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2009-09-01(Tue)

九月の風

9月1日(火)

今日からもう九月だ。
今月の5日は彼女の61回目の誕生日になるはずだったのに、月命日になってしまった。
夕べは12時前に寝室へ上がり、12時半には消灯。割合すぐ寝られた。レンドルミンは寝る1時間以上前に飲んでいるから、毎晩寝付きは凄くいい。布団に入ったはいいがなかなか寝られず…ということは薬のおかげで、無くなった。
しかし夜中、朝方に目が醒めてしまうと、レンドルミンだけではもう再度眠ることが難しいようだ。これは病院で相談しないといけない。

今朝は目が醒めたら7時前だった。6時台といっても7時に近い方だったので、そのままうとうとして8時ころに起きる。
今日は快晴。空気の通り方というか澄み具合は秋のように見える。そういえば昨日までうるさいほど鳴いていたセミの声が全くしない。
昨日は関東地方に台風が接近して大荒れだったそうで、気温も10℃近く下がって大変だったらしいが、こちらは多少過ごしやすいといった程度だった。

今日は朝のことを済ませて新聞を取りに玄関を出ると、涼やかな風がふわーっと吹いてくる。北側というせいもあるが、抜けるような青空に比叡山の頂きがはっきり見える、気持ちのいい朝だ。
新聞を取って戻り、いったん空気を入れ換えようと玄関のドアを細めに開けて固定し、南向きのベランダを全開して空気を入れる。しかし想像したより風が通らない。苔や植木に水をやったあと、しばらくそれで新聞を読み「スパモニ」を見たりしていたが、そのうち日がちょっとづつ高くなってきて室温が28℃になったので、仕方なくドアと窓を閉めて、いつも通りクーラーを入れる。
もし今日風があったら、本当に気持ちがいいだろうなあと思うが、もうあと少しで本物の秋になる。

三津子が倒れたのは春だというのに小寒い雨のそぼ降る日の夜だった。その後は何かにつけ涙雨に見舞われ、自分もぐずぐずと悲嘆に暮れていた。もちろん今でも毎朝彼女に手を合わせ、話しかける時、時々涙が出る。
それに友人知人から彼女のことを手紙やメールで伝えられると、やっぱり悲しみがまたぐっとわき上がってくる。以前中央公論新社で三津子・やまだ紫がお世話になっていた編集者のTさんからいただいた手紙で、夫君を三年前に亡くされたことを「身近にいた相棒を失うという喪失感と孤独感は、いまだに超えられていない」と書かれていたのを思い出す。
俺もすっかり部屋では独り言が増えた。
彼女がいつも座ったり横になったりしていたソファの「定位置」に座ることは、ほとんど今でも出来ずにいる。肉体はもうとうに滅び、モノとしての彼女はもうこの世にはない。だから、「ここにいる」という概念そのものがもう間違いであることは充分理解している。であるがゆえ、彼女が「わたしは遍在」と言うがゆえに、そこここに彼女が居ると思えてならず、その最も強い場所が、やはり生前定位置だったソファになるからだ。

三津子は今どこにいて何を見たり何を話したり、思ったりしているのか、そう考えること自体ある意味ナンセンスなのだろう。それは魂や霊といったものを一笑に付す人たちの言う「ナンセンス」という意味ではない。
彼女は彼女のことを愛する、慕う、思う、その全ての人と共に確かに、ある。だからこれまで一般的に言う「共時性」というようなことを遥かに超えるさまざまな具体的な「事象」が、俺や子どもたちはもちろん、付き合いのあった知り合いだけではなく、一度も逢ったことのないやまだ紫ファンの方にまで、そういった「現象」が起きていると、たくさんの報告をいただいている。
人心を惑わすカルト宗教など以ての外だが、人が死んだら「ハイそれまでよ」というものではないことだけは、はっきりと実体験を通じてもう了解しているし、せざるを得ない。
おそらくそういうことを否定し一笑に付す人は、単にそういった現象への「感性」が鈍いのか、あるいは敢えて「否定のための否定」をして暮らしているうちに、慣れてしまったのだろう。
何にせよ、うちには仏壇もないし特定の宗教に入信してもおらず、科学や理屈で説明できるのなら、まずそれを採る。当然だと思う。何でもかんでも超常現象だとか、霊のしわざだとか、そんな妄信をしているわけではないし、カルトはそういうところへつけ込むのだということも知っている。

人が生きて行くということは、多くの場合、難行苦行であったりする。若い頃から裕福で何も苦労を知らずに一生を終える人もいて、それは傍から見れば幸福かも知れないし、事実多くの場合は客観的に見ても幸福であろう。
けれど、我々庶民が暮らしの中で、些細なことに喜びを感じたり、高級品やブランドものではなくても、愛する相手から心のこもった贈り物を貰った時の、あの涙が出そうなほどの喜びという「幸せ」は知らないし、理解できないだろう。つまりそういう意味では一生を凡庸に、他の人が築いたものの上で気付きのないまま過ごすということは、別の視点から見れば「不幸」であるかも知れない、ということだ。
当たり前だが、幸福や不幸といったものは相対的なものだ。
日々労働が辛くても、その人が仕事を終えて帰ってきた時、妻の明るい笑顔と冷えたビール一杯で、頑張ろうと思い疲れがフッ飛ぶ…のも幸福だ。親から引き継いだ何億という財産をさらに殖やそうとした挙げ句、数億減らしたことを「不幸だ」と思う人もいるだろう。

俺は十代の終わりまで、金銭的には何不自由なく暮らすことが出来た(その後はずっと恵まれなかったが)。これはもちろん、俺が生まれて半年ほどで父が逝ってしまった後、幼い子二人を抱えて途方にくれた母親が、血のにじむ思いで働き、母子の団欒を犠牲にしてくれたお陰だ。
母親は最近ちょくちょく話すと、「あなたたちの世話をおばあちゃん(俺には曾祖母)にまかせっきりだった」と済まなそうに言うが、少なくとも俺は曾祖母に愛され、本当によくしてもらったから、幸福だった。
福井の出で明治生まれの「ひいばあちゃん」は料理がとてもうまかったし、箸の持ち方や「お百姓さん」への感謝、魚でも何でも他者の生を喰らうことへの感謝などなど、昔の日本人のいいところを早くから躾として教えられたことが、何より幸福であったと思う。
大人になってから知ったが、母の父、つまり俺の祖父は後妻を貰い、その間に出来た子を溺愛し母には後妻(つまり俺の祖母)ともども冷たかったそうだ。
もちろん俺はそんな事情は全く知らず、祖父は孫である俺には、戦中派らしく厳しいけれども優しい「おじいちゃん」だった。祖父が書道の達人で、ずっと教えて貰えたことは、今でも自分の財産だと思っている。
その「書」を通じて言葉や文章に興味を持ち、意味を知りたいと思い、また書そのものの美しさからレタリングやデザインへも興味を持った。そこから小説や絵画への興味が広がった。つまりは全て、その後の自分の感性につながったわけで、こうした基礎的な「感性」の育成が家庭(身内)で行われたことも、本当に幸いだった。

本来はこうした躾や、文学や絵画あるいはスポーツでもいいが、そういった表現や運動への興味は広ければ広いほど、自分の適性が解る。やってみたけど、ダメだった。やってみたら、合っていた。こういう「機会」をどれだけ持つか、与えるかが親や周囲の大人の役割だと思う。
今では本来家庭で行うべき躾さえ学校に任せ、本来学校で教えるべき勉強が押し出されて塾に補完させられている。価値観が全て偏差値や学力テストの成績といったものに置き換えられてしまうため、人の価値さえ偏差値の上下で決められ、その先のいい大学かどうか、いい会社に入ったかどうか、果ては年収が…と、つまらない「感性」しか育たなくなってしまった。
そういう人たちの話を聞いたり読んだりしていると、本当につまらないし、何より感性が貧相だと思う。だから不幸な人だな、と思うことさえある。もちろん、幸・不幸は相対的なものだ、その人が金さえあれば何でも出来ると思い、金儲けこそ至上と思い、それを実践し実現したことを「幸福」と言うのなら、それがその人にとっての幸福だ。

押尾学が昨日、保釈された映像をニュースだかワイドショーだかで見た。
それまで普段何をやっていたのか特段知らなかったが、有名女優と結婚したことでその名を知った。その有名女優が清純派と言われていたはずなのに、選んだ相手は入れ墨を入れ、根拠のない大言壮語を売りにする、生意気で言葉も知らぬ「自称ミュージシャン」の俳優であったことも、その時から知った。
今回の事件で、この男が女をナンパしてはヒルズの部屋へ連れ込んでは合成麻薬MDMAでハイになりセックス三昧、またロスへ飛んでは同じことを繰り返していたことが複数の報道で明らかになった。
押尾学「被告」の場合、妻である先の女優に愛想をつかされて、ピーチ・ジョンという下着販売会社の社長である野口美佳という人物から金銭的に援助を受けていたことは、もう間違いのないことだという。何より、押尾「被告」が逮捕された今回の事件の「現場」であるヒルズのマンションを提供していたのが、この野口という人物だ。
彼女のブログというのがあると知って、少し前になるが、チラチラと見た。(俺にとってはだが)全く読む価値のない、興味のないことばかりで、誰と会った誰とメシを食ったこんなモノを買ったどこへ出かけたとか、まあ物欲と拝金の権化のような人物であった。
有名なモデルとVサインをしておどけた写真も掲載されていて、その口からは舌が出ていた。年齢を確かめて、失笑するしかなかった。この人に、人が一人死んだという犯行現場を提供した責任を問う声が上がっているが、ムダだと思った。

ほとんどの人がそう思っているように、別に金儲けだけを目的に生きる人がいても別段構わない。したければすればいいし、合法的な経済活動ならその能力があることはむしろ、有能であるという価値観もあっていい。
日本という国は資本主義、自由主義経済の国だ。昨今市場原理主義みたいなものがどんどん幅をきかせてきたし、庶民にさえ「金儲け」をすることを公然とマスコミ、メディアも煽ってきた。「セレブ」と称して成金を紹介し、豪勢な生活ぶりやブランド品を「これがお前らの目標だ」とでも言うように、庶民に見せつけてきた。

マスメディアによる「拝金主義」の奨励だ。

多くの庶民にとっては、「お金」は生活の「手段」であって、そのために日々労働し、その対価として受け取るものだ。生活のためにお金を「稼ぐ」ということは何にも恥ずかしいことではないし、当たり前だし、義務ですらあると思う、働ける体と精神を持つ人なら当然だ。
生活にじゅうぶんな金を得られれば、ささやかな貯蓄をし、たまの旅行や突発的な事態のために備える…というのが普通の感覚だろう。
そこから何故か、「この金を元にもっとお金を増やしたい」という思考へ変わる、スイッチが切り替わる人たちがいる。つまり金儲けが生活のための手段ではなく「目的」化するわけだが、そういう「もっと金を」「もっともっと大金を」「増やしたい、儲けたい」という人たちが増えれば日本経済が浮上する、と考える人がけっこう多いことはご承知の通り。
数年前からはネットでも株取引が簡単に行える時代になり、信用取引で手持ちの金の何倍、何十倍もの金を動かせるようになった。メディアはその成功例をばんばん出して庶民を煽るから、「よし、自分も」という人が増える。
その結果ここ十年でどうなったかというと、証券会社や銀行、ネット関連会社も含めた大企業の内部留保が信じられないカーブを描いて上昇し、国民の平均所得は100万円減った。景気が良くなったかというと、ご覧の通り。
「サブプライム問題で」とか「リーマンショックが」と、「煽った連中」は言い訳をするが、もう遅い。つまり生活が何とか出来て、たまには旅行へ言ったり…なんてささやかな幸せを味わって来られた中流家庭が激減し、その多くは派遣労働者という不安定な身分に落とされたり、ワーキングプアという状態に留められている。
「金儲け」を志向して実践した結果、転げ落ちた連中は「自己責任」と言われても仕方のない側面はあろう。
また、働けるのに働かない、そのくせ国家に養って貰おうというのも「さもしい」と思う。しかし身を粉にして働いて働いて、それでもいつクビになるか知れず、給与は抑えられ、ひどい場合は人材派遣会社にピンハネさえされている人たちも多い。

小泉元総理は、経団連が作ったシンクタンクに「天下り」した。選挙区を息子に世襲させて。
盟友の竹中平蔵は、人材派遣の大手パソナの会長に就任したそうだ。

今回の選挙で自民党が大敗をしたのは、民主党への期待もあるかも知れないが、これまでの自民党のやり方で世の中がどうなったのか、今現実に社会がどう変わってしまったのかを実感している庶民が、普通に下した冷静な判断の結果だと思う。
何も「風」が吹いたり、「気分」で民主に入れたとか、そういう分析は国民を愚弄するものだろう。風なんか吹いてないし、気分で一票なんか投じていない。そういうノンポリやふざけた連中も一部いるのは認めるが、多くの人たちが「もういい加減にしてくれ」と思った結果だろう。

自分は今、あと何年生きられるのか解らない病気に冒されている。何年、という単位なのかさえ不明だ。そんなことはないと思うが、明日、明後日、普通に生きていられるのか全く解らない。
「そんなこと言ったら健康な人はみんなそうだよ」
と笑う人がいることは知っている。自分も、自らそう思うことで、気持ちを立て直している。だが健康で何の不安もない人がいう「人間いつ死ぬか解らないんだから」という言葉は、やはり俺の耳には羨ましく聞こえてならない。
小さな癌を早期発見された時の「癌宣告」と、俺のような「血液癌宣告」=「いつ執行されるか不明な死刑宣告」とは違う、こっちの方が不幸だぜ、という不幸自慢などしたくない。正直そう思ったことはある、「癌を克服した」ということを「売り」にしてタレントをしている人だって居るのも事実だ。
だが幸・不幸は相対的なものだ。

長くここにつきあって下さっている方々はご存知の通り、俺は白血病と確定診断され、このままでは余命一年ないだろうと言われ、2005年の秋に一度入院した。
その時の治療で「生きて病院を出られる確率」がどれほど低いか、仮に出られても「その後何年生きていられるか」の数字の低さも、嫌というほど知っていた。
その時に、三津子と猫たちとの「日常」がどれほど「幸福」であったかを思い知らされた。
日常下らぬことで些細な口ゲンカはする、心ない人から嫌な思いをさせられたりもする、些末な日常の面倒なこともたくさんある、けれどもそれらをひっくるめた「何ということのない普通の暮らし」がどれほど愛おしく、かけがえのないものであるかを思った。
病院のベッドの上で、「長生きせずともいい、もう一度、もう一回あの日常に戻して下さい」と、それだけを毎日祈った。

ご承知のように、それは叶えられた。
病気のタイプが違うことが解って、用心深く血液の状態を観察し、免疫力低下による感染、巨大化した脾臓破裂などに注意すれば、あとはほとんど普通の暮らしが出来るようになった。
夫婦と猫たちとの、「何でもない普通の暮らし」に、自分の死病と引き替えではあるが、戻された。この時、生きていることは「生かされている」ということであり、それが奇跡なのだということも知った。
それまでも口では何とでも言えたが、心からそう気付くのが遅すぎた感はあったが。

それから4年、最愛の「連れ合い」だった三津子が先に逝った。
彼女はここ十年以上、病気病気の連続で、しかもそこに「夫の癌宣告」というストレスまで抱えることになった。
それでも最後の2年、彼女は「人生で今が一番幸せ」と言ってくれた。
そして、俺より先に逝ってしまった。
俺は彼女を失ったことは人生で最大の不幸だけど、彼女と知り合い、愛し、愛されて一緒に居られたことがどれほど幸福であったかを、今心から感謝する日々だ。自分が今、生かされていることも。

この、俺たちの言う「幸せ」の意味が、どれだけの人に伝わるのか、それはよくわからない。解ってくれと言う気もない。
ただ知って欲しいとは思う。

何で、この国は毎年3万人以上が、つまり一日に100人もの人が自殺するような国になったのか。
ささやかでいいから「幸せ」だと言える、思える人たちを増やせば、この数は減るに決まっている。それは政治の責任もあるし、国民にもそれはあると思う。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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