--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2009-07-27(Mon)

復刊打ち合わせと、新たな嬉しいしらせ

7月27日(月)

夕べは「続しんきらり」の原稿保護作業を終えた。これで小学館クリエイティブさんから復刊される3冊の原稿は全て確認・整理を終えた。なので「お疲れさん」で晩酌の支度をする。
といっても冷蔵庫にはろくなものがない。このところ原稿の整理・確認作業が続き、買い物に出なかったから、コンビニの冷凍食品などで我慢する。空豆の塩ゆで、ポテトフライ。それと冷蔵庫に残っていたピーマンで、きんぴら風の炒め物を作った。ごま油を熱したところに細切りのピーマンを投入し、フライパンを返しながら塩コショウ、ガーリックパウダ−を振る。仕上げは鍋肌から醤油を注いで絡めたら出来上がり。いい肴になりますよ。
これはそれこそ「何もない時」に三津子がちゃっちゃっと作ってくれたものだ。あの『ゆらりうす色』で笑美さんが「愛人」を待つ時の様子に似ている。「あり合わせ」という言葉は悪い印象もあるが、「相手に今あるもので待たせず精一杯のものを作る」という暖かい情景が思い浮かぶ。気持ちの問題だと思う。
それやこれやで三津子のグラスとぐい飲みにビールを「乾杯」とあてたら8時だった。

寝たのは11時ころだったかよく覚えていない。ビールを飲み過ぎてしまい、二階へ上がってすぐに寝た。レンドルミンを飲むのさえ忘れたが、飲んだせいかちゃんと寝られたのは良かった。
ところが朝目が醒めたら4時。結局5時になっても寝られず、起きてしまった。
朝の諸々を終えてベランダの苔や草木に水をやり、昨日ここで公開した三津子、いや「やまだ紫」の作品リスト、昨日のブログを見てメールを下さった「漫棚通信」の細井さんが教えてくださった部分を補完した。(細井さん、ありがとうございました!)

なるほど「復帰作」と勘違いしていた「ときどき日溜まりで」は、単行本『性悪猫』に収録されている「ときどき日溜まりで」ではなく、「背中合わせ」と改題されて青林堂版『鈍たちとやま猫』に収録された話だ。
筑摩の作品集では初出で「1978年12月号」と表記されているが、はなのまり編「ガロ総目録」やそれを元にした各種リスト、TBSブリタニカ「ガロ曼陀羅」の巻末リストなどでも、12月号は「ときどき日溜まりで」となっていて、同じ名前の作品が『性悪猫』に収録されている。『性悪猫』一つ一つの作品の初出が記載されていない以上、バックナンバーで確認していくしか方法は無かったのだ。
つまり、彼女の「結婚と出産・育児による休筆」からの「復帰作」と言われた「ときどき日溜まりで」は、これから始めようとした連載作品のストーリー名で、その二回目が1979年2/3合併号の「ときどき日溜まりで 性悪猫」なのだ。こちらが次号から「性悪猫」というタイトルでの連載の事実上第一回である。

バックナンバーを調べて下さった細井さんによれば、作品の扉には「ときどき日溜まりで 性悪猫」とされているが、「性悪猫」の方は副題としてかなり小さく、(性悪猫)とカッコ内に表記されているそうだ、。だから当初は「ときどき日溜まりで」をメインタイトル=シリーズ名とするつもりだったことは間違いないだろう。
しかしなぜか、その号のガロの目次では「性悪猫」と表記されているという。
このあたりどうしてそうなったのか、流れは当時のガロ編集部にいた人間しか解らないし、たぶん覚えている人もいないだろう。なにせもう35年前(!)のことなのだ。
そして1981年の単行本『鈍たちとやま猫』に収録された「復帰作」の方は、収録にあたって「背中合わせ」と改題された(筑摩書房「やまだ紫作品集4」所載)ので、まずはバックナンバーと収録作品を付き合わせなければ確認できなかった。

いずれにしても、細井さんのお陰でずいぶん助かった。
やまだ紫作品のリストは「ガロ」に関してだけは、これで1990年まではほぼ完璧に把握できたので、あとは他紙に発表されたもので、『鈍たち〜』のように初出一覧表記のない作品の調査が必要になる。だがこれはいっそう困難を極めると予想される…。

もう夜7時前になった。外はまだ薄明るい。

早朝に目が醒めて眠れなかったわけだが、6時過ぎからソファでそのまま、三津子が寝ていた同じ場所に同じ方向で、初めて寝た。
テレビはつけていたので時おり目が醒めて、途中からメガネを外してテレビも消して本格的に寝る。朦朧として、今日は小学館クリエイティブのKさんが来られるので、部屋の掃除などせねば…と思いつつ、朦朧とする。眠気に抗えずにそのままソファでうとうとを繰り返し、10時半ころ起きたのだったか。
洗顔して歯を磨き、今度こそ本当に起きて、おもむろにソファの上のものをどかして、掃除機をかける。ソファはちょっとほっとくと猫の毛だらけになるので、T字型の吸い口を取り付けて、丁寧に毛を吸引していく。面白いように毛が取れるが、けっこう大変な作業。
それから前から気になっていた、リビングの絨毯の汚れているところの向きを変えようと、ソファをエイヤと動かして絨毯を外すと、もの凄いホコリとゴミが舞う。
三津子側のソファは二人掛けなので力をこめてエイヤと縦に起こすと、下に三津子の履いていた靴下の片方やらインスリン注射器、スリッパ、ティッシュの丸めたのやらがごろごろ出てくる。ゴミは取ってホコリなどは掃除機で吸引する。スリッパなどは面倒なので放置。一人だと大変な作業なので、絨毯を少しずつずらしながら何とか外していったん丸める。
これを機会にいっそのことフローリングだけにしようかとも思ったが、絨毯を置いておく場所もないし、捨てるには惜しい。二人で引っ越してきてから一緒に選んだカーペットなのだ。なので向きを変えて汚れている方をソファの下にして、汗だくで敷き直した。
何とかそれを終えて掃除機を仕事部屋、リビング、台所、廊下、トイレ…とやっていく間にぽたぽたと汗が落ち、何度もメガネに汗が溜まる。ダイソンはサイクロンゆえ綿埃には弱いので、しょっちゅう止めてはゴミ袋に猫の毛の綿埃を捨てては掃除機をかける。何とか掃除機は終えて、今度はフローリングをクイックルワイパーでスプレーしながら拭いていく。これも汗だく。タオルを途中から額に巻いてやるが、だらだらと汗が出る。くたくたになって全てが終わると12時を廻っていた。うーん普段から綺麗にしておかねばならないなあ。
Kさんが来られるのは1時半なので、すぐにそのままシャワー。それから髪も濡れたままオールバックで下にゴミを出しに降りて、新聞と郵便物を取って戻った。

すると、詩の世界でも名門である思潮社の代表・小田久郎さんから直筆の封書が届いていた。
すぐに開くと、こちらがお知らせした訃報に添えた「何とかやまだの作品を遺したい」という思いに応えていただく内容で、
「やまだ紫という作家を失ったのは衝撃であった」こと、『樹のうえで猫がみている』を「(女流詩人であった)吉原幸子さんが絶賛していた」こと、そして「もうその吉原さんも居ない」こと…などが綴られていて、こちらが「たとえ少部数でもいいから本を後世に残したい」と書いたことを、
「小社の図書目録に永久に刻印しつづけていけるのは、よろこびでもあり、誇りでもあります」とまで書いて下さった。

手紙を拝読し、ありがたくて涙が出た。

『樹のうえで猫がみている』は当初、吉原さんが主宰・編集し、思潮社が発行していた「現代詩 ラ・メール」に連載されたものだ。後に発行は「ラ・メールの会」にはなったが、そのことも「ご縁」であるということが、やまだ紫という才能へのリスペクトと共に、心に伝わってきた。
小田さんはご年齢のこともあって今は常勤しておられないが、役員である康之さんや編集の責任者の方に「話は通しておくので、連絡をしてください」とのことだった。

「やまだ紫」という作家が素晴らしい作品を残したからこそ、それを後世に伝えたい、遺したいという志を持つ出版人が、こうしてちゃんと現れてくださる。
凡百の才能ではないことの証だろうと思う。
そういえば、今日は「大安吉日」だった。
三津子の遺影に手紙を添えて、手を合わせた。

その後、約束の1時半きっかりに小学館クリエイティブのKさんが来られた。
詳しいことは省略するが、ほんとうにいい打ち合わせをさせていただいた。
何よりKさんご自身がやまだ紫という作家のファンであり、大事に思って下さることが伝わり、同時にこれまで大切にして下さったファンの方へも改めて手に取っていただける本にしましょう、ということで一致した。

5時前までいろいろと楽しく話して、川村さんは帰られた。
本当に良かった。単行本の進行はスムースだし、思潮社さんからもいい知らせが届いた。そのことを告げると、Kさんも一ファンとして喜んで下さった。
打ち合わせが終わった後、缶ビールで乾杯をして、いろいろと業界の話や、懐かしい神保町の話などもさせていただき、公私ともに楽しかった。

Kさんが帰られた後は、ひたすらルーティンの仕事を行う。缶ビールを3本飲んだが、全然平気。もう外は暗い。今日は本当に良い日だった。
仕事を終えて、今度は復刊するためのやまだの原稿を、京都へ越した時の大きな段ボール箱に入れる。しかし高さが飛び抜けてしまい、蓋にもう一つ同じサイズの大箱がいると思ったが、これまで原画を入れていた箱が若干小さくて被せられない。なので二階の押し入れを見て、やまだのイラストTシャツを入れた箱を空けて降りる。
段ボールを上からかぶせるように覆うが、うまく入らないので一カ所に切り目を入れて蓋をし、ビニールテープで周囲を頑丈に補強した。さらに天地をひっくり返されないように側面4カ所と箱の上面に原稿整理用の大封筒を貼り、それらに「天」と方向を赤マジックで書き入れる。さらに放り投げられたりしないように「取り扱い注意」と大書して「原画」とも書き、その上でヒモをかけた。
それらが終わるとまた汗だく。
さすがに今日はへっとへとに疲れたのでもう休むことにする。午後8時7分
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。