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2009-08-02(Sun)

『樹のうえで…』全原稿確認

8月2日(日)

もう夜の7時過ぎ。外は日が落ちて暗くなった。
夕べは11時過ぎに寝室へ上がって、12時ころには寝たと思う。夜中に目が醒めて時計を見ると3:33。思わず苦笑いして枕元の三津子の写真に「確変だね」と声をかける。いったんトイレへ行って追加の薬は飲まずに戻るが、4時、5時…と、浅い眠りと目が醒めるのを繰り返して朦朧、6時前には起きてしまった。
起きてしばらくぼーっとしたあと、洗顔その他のことを済ませ、着替えて玄関を出る。すると、廊下の軒下あたりで休んでいたのか、コウモリが「キーッ、キーッ!」と叫んで逃げて行った。たった一羽の小さな薄茶色のコウモリだった。前にも何度か三津子と一緒に、うちの裏の疎水あたりの上をけっこうな数で舞っていたのを見たことがある。きっと近所にねぐらがあるのだろう。驚かせてごめん…。
コンビニではおにぎりとハンバーガーを買って戻た。出た時は雨は上がっていたのに、線路の向こうにあるポストに郵便物を入れて渡って戻る頃にはぽつぽつと雨が降ってきた。コンビニを出て慌てて小走りでマンションに戻った。
それからおにぎりをたらこの残りとインスタント味噌汁で食べ、胃に血が下がるのを待ってソファでちょっとうとうとする。2〜3時間ほど薄く寝た。

その後はパソコン仕事をして、昼はハンバーガーをチンしてペットボトルのミルクコーヒーで食べた。
朝、熟睡出来ずに朦朧とすると、半日無駄になるような気がする。なので午後は『樹のうえで猫がみている』の原画を出して、一枚一枚確認して整理をする。筑摩書房版のものは前にスキャンするために一度収録順にひとまとめにしてあり、CD−ROM化の際に描き下ろしたカラーの作品2編と、新に加えた「ラ・メール」連載分のものも全部あったので、ひとまず安心。
ただ半数くらいはトレーシングペーパーがはがれていたり破損したりしているので、新に補修したり、折れているものを直したりしつつ、最終的にはスチロールパネルでがっちり補強用に箱状にしたものを作って原画を全部収めた。

この「ラ・メール」の詩画連載の途中で、俺たちは団地で一緒に暮らすこととなった。作品の中には俺とのことを書いた作品もあって、改めて懐かしさと共に彼女への愛がつのる。そして同時に大きな喪失感も覚える。
それを終え、同じ形式…見開きで詩画を作るという、『コスモス』誌の連載(2004年1月号〜2006年3月号、21回で休載)「見上げれば虹」も改めてデータで検証するが、こちらは彼女の最後の連載作品であり、絵を入れたものとしても最後のものとなる。やはり体調が思わしくなかった時期なので、数回分は線が不安定なものになっていたり、全く描けずに過去のものをCGで加工したり流用したりすることとなっている。
彼女の「COM」入選以来、研ぎ澄まされて極限まで達した美しい「線」は、病という抗えない力によって失われつつあった。
詩そのものも、かつてのように多方面へと関心が向けられることが減り、ごく近い猫や生活の範囲・内面にとどまり、今にして思えば、ほんとうに「今にして」なのだが、彼女の命と作家としての命も最晩年に向かいつつあったことが解る。そしてそれはとても切ない。
それでも、時おり素晴らしい往年の「やまだ紫」の線が蘇った作品もあって、これも『樹のうえ…』を再び世に送り出すにあたり、ぜひ収録していただけないかと思う。
それやこれやで、一段落すると5時半。

三津子には小皿に小梅、金時豆、プロセスチーズとレタスに鶏肉とキュウリのサラダの小盛りを「突き出し風」にしたものと、アスパラのベーコン巻きに実家が送ってくれたカール・レイモンのブロックベーコンを切って焼いたものを添えた。
それでまた、夫婦で晩酌の時間。もう7時半をまわった。
今日の晩酌
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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