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2009-07-21(Tue)

明青さんに焼き肉をご馳走になる

7月21日(火)

夕べも12時頃眠剤を飲んで寝たのに、目が醒めて時計を見たら4:44。それからはどうしても寝られず、俺がもぞもぞしているのを見てユキも時おり鳴きながら足元に来たりするので、ほとんど寝られずに9時前に起きる。朦朧。こんな感じで朝を迎えるのは本当に、しんどい。
外は霧雨みたいな感じで、部屋も薄暗い。
トイレ洗顔などを終えて三津子の陰膳を片付け、冷たい水、氷入りのお茶をあげて線香を立てる。祈ってから、花を活け換える作業。一息ついてパソコンを休眠から戻すと、リマインダーが入っていた。
今日は三津子の父・仲信さんの命日だった。
そうか、と思いまた三津子の上のご先祖様の写真へ行き、改めて線香を立てて合掌する。三津子の亡父が描いた「自画像」は、団地の頃からずっとずっと、俺たちの部屋の一番高いところに飾られて、見守ってくれていた。
その自画像…額装もしておらず、薄い板に油彩で描かれた絵は、彼女が亡くなった時、棺に一緒に入れた。だからもう小さな写真しかない。

その後9時過ぎ、三津子の税金の残りを相続人が払えという通知が郵送されてきたのををる。こうしたこまごまとした色んな手続きが、本当に多すぎる。例えば死んだ人も「確定申告」をせねばならず、それを準確定申告というが、これも死後4ヶ月以内に行わねばならない。
そういえば未整理だったので、1月〜4月末までの医療費の領収証などを全部引っ張り出して整理・集計して医療費を出す。それと前に国税庁の頁から出力しておいた確定申告書と「準」確定申告の手引きみたいなものを付き合わせて記入しようとしたら、安物の万年筆がうまく書けない。
こないだインク入れたばっかりなのにおかしいな、もう無くなったっけ…と思ってインクカートリッジを外してもう一度差し込んでみると、ペン先からぼとぼとぼと! とインクが大量に出て手が汚れ、申告書類にも大きな黒いインク染みが出来た。
あららら、これは「家で今やってもダメよ」という三津子の暗示だろうか。
なので電話で左京税務署へ電話してみると、そういう場合は渡す書類とかがあるので、とにかく一回来てもらって説明をして、その時渡された書類を持って改めて申告に来た方がいいと言われる。要するに一度では終わらないということだが、確かに説明を受けずにこっちがやって出かけて、書類が足らないここは書き直せとやられるよりはいい。
いったんガックリして、それでも俺がやらねば誰がやると思い、インクで汚れたのもあったので、外出前にシャワーを浴びる。ユキが俺の姿が見えなくなったので、とたんにニャアニャア大声で泣きながら家の中を探し始めた。濡れたままシャワーから出て床のマットごとずりずりとユキの視界に移動して、こっちへ来いと手を振ると、すたすたやってきた。風呂のドアをちょっと開けて手招きをするが、シャワーのしぶきがあるので入らない。だがその後は安心したようで鳴かなかった。

12時ころ、外はいつの間にか吉田山さえ霞むほどの大降りになっていて、「ざあー!」という音がする。今日も苔に水をやったが、やらなくても良かったようだ。
それからたらこを切って、冷凍したご飯が切れたのでコンビニで売っている保存用ご飯をレンジで温める。昔に比べりゃ便利になったし技術も向上したとはいえ、こういうご飯はそのままだと匂いがまずい。なのでお茶漬けにして食べた。
今日は「明青」の渡辺さんご夫婦が焼き肉に誘って下さった日なので、昼は軽めでいい。というか朝は結局何も食べてなかったが。
このところ買い置きしてあったもの、インスタントだのレトルトだの冷凍食品だのだったから、そろそろ買い物へまた行かねばならない。いずれにしても今日はこんな雨なので税務署へ聞きに行くのはやめて、夕方の焼き肉までは大人しくしていることにする。

その後5時過ぎに、たらことチーズ、函館から送ってきたカール・レイモンのソーセージを保冷剤とプチプチにくるんで出る。明青のおかあさんに電話すると、もうちょうど出たところというので、部屋には戻らず、そのままお店の冷蔵庫へ入れて貰おうということになる。
傘をさして出たが、もう降りは小降りになっていた。渡辺さんご夫妻と落ち合ってタクシーで前に開店したばかりに行った焼き肉屋(5月26日)へ行く。

店に着いたら5時15分ころで、またしても開店前だったが、快く入れてくれた。今回は上がりのど真ん中の4人掛けテーブルにゆったり座れた。
まずは生ビールで乾杯し、レバ刺しやユッケやタン塩やハラミやカルビやに舌鼓。焼き肉はどうしたって一人で食うもんじゃないし、食っても楽しくも何ともない。やっぱり何人かでワイワイやるもんだ。
前に三津子と比叡山に登った時(「比叡山へ登る」)に買って、半年も経たずに切れた彼女の水晶の腕輪の話をしたら、おかあさんが「直すところがあるから持って来て」と聞いていた。その後二人で探したがどうしても見つからず、三津子の死後になってようやく見つかった(「「偶然」など、ない。」)。
それを先月お袋と(明青さんへお邪魔した時)に、おかあさんにお預けしておいたのだが、「はい、これ直りましたよ」と戻していただいた。
買った時と同じく、綺麗に治っていた。
さっそく自分の右手に通して、お勘定を聞くと、何と、三条の俺が三津子の供養にと買った千手観音の木像を買った(「一人で河原町へ」)お店だそうで、しかもそこの人が明青さんのお客さんだったという。
なので、サービスでタダで直してくださったと聞いて、何というご縁かと驚いた。これもきっとお導きなのだろう、思わず合掌し御礼を言うが、お二人は「うちは何もしてへんし」と笑われる。それにしても何ということだろう。
これだけのことを「偶然」と片付けるか。
三津子、君と比叡山に登った時に買った水晶の腕輪、半年も経たずに切れた腕輪。それが今直って、俺の腕にあるよ。ずっとずっと気にしていたのが直って良かった。本当に…。
そう思ったら少し涙が出てしまった。

久々に飲んで食って話をして、何度か三津子のことで涙が出たりはしたが、もりもり食べて飲んだ。本当に楽しく過ごせた。
ちゃんと割り勘でと言ったのに、「誕生日やから」と絶対に勘定を受け取っていただけず、結局ご馳走になってしまった。何だか一人で食ってがぶがぶ飲んでご馳走になるというのは申し訳ない限り。次はご馳走します、させて下さいと約束。

帰りは雨が上がっていた。なので散歩がてら歩いて東大路まで出て、百均でおかあさんが買い物をするのにちょっとだけ付き合って、タクシーで近くのコンビニ前で下ろしてもらい、明日の食べ物などをちょっと買ってから7時半ころ帰宅。
ありがたかったし楽しかった。それに美味しかった。久々のニンニク醤油でのレバ刺しはやっぱり、溜まらないものがあった。夫婦で焼き肉を食べる時は、「肝臓にいいからねえ」と言って二人で一人前ずつ食べたものだ。
昼間は何かしら仕事なりやる事があるから、それなりに時間を潰すことが出来る。でも夜になると、やっぱり写真と差し向かいになり、あの人のことを思うしかない。それは何ヶ月経っても辛い。辛くないわけがない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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