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2009-08-22(Sat)

8月22日(土)

今、朝の5時24分。
これは記録しておこうと思って、パソコンに向かっている。
さっき、夢を見た。
夢の中で、俺と三津子が並んで寝ていた。何故か二人とも裸だった。何気なく左側に寝ている三津子の方へ首を曲げて見ると、その横つまり三津子のさらに向こうにお婆さんの顔があり、こちらを見ていた。
驚いて俺は思わず「うわあ!」と叫ぶと、目を閉じていた三津子が目を開いて隣を見た。俺が「おばあさん?」と聞くと、三津子は驚いた様子もなく、「うん」というように無言で頷いた。
俺は全く恐怖感がないどころか、「おばあさん、お会いしたかったです」と言うと、おばあさんは俺の両手を握ってくれて「話したかったんだよ」と言ってくれた。それからさっき夢から醒めるまで、ずっと両手を握ってくれていた。
目が醒めるとベッドの上で、自分の両手もしっかり握られていた。

当然ながら、俺は三津子のおばあさんには一度もお会いしたことはない。三津子だって、おばあさんと別れてからずいぶん経っているのだ。ただ、彼女の祖父や父親と一緒に飾ってある写真で、もうずっと毎朝見ている。
最初に俺と三津子が寝ていた場面というのは真っ暗で、隣の三津子の向こう側に浮かんだおばあさんの顔にだけ、なぜか明るくスポットライトがあたったようになっていた。だから両目を開けて首をこちらに傾けてじっと俺を見ていた顔が、はっきりと見えたのだ。その瞬間、驚いて叫んだ。怖い、ではなく驚いた。

そこからいつの間にか、場面は大きな窓のある明るい部屋になって、なぜか俺がソファみたいな椅子に座り、両手を握り合っているおばあさんは俺と向かい合って正面に正座をするかたちだった。三津子は俺の隣に座っていた。
前方には外に出られるような大きなガラス戸、右側にはやはりガラス戸の窓があって、両方から日が入ってくる、日中のすごく明るい部屋だった。
気が付くと左手のすこし離れたところに、別の男性も、別のおばあさんか、あるいはおばさんか、女性と同じようなかたちで手を握り合って、腰掛けていた。
三津子はにこにこ笑っていて、嬉しそうに俺にぴたりと寄り添っていた。
おばあさんは「あのね、話したいことがあるのよ…」と俺に言ったところで、なぜかその部屋に不似合いな作業員みたいな男性がガラリとガラス戸を開けて俺に「あのー、もういいでしょうか?」と言い、それから俺たちの体勢を不思議そうな顔で見ていた。
「ああ、この人におばあさんは見えないんだな」と思った。つまり何もない空間に両手を差し出して誰かと話している風情なのだろう。俺たちは両手を握り合ったまま、三津子と別な部屋へ移動することにして、歩き出した。

あ、今思い出したが、この時一緒にもう一人「誰か」が居た。男性だったか女性だったかはもう思い出せない。
次はかなり大きな仏壇のある広間に着いて、そこにはテーブルやソファもあり、俺たちは絨毯の上にじかに座った。仏壇、というよりお堂かと思うほどの立派なものがあり、幅は3m以上あったか、上は天井までが仏壇という不思議な大きさのもので、ちゃんと立派な果物などのお供えもある。
一度も見たことのない部屋だった。三津子から生前聞いていた世田谷の家ではなさそうで、本当に法事をやるお寺さんに来たみたいな、脇にはモノ入れのようなタンスがあったりする、生活感のある部屋だった。強いて言えば、俺の祖父が亡くなった時に法事をやったお寺の広間に似ているかも知れない。
おばあさんはずっと俺の両手を握ってくれているのに、脇のテーブルの上には透明なお酒の瓶があって、おばあさんがそれを「持って来た」ということが、言葉ではなく「理解」できた。
俺たちはすでに服を着ていて、他には先ほどの若い…というか良く見ると短い頭髪にホンの少し白髪交じりの、俺くらいの年齢の男性が一人、やはり誰かご婦人と両手を握り合うかたちで正座していた。
不思議なのは、その男性には小学生くらいの子どもが後ろから首に両手をだらりと巻き付けて甘えるように体重を預けていて、その後ろにはさらに少し小さい子どもがいて、その後ろにもさらに小さな子どもがいた。つまり、その男性は誰かと手を握り正座しつつ、三人の子どもに乗っかられている妙な体勢だった。そしてよくよく見ると、その全員が同じような顔だちだったから、きっと家族なのだろう。
俺が両手を握ってくれているおばあさんに「…あの方も?」と聞くと「そうですよ」とにこにこと笑われた。そしてその男性の方を再び見ると、彼が俺の方を見てちょっと照れたような顔で会釈をしたので、俺も軽く頭を下げた。
男性は立ち上がってどこからかビールを仏壇のあたりから取ってきて、コップにそそぎ、飲み始めた。
俺の両手をずっとにぎって向かい合って正座しているおばあさんに、三津子がやはりどこからか日本酒を持って来た。よくある小ぶりの、ガラスの口がちょっと広がったかたちのコップで、それをおばあさんの横に置いた。

…いかん、こうして情景を思い出しているうちに、もう肝心の「何を話されたか」が思い出せない。
けれど三津子も一緒だったし、俺にというより、俺たち二人に何かを話してくれていた。おばあさんと一緒に俺たちといたのは、もう一人、男性ではなくこれも中年以上の女性だったような気がする。
懇々と、優しく何かを言い含めるような「あのね…、なになには、なになになんですよ。だから…」という話し方だった。それなのに内容がどうしても思い出せない。目を醒ます直前まで覚えていたのに。午前6時0分

この記録をつけてすぐ、三津子の写真と花を飾ってある壁の上にある、「ご先祖様」の写真にも線香をあげて手を合わせた。写真でしか見たことのない、それもずっと前に亡くなった三津子の祖母の写真は、さっき見た夢の中で見た顔のようでもあり、違うようでもあった。

それから朝のことを色々済ませて、仕事。
午後はずっとそれにかかっていた。

朝の夢は、いったい何を意味するのかしばらく考えたが、結局おばあさんの言葉を思い出せないから、考えても解らない。
三津子は俺に何も隠し事はせず、嘘もつかなかった。
彼女の愛は本物であったことは、もう疑いようのないことだ。
おばあさんの夢は、そういうことに関連しているのかも知れないな、と思った。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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