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2005-04-12(Tue)

「平成ホリエモン事件」文芸春秋5月号

「文芸春秋」5月号に、『平成ホリエモン事件』というタイトルで、一連のライブドア・フジテレビ問題、ライブドア堀江社長のについての特集が掲載されている。ライブドアのニッポン放送株大量取得から始まった、この「乗っ取り」事件の顛末とその主役である「堀江像」を、丹羽宇一郎、立花隆、大前研一、東谷暁、斎藤環、成毛眞、佐野眞一、竹森俊平といった錚々たるメンバーが論評している。そしてその最後には、堀江貴文社長のインタビューが。
 以前、ホリエモンが自民党を中心とする政治家たちと、日本を代表する経済人たち、つまり政財界から突然集中砲火を浴びた時、マスメディア・特にTVの堀江叩きもそれらと歩調を合わせるかのように堀江社長をニュース番組に引っ張り出しては、ひどい叩き方をしたことがあった。その「最初に堀江叩きありき」の報道(?)姿勢が余りに醜悪だったために、思わず「そりゃないんじゃないの」とここ(「抵抗勢力」による「堀江叩き」の構図)で述べたと思う。
 どういう「意図」が働いた結果、あのようなメディアのホリエモン一斉攻撃になったのか、その裏をぜひ知りたいところなのだけど、ともかくあれから二ヶ月ほど経って、とりあえず「抵抗勢力」の方々も冷静になったか、露骨かつ意図的な「堀江叩き」は表面上は、沈静化したようだ。
 さて「文芸春秋」の特集なのだが、日本を代表する経済人、作家、評論家、あるいは精神科医まで、興味深い論考が並んでいて、面白く読ませてもらった。いや本当に面白いので皆さん730円の価値は充分ありますよ。中でも一番自分のこれまでの考えと近く、かつすっきりと述べてくれたのが立花隆先生の「ネットはメディアを殺せない」という一文だ。やはりこういうことは頭のいい人に任せた方がいいなあ(笑)。
 立花氏は俺と同様、堀江社長のことは好きでも嫌いでもない「中間派」と言っている。まずは個人的に好きか嫌いか、という基準で論を展開しているのではないということを明確にしている。堀江社長のメディア論というものは、要約すると「典型的なインターネット信奉者」であり、自分自身ニュースは携帯かネットで十分であり、新聞もTVもいずれ「死んでいくメディア」であるということだ。このことについて、立花氏は「堀江は基本的に、メディアはメディア(媒体)であることに徹し、オリジナル情報に何も手を加えず、右から左に情報を丸ごと伝達するのが理想だと考えている」と断じる。
 しかしこのことは、ネットや携帯の「ニュース」も、元々は既存メディア…新聞やTVという媒体の「記者」たちが集めた「一次情報」を「編集」して流されていることを無視している。ネットは確かに膨大な一次情報に溢れている。既存メディアを信奉する人たち=全てが抵抗勢力ではないにしても、そういう人たちが往々にして現在のネット社会のあり方に疑問を呈するのはそういう部分だろう。確かに、「なになにはヅラだ、俺は目撃した」という下世話な一次情報から、天下国家を論じる個人の意見も、それらの当否はともかく、物凄い数の「情報」がネットには溢れており、増殖を続けている。
 最近レスポンスがとみに悪くなり、二重投稿や書き込んだ記事がどっかへ消えたり、そもそも表示さえされないことも時間帯によっては多くなったこのgooブログにしても、俺が始めた時は11万サイト程度だったのが、今や20万サイトに迫ろうとしている。これまで単なる個人のサイトだったWEBページが、BLOGという形式になりアメーバが増殖するかのように、細胞が分裂するかのように、それぞれがトラックバックで手を結び巨大なうねりとなることもある。2ちゃんねるのような巨大掲示板には、匿名による確実・不確実の判別ができない情報が、この瞬間も次々に表示され続けている。
 そうした玉石混交の一次情報の洪水の中から、誰かがピックアップし抜粋=編集されたものが、堀江社長の言うWEBや携帯のニュースサイトやメルマガとなっているだけだ。それらの元は、既存のメディアの手によるものであることは常識である。これでは既存のメディアを「殺す」どころか、立花氏が評しているように「おんぶにだっこ」と言わざるを得ないだろう。もちろん、こうした状況を打開するための自前の情報収集をライブドアは始めている(パブリック・ジャーナリスト)が、そのレベルはまだまだ既存のマスメディアの足許にも及ばないのが現状だ…。
 俺が漠然と思っていたことを見事に論じてくれた、立花氏のこうした論文は実に痛快である。
 ところで伊藤忠会長である丹羽氏は堀江社長の「事件」を、既存の日本社会における会社経営者という視点から取引方法つまり「やり方」に苦言を呈しているが、別段目新しい論評ではないと思った。ただフジサンケイグループにも同様の指摘をしているところがニュートラルではあると思うが。
 あとは精神科医の斎藤環氏がホリエモンは「社交的ひきこもり」と「診断」しているが、これはこれでなかなか面白かった。というか、この特集はそれぞれ皆さん実に興味深い視点から論じているので、繰り返すがホリエモン事件に興味のある人は一読あれ。

 ところで「週刊文春」(4/14号)では先週号から引き続いて、中村うさぎ氏がホリエモンを誉めちぎっている(連載「さすらいの女王」)。先週号ではホリエモンが「自分のワキが臭い」と言ったことを「ナルシズムの棄却あるいは欠落」として誉め、今回は年長の作家の「自分は小説に命を賭けている」という発言を「ナルシズムの垂れ流し状態」と評して辟易する、と述べている。中村うさぎ氏は今年47歳、団塊の世代の一回り下の、いわゆる「シラケ世代」だ。
 俺も団塊の世代の人は知り合いにもたくさんいらっしゃるわけだけど、時々確かにそういう人もいる。40年も前の「闘争」の話をいまだに武勇伝のように熱く語り、周囲を文字通り「シラケ」させる人もいるにはいる。中村氏はこのシラケを自分のナルシズムにツッコミを入れる客観性、「脳内の小人」と呼んで肯定しているようだ。そうしてホリエモンが自らを「ワキが臭い」と言えることを、自分が「命を賭ける」「天下国家、世界を改革する」といった大言壮語を言わない・言えないこと、すなわち脳内に客観性という小人を持つために「世論という神の裁きに何の痛痒も感じない」ので、いくらでもヒールになれるのだ、と言っている。
 うーん。脳内に小人は住んでるんじゃないかね、みんな。そうでもないのかあ。自分が編集という因果な職業にあるせいなのか、もともと客観性が勝っていたのか、何事かに「我を忘れる」ことがあまり得意ではない。いや、親にしょっちゅう「のめりこみ体質」と言われていたから、一人で何時間もプラモデル作ってたり漫画描いてたりギター弾きまくってたりして我と時間を忘れたことは死ぬほどあるけど、人のいるところではどうもそういうことが出来ない。カーッとパチスロやってて気がついたら数万円が飛んでいたというくらい熱くなったことはある(笑)。だがそんな時でも脳内の小人は俺に「オイオイ、もうやめといた方がいいんじゃないの」「周りの人もあんなクソ台にじゃぶじゃぶつぎ込んで阿呆だなあ、と思ってるよ」なんてことをしょっちゅう語りかけてくる。それを「いや、この台は出る!」とか追いやってるだけだ。好きなバンドのライヴに行っても、「ウオー!」とか拳突き上げたりヘッドバンギングしてたり陶酔しきって我を忘れたり、は出来ない。「いやそんなに熱くならなくても…」とか思ってしまうのね。考えてみたら、小学生の時からそんなガキだった。友人がアイドルタレントに熱を上げてるのを見て、そいつに「お前がどんなに○○ちゃん大好きとか言ってポスターとかレコード集めても、向こうはお前のことなんか知らないし、どうせ同じ芸能人と結婚とかしちゃうんだよ」と冷水を浴びせていたわ。
 団塊の世代は学生運動の世代でもある。彼らは本気で自分たちが社会・世の中を変えたり、体制をひっくり返したり出来ると思って戦っていた。結果は国家権力による徹底弾圧。その下の世代はそれをまざまざと見せ付けられて「どーせ命賭けで戦ったってひねり潰されるんだし」とシラケた。その頃出てきたのは女の子にはananやnon-noのアンノン族(70年安保後の74年)だったり、男の子にはポパイ(76年)やホットドックプレス(79年)など。天下国家ではなく思い切りファッションや車、セックスなどの「個」へ若者の目を向けさせたわけですな。そうして政治や社会問題に目を向ける若者は減り、その究極の姿が「オタク」である…というのは言いすぎか。
 ホリエモンは自分を「ワキが臭いから」と笑う客観性を持っている、と中村氏は言うが、その発言は古舘伊知郎に「コンプレックスなんてないんでしょう?」と問われてのこと。逆に言えばそれくらいしかないんじゃないか。財産、学歴、容姿、自分の仕事、ステータス、車、彼女、洋服、何でもいい、何もかも恵まれてるってことじゃん。うさぎさん、誉めすぎじゃないか?
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コメント

バカも多いけど

顔も姓名も職業も年齢も全て明かすことなく、匿名だということに守られないと発言できない人もたくさんいるようなので、当然有象無象入り乱れ玉石混交状態になるのは必定ですよね。何を信頼すべき情報なのか、何がガセなのか、膨大な「一次情報」の中からウラを取って流すなり、そうした情報にしっかり名前を出して自分の意見を述べるなり…がメディアの役割なんでしょうか。

アナルにフリスク…どうなるんだろ?

ホリエモンの容姿

はともかくとして、確かに「ワキが臭い」くらいしかコンプレックスがない人間ってうらやましいですね。
ある意味、それくらい自信満々じゃないとああいう「事件」は起こせないでしょう。
それと立花氏の論考(さっそく読みました)、面白かったですね。今は匿名性をいいことに、言いたいことを言い捨てて逃げたり、単に自己満足のために罵倒をしたり、人の不幸を笑ったりという連中がネットには増えています。既存マスメディアとてほめられたものではないでしょうけれど、ネットでは完全に顔や名前、身元を隠して非礼を働いたりガセを垂れ流したりが出来るって分、それらを見せられる側のメディアリテラシーが求められるというか、問われるんでしょう。
この前、もうdat落ちしましたが2ちゃんねるで「アナルにフリスクを入れる」というスレがあって大盛り上がりしました。ぼくも腹を抱えて笑って見てましたが、ああいうことは確かに匿名で、しかもネットじゃないと見られません。
ともかく何を見て何を見ないか、何が自分にとって有益か無益か、面白いか面白くないか、これほど選択の幅も対象の量も多すぎるというのは、ネットの特徴ですよね。バカも多いけど・・・(w)
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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