社会は、おそらく、これだけ資本主義というより市場原理主義で長く来てしまった国では実現は難しいと思う。
「弱者」を切り捨てたり足蹴にするような風潮は許せないと思う、自分が病気になったり、老いてみなければそこに気持ちを寄せられないというのは、想像力の欠如というだけでは済まされないほど「貧困な知性」の問題だ。
例えば生活保護にしても障害者給付金にしても何にしても、弱者救済のシステムを悪用したり、詐欺のように「利用」する輩も多いのも事実。だがその「システム」につけいる隙を与えることが間違っているのと、つけいる輩が悪いのであって、やっぱり弱者は社会で救済してあげなければ、それはもう「国家」ではないと思う。

その後夕方は相撲を見る。
朝青龍が稀勢の里に土俵際で頭を押さえつけられて負ける一番を見て思わず拍手喝采。
個人的に朝が憎いわけではない、ボクシングの亀田一家にしたってそうだ。メディアが「これくらいやっても大丈夫だろう」とか「ここまでやらないとメディアで大きく扱ってくれない」、そういう「ヒット&アウェイ」的な計算が周辺も含めて働いていることは、普通の大人なら言わずもがな、というところだ。
それを理解して、その上で相撲を見ていると、プロレスの黄金時代をふと思い出した。
それからテレビを見つつ、三津子の写真と一杯。キムチ、お袋が送ってくれた生ハムをスライスしたり、シーザーサラダなどをつまみにする。

9時前、たまたまチャンネルのザッピングの合間に何かの番組でタモリを見た。
自分の子供に「いい大学へ入りいい生活をすること」だけを至上命題にして加熱する「教育ママ」の様子をリポートしたフィルムのあと、タモリは静かに
「ああいう(ことで作られる)エリートってのは必要なんだよね、そういう世界があるってことは解る。でもね、そっからこぼれた人は…というところへ目を向けなきゃいけない」とはっきり発言をしていた。
さすがだな、と思った。この人がダテに何十年もギネスに載るような番組を、ダラダラ続けているだけの才能ではないことは、深夜の「タモリ倶楽部」をずっと見ていた人間としては、よく解る。タレントや芸人「養成所」、「学校」で作られ集団で送り出される中には本物も稀にいようが、やはり本物の「才能」ある人だけが持つ凄みが、この人にもある。唯一にして無二の存在であるという個性がある。
もっと言えば、芸人だけではなく、もちろんどんな分野にも「表現」である以上、そういった存在はある。40〜30年以上前に起きた日本人作家によるSF小説ブームの洗礼を、兄の影響で早くに受けたが、死のうが生きていようが、時代が古かろうが、星新一は神であり小松左京も筒井も豊田もみんな凄い人たちだ。
「SF」が小説の一ジャンルとしては低く見られていた時代から、良質な作品と作家性で地位を高めてきた、先達であり開拓者であるという評価は絶対に変わることがない。
それは漫画が漫画として表現の幅を広げ、「表現」としてではなく馬鹿にされていた時代から頑張ってきた「開拓者たち」に重なる、同じようなリスペクトが俺にはある。
漫画ではもちろんやまだ紫がそうだし、80年代の岡崎京子だってそうだろう。以前「岡崎京子って何か今さら古いって感じで」と言った教え子に懇々と説教をしたことがあるが、先駆者や開拓者の功績をキチンと後世の人間が評価していかないと、その表現に未来はないと思う。

俺がテレビや新聞でたまに漫画を紹介することがあってもほとんど見ないのは、「それはすでに知っている」と思うからだ。じゅうぶんに流行り現象になったような超有名作を、わざわざテレビや新聞という「マス」のメディアで取り上げても、もう遅いだろう。「マス」のコミックを「マス」メディアが取り上げる。
だから「マスコミはもう終わっている」とネット住人に言われる。
そういえば先日、2ちゃんねるで「後世に伝えたい漫画」というスレが立った(主なログは「「痛いニュース」」参照)。スラムダンクとかドラゴンボールとか、まあ誰でも読んだことのある「マス」のコミックスばかりだった。
つまり、すでに「漫画好きの大衆」は、そういったメジャーな「マス」のコミックスなど、今さら紹介されんでも解説されんでも他人がごちゃごちゃ「どこがどういいか」などと「理屈」をこねくりまわさんでも、読んでるし知っているのに、と思う。

「これがなぜ面白いか」を「他人」に「その他人の基準」で「教わる」のって、そんなに楽しいことだろうか?
今の世の中は情報が溢れかえっているから、「面白いもの」は自分で探すより、教えてもらった方がいいのだろうか。そうなのか。
自分の青春時代、自分がモノを知らないダメでバカで本当にチンケな人間であることが許せなくて口惜しくて、古書店を巡ったり図書館へ通ったりあちこちにアンテナを張り巡らせて、漫画業界へ入ってからもメジャーマイナーを問わず漫画を読みまくった…のは、そういえば二十年以上も前の話なのだ。
なるほど、「老いる」わけだ。
そして「老いた」人間は「退場」しなければならないのだ。
だから、人は「老い」を認めず、戦おうとする。なるほど、マスコミに「これが面白い」と教わってでも貪らねば、今の世の中ではすぐに取り残されてしまう…。

外はいつの間にか暗くなってきて、雷が鳴って大雨が降り出した、意外とベランダの内側へは降り込まない感じで、つまりは風がないからストレートにざあざあと下へ落ちていく。なので苔や草にはいつも通り水をやった。
6時過ぎから晩酌。カクテキとキムチ、三津子には温泉たまご、函館から送ってきた生ハム、チキンピカタの載ったサラダ。
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作品を伝えること

良い作品には力があります。
その作品に真摯に感動する人間がいる限り、
必ず残ると信じています。
やまだ紫さんの作品で、私は見えていなかったいろんなものに目を向けることができるようになりました。本当に感謝しています。
ずっとずっと感動しつづけて、やまだ紫さんの作品が埋もれないようにしてゆくつもりです。
お体ご自愛ください。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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